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DAY:12/1 新参者と幼馴染

 教室に戻ると、ちょうどチャイムが鳴るところだった。

 そして、先に入った俺に視線が集まり、教師が何かを言おうと口を開きかけたその時。

 すぐ後ろに続くように現れた凛に、何とも言えないような表情で首を捻るのが見える。


 見慣れない組み合わせ、それに言うなれば黄色信号という微妙なラインに言葉を迷ったのだろう。

 やがて鳴り終わる前には席に辿りついてしまった俺達に、教師はけっきょく何も言うことなく授業を始めた。



「っし。ラッキー」



 気づかれないよう声を出しながら、親指を立てた俺に、凛が弾んだ息を戻しながら同じサインを返してくる。

 その表情は苦笑気味で、口に出して言わなくていいのにと、そんなようなことを考えているのが何となくわかった。


 しかし、恐らく俺だけだったら何かしら小言を言われていたところを、凛がいたおかげか何も言われずに済んだのだ。

 これを幸運といわず何というのかと、つい言いたくなってしまった。


(でも、確かに注意しづらいのかもしれないな)


 不真面目な態度で外を眺めていることが多い彼女が怒られることは、意外に少ない――というかほぼない。

 というのも、釣り目がちの瞳がなかなかの威圧感を放ち、さらには一度金髪にしたという実績をもっていること。

 そしてなにより、先ほど食事時に聞いた話によれば凛は成績的だけ見ればかなりの優等生らしいこと。


(まぁ、外見ではわかりづらいけど根はすごい真面目そうだもんな)


 その噂や、外に出るイメージとは異なり話せば話すほどに、真面目さが伝わってくる彼女は、一人でコツコツとやれることは嫌いではないのだろう。

 家に貯め込んでいるらしいゲーセン限定のキャメ吉君グッズや、本人曰く裁縫までお手の物らしい家事スキルにそんなことを思わされる。


(ほんと、掴めないやつだ)


 隣を見ると、いつものようにつまらなそうに外を眺めている凛。

 知れば知るほど、変なやつだと俺は思った。









◆◆◆◆◆








「大ちゃんっ」



 ホームルームも終わり全員が帰宅の準備をし始める時間。

 隣に座っていた凛が、誰よりも早く席を立ち上がろうとするのを見て声をかけようとした時、柚葉が呼ぶ声がしてそちらに視線を向ける。

 


「ん?…………なにかあったか?」



 若干、声をかけるには離れた席。

 その顔には、いつもの笑顔ではない、何とも言えないような表情が浮かんでいて心配になる。

 しかし、柚葉は何か言いたいことがあるわけではないのか、口を開き閉じを二度ほど繰り返すと唇を噛みしめて俯いた。


(こりゃ、何かあったな)


 正直なところ、察するという機能はほとんど俺に搭載されていないので期待しないで欲しい。

 それに、柚葉自体もどうでもいいことはすぐ言ってくるくせに、悩みとか辛いこととか話した方がいいことは何故か言ってこないことのが多いのだ。

 もしかしたら、俺が頼りにならないだけで女友達には相談しているとかそんなところなのかもしれないけれど。



「……バイバイ」


 

 そして、そんなことを考えているうちに颯爽と歩き出した凛が口にした別れの挨拶。

 その一方的で、さらには周囲の音に紛れ込んでしまいそうなほど小さな声に思わず何か言いたくなるも、今日は手短に言葉を返すことにした。



「凛」


「……なに?」


「またな」


「ふふっ。またね」



 何か琴線に触れることがあったのか、楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 そして、彼女は小さく俺にだけ手を振ると、周りの雑音を切り裂くように真っ直ぐと外に向かって歩いて行った。


(とりあえず、今はあっちか)


 何がそうさせるのかはわからない。

 しかし、その焦っているような、今にも泣き出しそうな柚葉の表情を見て放っておくこともできずそちらの方へ近づいていく。



「何かあったか?」


「…………ううん。ごめん、何でもない」


  

