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DAY:12/1 鷹は餓えても穂を摘まず

 二限が始まるギリギリの時間、教室に入ると一瞬視線が集まるも、そのほとんどがすぐに興味失ったように離れていく。

 


「よう、社長。今日はずいぶん遅いんだな?」


「ちょっと寝坊してな。でも、雄介にそう言われる日が来るとは思ってもみなかったよ」


「ははっ。そういや、お前小学校の頃から無遅刻無欠席だっけ?」


「ああ。優等生もこれで終わりだと思うとなんだか寂しいな」


 

 そして、揶揄うような表情で近づいてくる雄介と話しながら自席の方へ少しだけ視線を向けると、そこには先に向かった凛がいつものように外を見ながら座っているのが見えた。



「あはははっ、優等生って!教師達が総ツッコミ入れるだろ」


「うるせぇ。ってか授業始まるから席行くわ」


「ははっ。また後で話そうぜ」


 

 楽し気に笑う雄介を適当にあしらいつつ、席に向かう途中、ふと心配気な顔でこちらを見ている柚葉と目が合う。

 

(心配して貰うようなことは何もないんだけど。ほんと、いいやつだよなぁ)


 話しかけている時間も無いので、力こぶを作って体調に問題はないことを伝えると、その顔にははっきりと安堵の顔が浮かんで、ちょっぴり罪悪感を感じてしまった。



「おはよう………………あっ」



 先ほどまで会っていたというのに、体に染みついてしまっているのかつい挨拶が出てしまい口を押さえる。

 


「……ふふっ。おはよう」


 

 けれど、もしかしたらそれでよかったのかもしれない。

 初めて返される挨拶の言葉になんとなく、そんなことを思ってしまう。


 

「……………………無遅刻無欠席くらいなら、安いもんか」


 

 教師が聞けば、またどやされるようなアホみたいな言葉。

 どうやらそれは、ちょうど鳴った始まりの鐘にかき消され、誰にも聞かれることはなかったようだった。







◆◆◆◆◆






 適当に雄介や柚葉達と話しながら休憩時間を過ごし、迎えた昼休み。

 パンを買いに行くため立ち上がろうとした時、いつもはすぐに出ていってしまうはずの凛と何故か視線が合った。



「あれ?なんでいんの?」


「…………別に」



 ムッとしたように反らされる視線を疑問に思っていると、ふと普段は机の横に引っかけられているはずの弁当袋が無いことに気づく。



「あー、なるほど」


「………………何よ?」


「何が食べたい?ついでに買ってくるけど」

 

「…………なんで、わかったの?」

 

 

 勝手に納得し始めた俺を訝し気に見ていた凛は、そう問いかけられた瞬間、どうしてか驚いたような顔をしてこちらに逆に尋ねてくる。



「え?なんでって、理由なんてそれしかないじゃん」



 凛は、たぶん人の大勢いる空間が苦手だ。もしかしたら、嫌いなのかもしれない。

 移動教室の時もみんなと時間をずらしているし、昼食を食べる場所だってわざわざ離れた場所を選ぶほどだ。

 

 なら、人のごった返す購買なんてもってのほかだろう。

 それにきっと、彼女はそうするくらいなら空腹に耐えることを選ぶと、自分も似たような性格だから、何となくわかった。



「人混み、嫌なんだろ?ほら、ついでに買ってきてやるから、何がいいか言えって」


「………………メロンパンと、チョココロネ」


「ははっ。甘いもんばっか」


「…………悪い?」


「いや、俺も好きだよ。その二つ」


「………………なら、いいけど」



 仄かに赤く染まり始める顔を見ていると、やっぱりなんだか安心してしまう。

 


「教室、居心地悪いんじゃないか?持ってくから、そっち居てもいいぞ?」


「………………………………ありがとう」


「ははっ。これくらい、気にすんな」

 


 時間もなくなってしまうので、席を立ち雄介の方へと向かうと、どうやらやつはこちらをずっと見ていたようで口を大きく開けて固まっていた。



「おい、アホな顔してどうした?行かないのか?」


「……いや、行くけど。お前、何があったんだ?」


「は?なんのことだ?というか、急ぐぞ。売り切れちまう」


「あっ、おい大和!待てって」


 

 興奮した心に、つい気が逸る。

 余計なことなんて、考えている暇なんてないように、強く、熱く鼓動が鳴り前へと足が勝手に進んでいく。



「ほら、早く来いって!置いてくぞ?」


「お前なー!急ぎすぎだろ」



 過去には交わすことのなかった、その言葉の一つ一つが、未来への可能性のように思えて期待してしまう。

 既に、俺の線路は切り替わり、そのせいで先はまるで見えなくなったというのに、不安なんてなくて、ただただ前向きな気持ちだけが心に沸き上がっていく。

 

 

「ははっ。人生なんて、あっという間だからな」



 ずっと、重りになっていた昔の記憶はどんどん軽くなって、逆に心の原動力となって力を与えてくれる。 


 今の俺を見たら過去をやり直せるのに、そんなことをと思う人も当然いるのかもしれない。

 些細なことだとも思う。どうでもいい事だとも思う。

 

 だけど、俺にはこれだったのだ。こんなことで悩んで、悩み続けて、足踏みをし続けてきた。

 

 

「…………結局、人がどう思おうと関係ないんだよな」


 

 抱えた悩みは、どれだけ伝えたところで自分にしかわからない。

 ちっぽけな躓きが、どれだけ自分にとって致命的かなんて、人にはわからない。

 逆に幸せだってそうだ、誰かのそれが、自分にとってもそうだなんて、わからない。


 だからこそ、俺は俺の思うようにする。

 自分の責任なんて、やっぱり自分しか取ってくれないのだから。


 そして何より、不器用でも、無様でも、それが正しいと何より信じているから。

 

 

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[良い点] 少し関係進んだ!
2022/07/17 06:42 退会済み
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