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DAY:12/3 寂しさの、雨宿り

 お腹が空いたという凛の言葉に、それを思い出したからだろう。

 急にグーっと鳴りだす腹に、凛がクスクスと笑っているのが見える。



「なんか、作るけど。何がいい?」


「んー、何が作れるんだ?」


「大体何でも…………あっ」


「どうした?」


「…………昨日、買い物行くの忘れてた」 



 そして、俺の問いかけに大きな冷蔵庫を覗き込もうとしていた凛が、そう言って気まずげな顔をこちらに向けてくる。



「そりゃ、うっかりだ」


「っ!……元はといえば、大和の…………ううん。なんでもない」



 別に、ただ思ったことを伝えただけの言葉。

 しかし、凛にとっては何か思うところがあったのか、一際大きな声を発しかけ、やがてそれが尻すぼみに小さくなっていった。



「俺の?なんだ?」


「……なんでもない」


「言えよ。気になるだろ?」 


「………………昨日の帰り、なんか、変だったから。ただ、それだけ」



 一瞬、何のことを言っているんだろうと思いかけ、気づく。

 恐らく、それは俺の心配をしていたということなのだろう。

 それこそ、買い物のことも忘れてしまうくらいに。


(ほんと、説明下手というか、なんというか)

 

 ある意味凛らしい、その言い方に、思わず苦笑してしまう。



「ありがとな」


「…………別に」


  

 不自然なほどに背けられるその顔は、しかし、紅く染まった耳のせいで何の意味も果たせていなかった。

 相変わらず照れ屋で、恥ずかしがり屋な性格だと思う。

 


「よしっ。じゃあ、今日は俺が奢ってやるよ。その後、買い物も付き合うし」


「え?それは、いいよ。私が引き留めたんだし、私が払う」


「ダメだ」


「なんで?」


「店員さんに、俺がヒモのクズ野郎みたいに見えるだろうが。絶対に、それは嫌だ。何が何でも、嫌だ」


「ふふっ。なにそれ」

 


 正直、理由なんてテキトーな思い付きだ。

 でも、心配をかけた分、どうしても俺が払いたかった。

 ある意味それは、漢の意地と言ってもいいかもしれない。

 本当に、他人から見たら下らないこだわりなんだろうとは思うけど。

  


「どうだ?この完璧な理論を崩せるというなら、話してみたまえ」


「あ、あはははっ。無理、かも」


「はいっ、論破」


「あははっ。ほんと、くだらないよね」


「はぁ。これだから、頭の悪い子は困る。これほど、崇高な考え方もないだろうに」


 

 それに、なんとなく。

 寂しいと言った凛を笑わせたいと思った。 

 後で思い返して、少しでもそれを紛らわせるように。 



「頭悪いって…………なら、前のテスト、何位だったの?」


「あー、腹減った。早く行こうぜ」


「…………赤点だったんだ」


「おまっ、なんで」


「やっぱり」


 

 下らないことを言い合いながら、部屋の外へと向かう。

 来るときの静けさなんて、もはやどこにも感じられなくて、それこそ、こんな立派なマンションに似合わないと追い出されてしまいそうなほどだった。

 


「で、何食べたい?」


「大和は?」


「ラーメン」


「じゃあ、それで」


「いいのか?別に、他のとこでもいいんだが」



 正直なところ、何を聞かれても、俺が言うのは大体ラーメンだ。

 そんな有様なので、今日どうしてもそれを食べなくてはいけないというわけでもない。 



「いいの…………それに、外のお店って、よくわかんないし」


「は?お前、まさか……初めてとは言わないよな?」


「さすがに、初めてじゃないけど…………別に、家でも変わらなかったから」



 その声と同時。エレベーターが下に降り切り、扉が開く。

 そして、真面目なつむじが、どこにいくともわからないのに、先に外へと出ていった。



「どうしたの?行かないの?」

 

「…………人混みが苦手ってのは、それにも関係してくるのか?」


「え?そこまででは、ないよ。学校も行ってるんだし」


「そっか……そうだよな」


 