 小学生の頃から時折見せる気弱そうな顔。

 いつも、社交的で明るい笑顔を浮かべている彼女は、お化けは怖いし、雷も怖い。

 本当は臆病な性格であることを俺は知っている。

 

 そして、だからこそ心の奥底にある本当の気持ちは最後まで隠しておいて、それが抑えていられなくなるまで抱えてしまうのだ。

 嫌われたくないとか、変に思われたくないとか、たぶんそんな気持ちで。



「……今日、お前の家行っていいか?」


「え?」



 脈絡もなく、唐突に言い出したからだろう。

 先ほどまでの表情が、驚いたものに切り替わる。

  

(高校になってからはほとんど外で遊んでたし、久しぶりになるのか?)


 さすがに、高校の頃の記憶となると家にいつ行ったのなんてのは覚えていない。

 覚えているとすれば、確か――そう、今年のクリスマスの日だったはずだ。


(あれはまた呼ばれることになるんだろうけど)


 部活のクリスマス会に顔を出した先輩OBからのしつこいアプローチ、それを断るために呼ばれたのはなかなか面倒くさいやつだったから印象に残っている。

 

(いや。もしかしたら、その前からもなんかやられてたのか?なんか、ありそうだな)


 クリスマス以前には、柚葉はそんな素振りを見せてはいなかったはずだが、俺が気づいていなかっただけで実は今の時期から困っていたのかもしれない。 

 


「いや、家じゃなくてもいいけど。どっか行こうぜ?」


「………………大ちゃんの家は、ダメ?」

 

 

 何か俺の家のがいい理由でもあるのだろうか。

 しかし、そう上目遣いで聞かれてしまっては逆に問い返すのもどうかと思い素直に答える。



「俺の家?別にいいけど…………あー、ダメだ。今日はたぶんお袋に怒られるからゆっくり話なんてできないぞ?」


 

 いいと、言いかけたその瞬間、自転車を持ち出したという事実が頭の中をちらつく。

 そして、この後に想像できる特大の説教にげんなりした気持ちになっていると、その表情が表に出てしまっていたのだろう。

 柚葉は、それまでの暗いものとは違う、微かな笑顔を浮かべていた。



「あははっ。また何かやったの?」


「ちょっと今朝お袋の自転車を拝借しただけだよ」


「え?……でも、今日遅刻してたよね?」


「まぁな。ちょっと一限間に合わなかったから外で時間潰してた」


「……………………須藤さんと?」


「ん?そうだけど。よくわかったな」


「………………やっぱり、そうなんだ」



 その話は、まだ雄介含め誰にも言っていなかったはずだ。

 それに、昼の時とは違って教室に入る時間もずらしていたはずなんだが。


 一瞬、凛が話したのかとは思うも、その考えはすぐになくなる。

 相変わらずというべきか、彼女は一日中、俺以外の誰かと話していなかったような気がするし。

 


「行くよっ大ちゃん!」

 

 

 だが、そんな考えに意識を割いていた時、突然大きな声を出した柚葉が荒い足取りで歩き始める。

 しかも、俺の荷物をひったくってという謎の暴君ぶりを発揮しながら。

 


「あ、おい!行くってどこにだよ」


「私の家っ!」



 ある意味珍しいともいえる睨みつけるような表情に、俺の方は理由が分からず置いてけぼりにされてしまう。

 


「……………………二周目のはずなのに、さっぱりわからん」


 

 お前の家はダメだったんじゃないのかという問いかけは、やぶ蛇にならぬよう飲み込んでおくのが賢明だろう。

 しかし、人生二周目だというのに、女心というやつはまるで理解できない。

 こんなに難しいなら説明書でも用意しておいて欲しいくらいなんだが。



「ほらっ早く!」


「はいはい」


 

 雄介の方を一応見ると、アイツも厄介事に手を出すつもりはないらしい。

 いつになく怒っているように見える柚葉の方を見て静かに両手を合わせると、まるで今から俺が死ぬかのように悟った表情で見送っていた。





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