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DAY:11/30 史上最低の大作戦

 翌日、朝食を食べた後キャメ吉君のぬいぐるみをリュックに詰め込んで部屋を出る。



「じゃあ、行ってくるわ」


「ああ、気をつけ………………なんか、荷物多くない?」


「男の子にはいろいろあるんだよ」


「…………呼び出しだけは勘弁だからね」


「ノープロブレム」


「はぁ。ほんと、誰に似たんだか」



 諦めたようにため息をつくお袋。

 まぁ、何度も似たようなことをしてきた記憶があるので、その反応もわからんではない。



「お袋じゃないか?親父は絶対こんなことしないだろうし」


「…………無駄口叩いてないで、早く行きな!」


「へいへい」


 

 戻る前もおばあさんと呼ぶような歳ではなかったが、それでも、記憶よりも元気に感じる。

 今回は、親孝行をしてみるのもいいかもしれないと、何となく思った。

  





 

◆◆◆◆◆






「お・は・よーっ!大ちゃんっ!」


「っ!あっぶねぇなぁ」



 欠伸をしながら学校への道をダラダラと歩いていると、背中に強い衝撃が加わり体勢を崩しかける。



「あははっ。鍛え方が足りないねぇ」


「……帰宅部のエースなめるなよ?電車の揺れでも足腰ガクガクだわ」

 

「あはははっ。威張って言うことじゃないでしょ」



 サングラスでもかけたくなるような爽やかな笑顔。

 相変わらず、元気なやつだ。



「そう言えば、なんかリュックがすごいことになってるけど」


「ん?ああ。キャメ吉君のぬいぐるみ入れようとしたら思ったより大きくてさ」


「…………また、先生に怒られるよ?」


「きっと、キャメ吉君のあまりの可愛さに許してくれるだろ」


「いやいや。それは絶対ないから」


 

 そう言って真顔の柚葉が首を何度も振る。

 だが、持ってきてしまったものは仕方がない。



「でもさ、須藤の度肝を抜くにはこれくらいじゃなきゃ無理そうじゃないか?」


「うーん。確かに、そうかもしれないけど…………ってあれ?仲良くなるのが目的なら別に驚かせる必要なくない?」


「ふっ。些細なことは気にするな」


「はぁ。絶対楽しんでるでしょ」


「そうとも言う。それに、どうせならアイツの驚いた顔見たくなってさ」  



 いつもつまらなそうな顔をしている須藤。

 笑ったことなんて皆無で、ましてや驚いた顔すら見たことない。

 


「……そうなんだ。上手くいくといいね」


「おう!いっちょ頑張ってみるわ。職員室呼ばれたら庇ってくれよな」


「あははっ。絶対いや」


「そこを何とか。ほら、駅前のクレープ奢るし」


「うーん。まぁ、それなら仕方ないかなぁ。大ちゃん、放っとくとダメダメだし」



 社会人になってから、笑顔を取り繕うことが増えた。

 何も考えずに笑って、バカ騒ぎした記憶なんて遠い昔で、何が楽しくて仕事なんてしているのかもわからなくなった。


 でも、少なくとも今は違う。

 目の前の全てが輝いて見えて、アホみたいなことを考えている時間すら楽しい。

 


「…………いつも、ありがとうな」


「え?急にどうしたの?」


「いや、なんとなくな。柚葉には、これからも世話になる気がしたからさ」



 疎遠になって、連絡を取らなくなったやつは大勢いる。

 その中で、なんだかんだ柚葉とは縁が繋がり続けた。

 きっと、それはずぼらな俺だけじゃダメで、彼女の努力の上に成り立っていたものなんだと思う。 



「……そんな顔されたら。なんか、調子狂っちゃうなぁ」


「ははっ。俺だって、たまにはそういう時もあるさ」



 前は気づかなかった些細な幸せに、今は気づけるものがある。

 

 それなら、前は見つけられなかったものを見つけてやろう。

 きっとその方が、楽しいはずだから。









◆◆◆◆◆








 一時間目。

 授業の開始の鐘が鳴ると、日本史の山崎がいつものように長ったらしい板書を始めた。

 

 この時間を待っていた。

 やつが振り返るのは、チョークを止めて一呼吸置いてからと決まっている。

 

 俺は、すかさずリュックからキャメ吉君の顔だけを出すと、須藤の視界の端に映るように動かし始めた。



「………………っ!」



 いつも通りの退屈な顔、しかし、彼女は特大キャメ吉君のつぶらな瞳と目が合うと、まるで別人のようなギョッとした顔でこちらを勢いよく振り向いた。


 一瞬、ガタっと揺れる椅子。

 

 素知らぬ顔でキャメ吉君をしまう俺、そして、機械のようなタイミングで振り返った山崎が、やがて興味を無くしたように再び板書を再開する。


 

「………………」


 

 しばらくの沈黙の後、ぬいぐるみをもう一度須藤の方に向けると、彼女は俺とキャメ吉君の顔を交互に見ながら、片方だけに非難するような視線を送ってきた。



「ぶふっ」

  

  

 まるでスロットの絵柄のように一瞬で切り替わっていく表情が面白くて思わず吹き出しかける。

 まずい。これ以上須藤の顔を見ていたらさすがに笑ってしまう。

 気持ちを切り替えなければ。



「…………………」



 深く深呼吸し、板書を書き写し始めた俺に突き刺さる隣の席からの鋭い視線。

 仲良くなれたとはとても言えないが、収穫はあった。


 少なくとも、つまらなそうな表情、それだけは引っぺがすことができたから。



「くくっ……ふっふふ」


「っ!」



 そして、ふと先ほどの顔を思い出してしまった俺は、とうとう我慢できずに、声を押し殺しつつ笑い始めた。

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