 何となくの違和感が、徐々に繋がっていく。

 家でも変わらない。確かに、食べる物に関してはそうかもしれない。

 でも、外で食べるということは、誰かと行くからなんてことも多いはずだ。


 なら、きっと、凛は誰かと一緒に過ごすという時間を、ほとんど経験していない。

 家族だけじゃなくて、友達でさえも、そう思った。

 

 

「なぁ、凛」


「なに?」


「お前、なんで友達作ってこなかったんだ?」


「………………」



 別に、辛い記憶をほじり返したいわけじゃない。

 だけど、不器用ながらも、心優しく、努力家な凛が、一人も友達ができないなんてありえない。

 それこそ、自分から望んでそうしていなければ。



「言いたくないか?」


「……………………………私ね。ほんとに、極端なんだ」


「知ってる」


「だから……思った…………思っちゃったの。お父さんと、お母さんに戻って来て貰うには、もっと頑張らなきゃいけないんだって」 



 その応えに、全てを察する。

 本当に……本当に、どうしようもないやつだ。

 友達と遊んだって、別にいいはずなのに。自分に厳しすぎるから、甘えを許せない。

 

(いや、違う。孤独に、死ぬことを選ぶくらいだもんな。それもおかしくはないってことか)


 社会に出れば、色々な人がいた。

 文句を言えばいいのに、黙って損を引き受ける人も。

 誰にも相談できずに、病気になってしまう人も。


 あの時はどうして、と思ったけれど、きっとみんな真面目過ぎるのだ。

 テキトーな俺には、わからなかっただけで。



「……なら、俺は栄えある第一号ってわけだ」


「ううん。一番は、キャメ吉君」



 それが、凛らしいが故に、悔しさで壁を殴りつけたくなる。

 本人にではない、どうしようもない両親達に、だ。


(クソったれ。なんで、こんな) 

  

 しかし、このひと時を怒りで台無しにしたくはないと、歯を食いしばるようにして我慢する。

 きっと、これが大人になって得た処世術。

 ある意味、今だからこそ存在する、俺が大人であった証拠だった。



「…………今日からは、寂しかったら俺に言えよ?ほんとに、いつでもいいから」


「……………………迷惑じゃ、ない?」


「大便で、力んでるときじゃなきゃな」


「そっか、なら……いっぱい言うね」



 お互いの秘密を見せ合ったからだろうか。

 今日の凛は、とても素直だ。

 恐らく、昨日までであれば、こうはいかなかったと、なんとなく思う。


(………………でも、友達……か)


 しかし、俺だけでは、きっとダメなのだ。

 それじゃ、凛の人生は変わらない。

 今までと一緒、両親が、俺にすげ替わるだけな気がする。



「なぁ、今度さ…………うちで遊ばないか?他のやつも誘って」


「……………………………あんまり、そういうの得意じゃないけど、それでもいい?」


「ああ。それで、凛が嫌じゃないなら」


「…………わかった。大和が、そう言ってくれるなら、そうする」


「ありがとう」



 それに、本人もそれが分かっているのだろう。

 変わらないといけないってことが。

 だから、僅かに、怯えを滲ませつつも、はっきりとそう頷いてくれた。

  


「……なんか、雨、降りそうだな」


「……そうだね」



 徐々にかかり始めた重い雲に、ふとそんなことを思う。

 雨は嫌いだ。濡れたくないし、気分も上がらない。

 昔はずっと、そう思っていた。 

 

 でも、大人になってそれは変わった。

 晴れのが好きなのは相変わらずだけど、たまに降る雨は嫌いじゃなくなった。


 車の中でポツポツと屋根に当たる水音を聞くのも、雨宿りした軒先で普段とは違う静けさを感じるのも、何となく楽しめるようになったから。


 

「雨、好きか?」 


「……嫌い。大和は?」


「嫌いじゃない」


「…………そっか」



 だから、もしかしたら凛もそうなるのかもしれない。

 よく似た性格に、よく似た好み。

 いや、違う。そうであったらいいなと、俺は思ったのだ。 


 今はない可能性を、凛が手に入れる。

 もう、カレンダーの終わりは訪れないのだから。

 



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