DAY:12/3 怪獣みたいな人
お互いが言いたいことを言い終わり生まれた不思議な間。
気づくと、あんまんから出ている湯気が少しずつ消えていっており、急いでそれを食べ進めていった。
「そんなに、急いで食べなくてもいいんじゃない?」
「いやいや。温かいうちが一番うまいだろ」
「……まぁ、ね」
「あっ、さては猫舌なんだろ?」
「…………そう、だけど。なんでわかったの?」
「ははっ。なんか、猫っぽいなって思っただけだ」
何も考えずに言った言葉だが、不思議なほどにしっくりくるイメージだと思う。
凛は見た目も、性格も、猫っぽい。
少なくとも犬ではないのは確かだろう。
「…………じゃあ、大和は怪獣」
「はははっ。なんだよそれ」
「……なんか、自分勝手に暴れ回るイメージあるから」
「おい。そこまでいくと悪口じゃないのか?」
「……誉め言葉。怪獣って、強いし」
「ほんとかよ」
どう角度を変えても誉め言葉に聞こえないそれは、しかし相手にとってはそうでもないのだろう。
どこか思い出し笑いのように微笑んだ凛が、機嫌良さそうにさらに言葉を伝えてきた。
「…………私ね、好きだよ。その、強い目」
「ん?目?」
「……うん、大和のはね。すごく強い目なんだ」
「あー、ありがとう?」
「ふふっ。どういたしまして」
目が好き。正直、自分ではよくわからず、何と言えばいいのか困る。
だが、上機嫌そうな凛の気持ちに水を差すのもあれなので、とりあえず素直に受け取っておくことにする。
「けど、怪獣みたいってのはあれだな。もっと言い方があるんじゃないか?」
「ふふっ。そうかな?でも、私にはそれくらい強いって感じる目だから」
「ふーん。まぁ、いいけどさ」
そして、俺達はそんなことをしばらく話した後、目的地の方へゆっくりと向かっていった。
徐々に高くなり始めた太陽に、若干の眩しさを感じながら。
◆◆◆◆◆
店に入ると、とりあえずどこにあるかもわからないため人気の少なそうな台をゆっくりと見ていく。
「お!あれじゃないか?」
「あ、ほんとだ」
そして、店舗の奥の方。
一台だけ置かれたその筐体にはキャメ吉君のイラストが描かれておりお目当てのものだとわかった。
「ははっ。けど、誰もやってないってのはなんかあれだよな」
「……まぁね。でも、限定品ってわけでもないから仕方ないんじゃない?」
期間限定で置かれているだけで、その商品自体は前からあるものだ。
当然俺達も持っているものだったし、恐らく先に予定が入っていれば悩むくらいはしたかもしれない。
「…………ん?あれ、これって」
しかし、筐体に近づき中を覗くと、若干違う部分があることに気づく。
当然、商品自体はネットに流れていたように普通のものだ。
だが、そのキャメ吉君は、何故かちゃんちゃんこを着せられた状態で置かれていた。
「こんなん、あったっけ?」
「……ううん。見たことない」
「じゃあ、あれか」
「……うん。あれだね」
キャメ吉君の制作陣はどうやらかなりの愛情をキャラクターたちに注いでいるらしく、本当にごく稀にだがこういった風変わりなキャメ吉君グッズを忍ばせていくことがあると噂で聞いていた。
実物を見るのは初めてだが、恐らくこれはそれに当たるのだろう。
「本当にあったんだな」
「……うん。ちょっと、感動かも」
告知もなく、さらには全てお手製なようでごく少数が気まぐれに置かれているだけの幻のキャメ吉君。
過去には、「本当に好きな人にしかあげたくない」とだけSNSで呟かれていたこともあったようで、そもそもあまり出回らせるつもりもないのかもしれない。
しかし、偶然とはいえ思わぬ収穫だ。
よもや、こんな地方のゲーセンに置かれることがあるとは夢にも思っていなかった。
「……どっちが取るか、じゃんけんで決めるか?」
「……レディーファーストって言葉もあるらしいよ」
「……ほう、博識だな。今日帰ったら意味調べてみるわ」
そして、横目に凛に視線を向けた瞬間、相手も同時にこちらを見ていたこともあって駆け引きが始まる。
当然、幻のキャメ吉君は一つだけ。取った方がそれを持って帰るのは想像に難くない。
「……同じ寒がりの私の方が、気が合うと思う」
「……凛の手冷たいだろ?寒がりならなおのこと温かい方がいいだろ。ちなみに、俺は体温の高さには定評あるけど」
先ほどまでの緩い雰囲気とは異なり、お互いが譲らないまま張り合う。
しかし、これだけは、はいどうぞというわけにはいかない。
凛が欲しいように、俺だって欲しい。
何もせずに引き下がることなんてできるわけがない。
「………………わかった。じゃんけんで、決める」
「………………ああ、それがいい。早くしないと敵が来るかもしれん」
「………………そうだね」
敵、つまりは他の客だ。
物騒な言い方ではあるが、凛にもそれが伝わったのだろう。
お互い、不承不承ながらも納得すると、じゃんけんをするために拳を前に出し合った。
「じゃあ、いくぞ?」
「ん」
「「じゃんけん……ぽんっ!」」
そして、結果は俺の勝利。
小躍りしながら小銭を入れ始める俺と、マジ泣きしながらこちらを睨みつけてくる凛。
店員すらも近づいてこない異質な空間は、幻のキャメ吉君が穴の中に落ちていくまでしばらく続いていた。




