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DAY:12/2 慣れ親しんだ味

 翌日、目が覚めると同時に腹が鳴る音が聞こえてくる。



「……あー、そういやお袋怒らせたんだったか」



 ぼーっとする頭で徐々に記憶を拾い集めるようにしていくと、昨日お袋に散々説教された上に飯抜きにされたことが思い出されていく。

 


「……さすがに、今日は食わしてくれるよな?」


 

 自転車がなくて買い物が大変だったという主張に、反論できるような材料もなく、泣く泣くそれは受け入れたもののさすがに限界がある。

 最悪の場合、コンビニで何か買えばいいのだが、怒りがいつまで続くかわからないとなるとそれはそれで問題だ。



「まっ、いいや。怒ってたらまた考えよ」



 どうせ考えていても仕方がない。

 俺は、一度伸びをして体を目覚めさせると顔を洗いに下まで降りていった。

 







◆◆◆◆◆





 

 水道から出てくるキンキンに冷えた水を顔に浴びせた後、それを拭きとりながらリビングの扉を開けると見慣れない客がいることに気づいた。



「あれ?」


「ふふっ。おはよう、大ちゃん」 



 そこには、何故かいるはずのない柚葉の姿。

 柚葉が部活を始め出した中学以降はさすがに来ることはなくなっていたのだが、何かあったのだろうか。

 


「おはよう。てか、どうした?今日、なんかあったっけ?」


「ううん、何もないよ。ただ、彼氏さん役の顔を見に来ただけ」



 どうやら今日の柚葉は相当機嫌がいいらしい。

 当社比3倍くらいの眩しい笑顔がこちらに向けられ、冬なのにこんがりと焼き上がってしまいそうなほどだ。


(まぁ、そんだけ負担に感じてたってことか)


 恐らく、周りに何も言えずに耐えるということが相当堪えていたのだろう。

 個人的には、嫌なことならやめればいいとは思うものの、それはそれで柚葉らしい優しさゆえの行動なのでそんなことをあえて今言う必要もない。 



「おいおい。別に、そんなに心配しなくても忘れてないからな?ちゃんと、弾除け役はこなすさ」


「そうじゃないんだけど…………今はいっか」


「ん?なんだ?」


「ううん。何もないよ」



 そして、柚葉が曖昧な笑みを浮かべると同時に、低く唸り続けていたレンジの鳴る音が部屋の中に響く。

 入った瞬間には既に回り始めていたので、恐らく階段を降りる音で判断していたのだろう。



「ご飯はこれくらいでいいよね?」


「ああ、ばっちりだ。ありがとう」


「ふふっ。どういたしまして」



 お盆に乗せられたみそ汁と、ご飯。そして、温められたおかずが目の前に置かれる。

 香ってくる美味しそうな匂いに、ただでさえ鳴っていた腹は余計に暴れ始め早くしろと催促してくるようだった。



「いただきます…………ん?」


「どうしたの?美味しくなかった?」


「いや、美味いよ。でも、お袋が作ったと思ってたからさ、少しびっくりした」


「…………ちゃんと、わかってくれるんだ。大ちゃん、初めて食べるはずなのに」


「あー、たまたま気づいただけだ」

 

「でも、すごいよ。ありがとう」


 

 俺が気づいたことが嬉しかったのだろう。そのはにかんだ様子に、しかし、俺の方は何となく気まずさを感じる。

 社会人になって、一人暮らしをし始めてから食生活に偏りが出始めた俺に柚葉は何度も料理を振舞ってくれたから分かっただけだ。

 ある意味カンニングに近いとも言える。



「そう言えば、お袋は?」


「ああ、うん。ちょっと外に出てくるって」

 

「ふーん。連日この時間に出かけるなんて珍しいな」



 若干の気まずさを誤魔化すように、何となく気になっていたことを尋ねるとお袋は昨日に続いて外に出ているらしい。 

 大体の場合は俺が出かけてから外に行くことの方が多いので、何となく珍しいなと思わされた。



「……まぁ、たぶん今日は、私が来たからだと思うけど」

 

「そうなのか?」


「……女性にはいろいろあるんだよ。大ちゃんはわからないかもしれないけど」


「なるほど、わからん」



 俺にはわからないが、柚葉が言うならそうなのだろう。 


 確か、昔からお袋と柚葉は仲がよかったはずだ。

 大人になってもそうだったし、ある意味俺より可愛がっていると言っても過言ではない。

 早く柚葉の苗字を変えろとわけのわからないプレッシャーをかけ続けてきたということもあったくらいだったし、もしかしたらよほど娘が欲しいのかもしれない。 



「あ、でも。いろいろと説明しといたからもう怒って無かったよ」


「マジで?それはめちゃくちゃ助かる。俺が言っても聞く耳持たないからな」


「あははっ。大ちゃん、前科がありすぎるしね」


 

 昨日は何を言っても怒鳴り声しか返ってこなかったのだが、一日経ったことと、柚葉の言葉だということで怒りは収まってくれたのだろう。

 本当に、柚葉様様で頭が上がりそうな気がしない。



「返す言葉も無いな」


「あはははっ。本当に、手がかかるんだから」



 まるで子供にかけるような愛情にあふれた優しい声。

 この先も、そして、過去に戻っても、いつも変わらず、俺を助けてくれるそんな声だ。


(なんとか、しないとな)


 一緒に帰るだけではあまり効果はない。

 相手に明確に、それでいて俺に悪感情が向くようにして伝えていく必要があるだろう。

 


「やっぱり、美味いな」



 前と同じ方法は、取れない。

 俺は、相変わらず美味い飯を口の中で転がしながら、なんとかしなくちゃいけないなと強く思った。




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