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DAY:12/1 彼女の隙間

 手にはお目当ての戦利品。

 売り切れていて手に入らない日もあるので、全て買えたのは本当に運が良かったと思う。



「……はぁ、相変わらずげんなりするほどの人だかりだよな」 


「……ああ。でも、ここのパン美味いしな」


「そうなんだよなー。ほんと、罪なパン屋だぜ」

 


 コンビニで買うものとは段違いな程に美味しいくせに、値段もほとんど変わらない。

 どういったからくりなのか全く分からないが、こんなものを知ってしまえば購買で買うしか選択肢に無くなってしまう。



「そういや、悪い雄介。ちょっと、これ渡してくるから先行っててくれるか?」


「……あー、今日は別々で食べないか?俺、部活の連中と食ってくるし」


「は?別にいいぞ?渡してくるだけだし」


「いや、そっちのが面白そうじゃん。後で、何があったかいろいろ教えてくれればいいしさ」



 揶揄い半分、気遣い半分といったところだろうか。

 相変わらず変なところで気を遣うやつだなと苦笑する。



「ははっ。なんだよそれ。でも、それなら今日は別で食うとするか」


「まぁ、正直なところ。めちゃくちゃ見に行きたくなるけどな」


「頼むからそれは絶対やめてくれ。ほんとにヤバいから」


「そんな必死に言わなくてもわかってるよ。さすがにしないって」



 冗談だとでもいうように首を竦める雄介。

 恐らく、ほとんど知らないやつが近づいてきたら凛は逃げるか、睨みつけるかのどちらかしかしないだろう。

 

 それに、もしそこに揶揄いの色が含まれていて、さらに俺が関わっていると知れば、きっと二度と近づけなくなるのではという気がした。



「じゃあ、また後でな」


「おう」


 

 そして、去っていく背中に、心の中だけで感謝を送ると俺も目的地に向けて足を向ける。

 いつも孤独な彼女の縄張り、ひんやりと冷たい空気が漂うその場所へと。

 






◆◆◆◆◆







 誰もいない北館はとても静かで自分の足音だけがただ響く。

 ただでさえ冷たい廊下は、人気がないこともあって余計に俺に寒さを感じさせていた。



「うぅ、寒い。上着持ってきてもよかったな」



 元々、渡すだけ渡したら教室に向かおうと思っていたので上着は持ってきていない。

 取りに戻るのも面倒なのでこのまま行く他ないだろう。






「………………あれ?確か自販機のとこだったよな?」

 


 そして、ようやくたどり着いた北館の自販機。

 周囲を見渡すも凛の姿はなく、間違えたのかもしれないと思い始める。



「もしかして、ここ以外にもあるのか?あんまこっち側の自販機使わないんだよなー」



 そもそも、ここに自販機があることすら凛に言われてそういえばと思い出したくらいだ。

 連絡先は当然知らないし、最悪探し回るしかないのかもしれない。



「………………なにしてんの?」


「え?」



 しかし、そんなことを考えながら突っ立っていた時、ふと凛の声が聞こえてきて慌てて振り向く。

 


「なに?」

 

「あっ、いや。気づかなかっただけだ」



 三台並んだ自販機の奥、影になっているちょっとした隙間。

 そこからは、相変わらずの仏頂面ながらも少しだけ心配そうにした小さな顔がこちらに向けられていた。

 


「ほら、パン」


「……ありがと。いくらだった?」


「二百五十円」


「……へー、意外に安いんだ」


「しかもだ!めちゃくちゃ美味いんだぞ?」


 

 きっと凛は食べたことがないだろう。

 そう思い出してしまった声は、俺が思った以上に大きかったようで、廊下に反響してしまうほどだった。

  


「ふふっ、なんで自慢げなのよ」


「あー、いや。ほんと、美味いんだって」


「ふーん。なら、期待しようかな」



 いつもつまらなさそうな色を携えた瞳が、今は僅かな明るい色を帯びていることに嬉しくなる。

 楽しそうな顔なんて、一度も見たことがなかったから、余計に。



「なぁ」


「なに?」 


「俺も、ここで食べてってもいいか?」



 時が止まったかのように静けさを取り戻す空間。

 そして、何かを考えこんでいるように目を伏せていた凛の目がこちらをジッと見つめてくる。



「ダメか?」



 釣り目がちの瞳は、思わず気圧されてしまうほどの強い力を伴っているようにも見える。

 でも、俺にはそれがどちらかという気弱そうに揺れているように思えた。



「…………………………いいよ。大和なら」



 永遠にも思えるような時間の後、彼女の了承の声が聞こえてきて、安心する。

 


「ありがとう」


「……どういたしまして」



 どうやら、つい俺の方も力んでしまっていたらしい。

 安堵を隠せないような声が思わず自分の口から出ていくと、それに気づいたのか凛が少し驚いた顔をした後に微笑んだ。



「なら、食べるか」


「ん」


「「いただきます」」


 

 重なった声に、二人の距離が近づいたことを感じる。 

 まだまだ壁は厚くて、その先は見えそうにないけど、それでも。



「あっ」



 驚いた声が聞こえそちらを見ると、その口元が僅かに綻んでいて、彼女の思っていることがなんとなくわかった。



「ははっ。めちゃくちゃ美味いだろ?」


「…………うん」



 そして、見る間になくなっていく俺のパンと、まるで小動物が齧りついているかのような彼女のパン。

 お互いのペースは違い過ぎて、きっと俺食べ終わるのをが待つことになるのだろう。


 でも、それでいい。

 つまらなそうな顔でないなら、それを見てるのも悪くはないと思えるから。










やはり私は書きながら方向性決めていけるタイプでは無いと気づきました(笑)

当初のプロットが無いと迷走している感が半端ない(笑)

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