DAY:11/29 須藤 凛という女
須藤 凛は、高校二年生のクリスマスの日。真冬の川に落ちて死んだ。
それが、自殺なのか、事故なのかはわからなかったけれど。
全校集会でそれを聞いた時、ほとんど関わりがあったわけではないのに、それでも衝撃を受けたのだけははっきりと覚えている。
きっと、浮世離れしたような。まるで本当は幻なんじゃないかと思わせるような雰囲気の彼女の名前が、みんなの前で呼ばれたことでそれが現実だと余計に思い知らされたんだと思う。
釣り目がちの意志の強そうな瞳に、艶のある真っ黒な長い髪。
どこか、冷たさを感じさせる彼女が、誰かと話している姿を見たことはほとんど無く、いつもつまらなそうに窓の外を眺めているのが印象的だった。
そもそも、何を考えているのかすらよくわからなくて、高校一年生の夏休み明け、突如派手な金髪に髪を染めてきたこともあるらしい。
本当に、変な女だと思う。
だけど、俺はそんなほとんど知らない女のことを十年以上たってもずっと忘れられなかった。
好きだったわけじゃない。好みだったわけでも無い。
それなのに、何故か。
◆◆◆◆◆
「須藤は、テスト勉強とかしてるのか?」
授業の合間の休憩時間。
いつも通り窓の外を眺め続けるその後頭部に当たり障りのないことを話しかける。
まぁ、考えても共通の話題にまるで思い当たらなかっただけなんだが。
「…………………………」
一瞥すらない無視。
半分予想していたことなので仕方ないと諦める。
ほんとに、何を考えているのかよく分からない女だ。
「テストだるいよな。それが終わったら、すぐ冬休みだから助かるけど」
先ほどカレンダーを見て気づいたが、どうやら俺が戻ってきた時間は高校二年の二学期、それもまた期末テスト直前だったらしい。
それなら、もう彼女に残された時間は残り一ヶ月ほどしかない。
仲が良くなったところで変わるものなのかは、知らない。
ただ何もせずに以前の焼き直しをするのだけは嫌だった。それだけのことだ。
やってみて無理なら、それもまた運命と諦めようと思ってる。
「一夜漬けのヤマが当たるのを願うしかないか」
反応されず、独り言のように続けられる会話。
仲の良い友達が、ギョッとした表情でこちらを見た後、また何かやってるとでもいうような顔で首を振るのが見えた。
うるさい。俺は大真面目なんだから放っとけ。
「三人寄ればとか言うけど、似た者同士で集まっても間違った答えしか出ないし」
特に、期待もしていなかった会話。
取り付く島もない様子に今日は無理そうだなと諦める。
「ははっ。また赤点取ったら、お袋にどやされる」
だが、そろそろ切り上げようかと考えながら口にしたその言葉に、初めて須藤がこちらに視線を向けた。
「どうした?何か気に障ったか?」
「…………………………」
返事をしないまま、再び窓の外を見つめ始める須藤。
話せていないことには変わりない。
けれど、その視線には何か強い感情が宿っていたように感じて、彼女の心の内が少しだけでも覗けたような気がした。
◆◆◆◆◆
「大和、どうした?須藤に話しかけるなんて今までなかったじゃん」
放課後の教室。
すぐに鞄を持って出ていった須藤のたなびく黒髪を何となく見た後、ぼっーとしていると雄介が話しかけてきた。
「うーん、なんだろ。マイブーム的なものとでも考えといてくれ」
「はぁ?なんだよそれ。あっ、さてはお前、惚れたんだろ?」
「それは無いな。俺、たれ目で巨乳のメガネ女子が好きだから」
「…………お前、相変わらずキモいな」
「キモくて結構。ロマンを追い求めるのが男ってもんだ」
照れ隠しとかではなく、須藤に惚れているわけではない。
確かに、顔は整っているし、人気も意外とあるようだが、俺はどちらかというとぶりっ子くらいの甘えたがりのほうが好きなのだ。
「まーた、大ちゃんが何かしでかしたの?」
「またとはなんだ、またとは。俺は品行方正でいつも通ってるだろうが」
突如、頭の上に乗せられた腕。
俺をそのあだ名で呼ぶやつは一人しかいない。
かつては、毎日のように聞いていた幼馴染の声に何となく懐かしさを感じた。
「そうなんだよ柚葉。コイツ、また変なことし始めたわけ」
「あははっ。ほんと、いつまで経っても変わらないね~」
「うるさい。手伝いは大歓迎だけど邪魔はするなよ?」
「「はいはい」」
いつも陽気で、笑っている小学生からの幼馴染。
大人になってからもちょくちょく連絡を取り合っていて、時が戻る前にも世話になったばかりだった。
もしかしたら、お袋の次に頭の上がらない人物かもしれない。
「で、今度は何をし始めたの?」
「一言で言うと、須藤 凛と仲良くなろうってとこだな」
「あははっ。なにそれ?無理ゲーじゃん」
「かもな。でも、とりあえずしばらくは続けてみるよ」
どうせ、一ヶ月そこそこしかないのだ。
毎日話しかけてみるくらいなら別にそれほど苦ではない。
「……ふーん。もしかして、好きなの?」
「だから違うっての。というか、何か須藤が食いつきそうな話題ないか?女子はそういうセンサー鋭いだろ?」
「そう言われてもなぁ。私が前話しかけた時もずっと塩対応だったし」
「マジか。コミュ力お化けの柚葉でも無理とか、絶望しかないわ」
「あははははっ、お化けって。でも、思い出した。そういえば須藤さん、あの大ちゃんも好きな変な亀のキャラクターのストラップいつも付けてるかも」
「変な亀のキャラクター?もしかして、キャメ吉君のことか?」
「あーそれっ!それのこと」
大層愛くるしいデフォルメされた亀のゆるキャラ、キャメ吉君。
確かに、この時期ゲーセンに嵌ってたこともあって、狂ったようにキャメ吉君のぬいぐるみを取りに行っていた気がする。
「なるほど…………ってか変じゃないだろ?可愛いじゃん」
「えー、そうかなぁ。全然可愛くないよ、あれ。正直なところ、大ちゃんと須藤さんくらいしか持ってる人見たことないもん」
「…………雄介はわかるよな?」
「いや、わかんないけど。金の無駄遣いだといつも思ってた」
「………………………マジかよ」
初めて知る事実に絶望する。
お袋はキモいキモイと言っていたが、あの人の感性だけの話だと思ってたのに。
「まぁまぁ、そんな落ち込まないでよ。せっかく須藤さんとの共通点見つかったんだし」
「…………そう言われるとそうだな。ラッキー」
「お前ってほんとに、ポジティブというか、テキトーというか」
「いいだろ別に?人生、楽しんだもん勝ちなんだし」
「まっそうなんだけどさ」
「なら、よし!」
助けるなんて大層なことは言えない。救ってやるというほど、責任も持てない。
だけど、知ってみたいとはずっと思ってた。
なら、試して見るのもいいかもしれない。
人生をコンティニューできる機会なんて、早々訪れることなんて無いのだし。