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DAY:12/1 私の騎士様

 柚葉の怒りはだいぶ落ち着いてきたのか、最初は速いペースだった歩みが遅くなり、いつものものに戻っていく。


(あそこまで取り乱してるのは、珍しいよな)


 それこそ、いつも笑っているようなやつだ。

 怒ることさえ滅多になくて、怖さや不安、そういったものがたまに垣間見えることはあっても、あまり不安定になることはない。


 だから、今回は……いや、今回も俺が悪いのだろう。

 その原因は全くわかっていないけれど。



「悪い。またなんか、しちまったか?」


「…………ううん。今回は、私が完全に悪いよ」



 柚葉は、自嘲したような笑みでそう呟く。

 その顔はなんだか、今にも泣いてしまいそうなほどで、ただでさえ細い体が余計に弱々しく見えた。

 

(あー、どうするかな)


 きっと、これ以上言い合っても平行線になってしまうだけだろう。

 普段はそうでもないくせして、昔から意外なところで頑固なのだ、こいつは。



「……なぁ。変なこと聞いてもいいか?」


「え?別に、いいけど」


 

 だから、俺は頭を切り替えることにした。

 わからないことはわからない。どうせ、この様子だと本人も話す気はないのだろうし。

 なら、違うことを考えよう。少しでも、柚葉の笑顔を守れるようなことを。



「最近、誰かに言い寄られて困ってるとかないか?」


「……………………どうして、そう思うの?」


「されてるんだな」



 一瞬だけ引き攣ったように動いた左の口元と、困ったようにほんの少し垂れ下がる眉毛。

 こいつとは、小学生からの付き合いだ。

 それが図星かどうかなんてことは、簡単にわかってしまった。

 

(あの野郎。クリスマス会の前から既にちょっかいかけてやがったのか)

  

 確かに、柚葉は昔からモテる。

 優しそうに垂れた大きな二重の目。

 丸みを帯びた、それでも筋ははっきりと通った整った鼻。

 そっとささやかに添えられた唇は常に弧を描いて、柔らかさを周囲に感じさせている。


 恐らく、言い寄りやすいのだろう。

 あまり、強い言葉を使わず、はっきりと断ることもしないから余計に。



「俺が言ってやるよ、そいつに」



 クリスマスのあの日、受験勉強で疲れていて寂しいだの、お互い相手がいないならお試しにだの言ってたらしい大馬鹿野郎のことだ。

 きっと、柚葉が言いづらいのが分かっていてそうしているのだろう。


(クソっ。本当に、胸糞悪い)


 弱いと見た相手にしか強くできないやつに、人生二回分の怒りが沸々と湧き上がってきているのがわかった。



「………………ごめん。あんまり、面倒なことにはしたくないんだ」


「は?だって、お前……嫌なんだろ?」


「うん。だけど、一応先輩だしさ。卒業するまであとちょっとだし、私が我慢すればそれでいいかなって」


 

 自分を犠牲にしても、輪を守る。

 そんな言葉に、つい強い反論をぶつけてしまいそうになりかけた。

 

 しかし、一番辛いのは、我慢してるのは柚葉だと自分に言い聞かせ歯をくいしばって耐える。

 

 きっと、時が戻る前なら呑み込むなんて、無理だった。

 でも、彼女のその覚悟は、もう既に知ってしまっているから。


(………………押し倒されかけるまで、何も言わないようなやつだもんな)


 クリスマスのあの日、突然現在位置が送られてきたメッセージに戸惑った。

 送り返しても、電話をかけても、返事は来ず。

 こんな悪戯をするやつではないと思って急いでそこに向かったのだ。


(停学になったけど、あの時だけはお袋も一緒に怒ってくれたっけ)

 

 必死に抵抗する柚葉が目に写った瞬間、思わず相手をぶん殴っていた。

 だが、後悔はない。本当に間に合ってよかった、ただそれだけを今でも思っている。

 


「………………言いたいことはわかった」


「……ごめん」

 

「でも、穏便な方法ならいいよな?」


「え?あ、うん。穏便ってのがどんなのかにもよるけど」



 ちょっとだけ疑うような目はある意味これまでの行動のせいだろう。

 どうしても我慢ができないことには、ぶつかることしか知らなかった、そんな俺の。



「俺と、付き合おう」


「…………へ?」


「あーすまん。言い方が悪かったな。付き合ったフリをしよう、せめて、クリスマスまでは」


 

 帰宅部とはいえ、親父譲りの百八十近い身長のおかげで、弾除けにはちょうどいい。

 それに、問題児という噂は上級生にもそれなりに伝わっているので、あっちとしてもあまり関わりたくない相手になるはずだ。


(そう言えばコイツ、なんで誰とも付き合わないんだろう)


 思い返してみると、高校時代は――いや、大人になっても誰かと付き合ったという話を聞いたことは一度もなかった。

 いつも寂しい、相手が欲しいと俺にはさんざん言い続けてきたくせに、紹介の話が来てもやんわりと断り続けていた気がする。



「嫌か?まぁ、もし本命がいるなら止めた方がいいかもしれないけど」


「……………………嫌なわけ、ないよ」


「え?」


「…………大ちゃんなら、いいよ。ううん、大ちゃんが、いい」


 

 その顔は、俯いていてどんな表情をしているのか窺えない。

 しかし、その声は、まるで心の奥底から絞り出したようなその声には、何か俺にはわからない複雑な感情が詰め込まれているように感じられた。




「あー、そうか?なら、決まりだ」


「こんなに期待させたんだもん。やっぱ無しとか言ったら許さないからね?」


「しないって。自分で言ったことは守る。お前も知ってるだろ?」


「………………うん。知ってるよ、ちゃんと」


「なら、信じろ」


「うんっ」



 するはずだった話は恐らくほとんど終わってしまったのだろう。

 柚葉の足取りは、とても軽く。

 まるでスキップするようなほどに、弾んでいた。



「これ、もしかして家行かなくてもよくなったやつ?」


「よくないよー。だって、彼氏さんだもん。ちゃんと、送ってくれなきゃ」


「え?もしかしてこれから毎日とか言わないよな?」


「えー、信じてたのになー。残念だなー」


「…………わかったよ。俺が言いだしたことだしな」


「やったね!」



 柚葉は、何が楽しいのかクルクルと俺の周りを動きながらそう言ってくる。

 まるで、素敵なプレゼントを貰った子どものように。

 

(まぁ、それくらいなら安いもんか。昔から、世話になってるしな)


 どちらにしろ、笑顔は取り戻せたのだ。

 ならそれでいい。

 

 俺は、夕暮れで長く伸びた影が時折重なるのを眺めながら、ゆっくりとそのまま歩いて行った。











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