DAY:12/1 真面目なつむじ
お互いが出した声が、振動となって耳を揺らすような距離。
話しかければ返ってくるという当然の関係が、つい嬉しくていろいろなことを話していった。
「ほんと緊張でガチガチになってんの。それでさ、そいつ並んでいるお客さんになんて言ったと思う?」
「なんて言ったの?」
友達がハンバーガー店でバイトを始めてすぐの頃、揶揄ってやろうとみんなで見に行った時の話は、なんだかとても懐かしいように感じられつつも、口は止まることなく言葉を紡いでくれている。
きっと、いわゆる鉄板ネタというやつで、卒業後に集まった時も毎回いじりのネタに使われていたからだと思う。
「『それでは、横になってお待ちください』って言ったんだよ」
「ふふっ、なにそれ。横にずれてとかじゃないんだ」
「そうそう。どんだけ寛がせてんだって感じだよな」
「お客様は神様だってやつじゃない?」
「ははっ。さすがに程度があるだろ」
だんだんと柔らかさを増していく凛の顔には、いつものつまらなそうな色はまるでない。
自分から話題を振ってくることはほとんどないけれど、それでもこの時間を楽しんでくれているのは何となくわかった。
「ん?」
「どうしたの?」
しかし、そんな時に突然揺れ始めた右側のポケット。
その原因である携帯を開くと、柚葉から『授業!』とだけ書かれたメッセージが来ていて、休憩時間が終わろうとしていることにようやく気づいた。
(相変わらず、面倒見のいいやつだ)
恐らく、それがなければ俺はチャイムの音で初めてそれを知ったことだろう。
いつもながら頭の上がらない相手だと思わされる。
「あー、そろそろ戻らないとマズいっぽいわ」
「…………やばっ」
当然ながら、凛もそのことに気づいていなかったらしい。
彼女は、少し慌てたように荷物をしまい始めると、隣にいる俺を押しのけるように体をわざとぶつけてくる。
「痛いんだが?」
「邪魔なんだが?」
苦情を伝える言葉に、すぐさま同じような調子で返ってくる声。
「「あははっ」」
余裕もないくせに、馬鹿みたいな掛け合いをしていると、どちらともなく笑いだす。
しかし、さすがにずっとこうしてもいられないだろう。
「よしっ!走るか」
「…………あっ」
「ん?」
「……荷物」
「もしかして、持っちゃダメなやつだったか?」
レジャーシートとクッションの入れられた少し大きめのカバンは、さすがに走るのに邪魔だろうと思ったが、許可なく持つのは女子的にNGな行動だったのだろうか。
非難をするような顔ではない。
しかし、見上げるようにして合わせられた真っ直ぐな視線に、頭を掻きながらそう問いかける。
「…………ううん、ありがと。行こっ」
しかし、彼女は全く怒っていないようだ。
一度だけ、苦笑交じりに首を振ると、すぐに足を踏み出し走り始めた。
「おうよ」
たなびく揺れる綺麗な黒髪を見るのは、何度目だろうか。
頭一つ分違う体格差のせいか、早歩き程度のスピードで追いつくと、そんなことを考えてしまう。
「はぁ、はぁ。何?」
「いや、なんでもない」
その急いたような顔を見るに、根はやっぱり真面目なのだろう。
真面目過ぎて、真っ直ぐ過ぎて、だから、逆に絡まってしまう。
そして、誰にも助けを求めず、平気なような顔して無理をするのだ。
私は、一人でも大丈夫。問題ないとでもいうように。
「……………………置いていけねぇよなぁ」
上下に揺れる必死なつむじは、やっぱり俺には置いていくことなどできそうになかった。




