DAY:12/3 雨降って地固まる
どことなく漂わせる妖艶さともいえる色香に終始調子を狂わされてしまった後。
いつになく上機嫌な凛と店を出ると、ポツポツと雨が降り始めているのわかった。
「げっ!?最悪……微妙な天気だったけど、やっぱ雨降ってきてんじゃん」
「ふふっ。雨、好きなんでしょ?よかったじゃん」
「………………お前も濡れるんだからな?ってか好きじゃなんじゃなくて、嫌いじゃないってだけだ」
俺の顔がそれほど面白いのか。
というより、自分こそ嫌いだと言っていた癖に、どういう了見なのだろうか。
クスクスと、笑いを堪えているような様子に、呆れ顔を返すことしかできない。
「…………うん。私、雨のこと好きになれるかも」
「はぁ?なんだよ、それ。調子の良いやつだな」
「……だって今、楽しいから。前は、嫌な思い出しかなかったけど、もうそうじゃない」
「…………………………こんなことで手のひらクルクルさせてたら、すぐに手が外れちまう」
「あは、ははっ…………そっか。そう、だよね」
どれだけの間、暗い道を歩み続けてきたのだろう。
かすかな光、足元しか照らせないようなそんなものでも凛にとってはそうではなかった。
なら、この先それがどんどんと増えて、眩しいくらいになればいいと思う。
(………………ほんと、大馬鹿野郎だよ、お前は)
不器用すぎるのだ。何もかも。
そしてそれを、支えてくれるような、そんな人を見つけることさえできなかった。
他でもない、一番近いはずの家族からすら、それを受け取ることをできずにいたのだ。
そのせいで余計に、不器用さに拍車がかかっていったに違いない。
「……ここから走るぞ」
「……あっ、うん」
どこか浮ついたような、ぼーっとした凛の手を握り走り出す。
ゆっくりと歩いていては、間に合わない。
なら、走ればいい。たとえそれでも濡れるのだとしても、ゆっくりと歩いているよりは、きっとマシな筈だろうから。
◆◆◆◆◆
「はぁ、はぁ…………やっぱ、体軽い。すげーな高校生」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………私、無理、かも」
思ったより濡れずに、エレベーターまでくることに成功する。
個人的には、大人の体から戻っていることもあり、それほど疲れた気はしなかったが、凛はそうではないのだろう。
肩で息をしているといった有様になってしまっていた。
(…………そういえば、この頃はまだ、けっこー動いてたんだっけ)
思い返してみると、面倒くさくて部活に入ることはしなかったものの、その分時間も有り余っていたので、よく自転車で遠くまで行っていたし、仲のいい連中とサッカーや野球をすることも多かった気がする。
きっと、だからだろう。
足は軽いし、すぐに息があがることもない。
(…………いや?ビールのせいか?)
どっちが原因かはわからない。
しかし、どちらにせよ今、体が軽いことには変わりがなく、大人になれば重くなることもまた変わりはない。
だったら考えるだけ無駄かと、思っていたことを放り投げることにした。
「凛は、あんま運動し無さそうだもんな」
「はぁ、はぁ…………まぁ、ね」
「……あー、悪い。部屋まで、黙っとくよ」
「……………………あり、がと」
最初の頃、頑なに喋らなかったのとは違い、今はどんな言葉でも何かしらの反応をしてくれる。
ある意味、それが凛らしく、苦笑することしかできなかった。
(ほんと、律義なやつだよな)
雨以上に、濡れてしまったその首元を見ると、少し悪いことをしてしまった気がする。
辛いなら辛いと、そういってくれればいいのに、それすらもしない。
きっとそれは、刷り込まれた習慣のせいだろう。
我慢強く、その糸が切れてしまうまで張り詰めていってしまうのだ。
(…………やっぱ、なんとかしないとな)
それがどういった結果になるかは別として、多くの人と関わるべきなのだと思う。
一人で閉じられた殻を少しでもこじ開けて、伝えるということを擦り込んでいかなければいけない。
(……今の凛は、大人になっていく。なら、その方がいい)
真面目な凛にとって、辛い世界の方が多いのかもしれない。
でも、彼女は先へ行くと、そう言ってくれた。
なら俺はできる限りのことをしてあげたいし、そうすべきだと思う。
これが、もしかしたら、独りよがりの勝手な優しさなのだとしても。
「………………大和?どうしたの?もう、着いたけど」
「ん?、ああ。悪い」
開いた扉が閉まりかけるのが目に映り、ボタンを押して再び開ける。
(前よりちょっとは、俺も大人だからな)
あまり変わってはいなくても、ぶつかる以外のことも多少はできるようになった。
気を遣って、我慢するということも。
我慢している人の気持ちを汲んで、気遣うということも。
「………………………………大丈夫?なんか、考え込んでたけど」
「ん?ああ……大丈夫だよ。替え玉やっぱ頼んどきゃよかったって思ってただけだから」
「…………なにそれ。心配して損した」
「ははっ。ありがとな」
真面目な凛が、抱えきれないほどに全てを言う必要はない。
そもそもこれは、俺がやりたいことなのだ。
結果を――笑顔を繋げさえできれば、それでいい。
「よし、帰るか」
「…………………………………………うんっ。帰ろう」
だから今は、ただ些細な幸せを。
凛におかえりを、ただいまを、伝えてあげようと、そう思った。
遅くなり申し訳ございません。
ちょっと浮気気味ですが、ちゃんと完結はさせる予定です。




