DAY:12/1 その針は、確かに動いている
お互い無言で、一定の距離を保ったまま校門を通り過ぎる。
ここまでの道中、話しかけてもほとんど言葉は返ってこなくて、その背中は頑なさを解いてはいない。
それに、風が吹き、たなびいた髪の下に見える肌の色はもうすっかり白さを取り戻していて、さきほどの会話はもしかしたら夢だったんじゃないかとすら思わされた。
「先行っててくれ。俺、チャリ置いてくるから」
返事を期待しないままそう言うと、昇降口とは違う方向へ車輪を傾ける。
そして、なんとなく須藤の笑顔を思い出しながら、自転車を置くと、胸の中に溜まった空気を押し出すように息を吐いた。
「ふぅー。まっ、仕方ないよな」
ある意味、先ほどのは気まぐれのようなものだったのだろう。
当然、すぐに劇的な変化が起こることを期待していたわけではない。
でも、少しだけ須藤の心の中を覗けた気がしたから、変わらない反応に落胆と同時に寂しさを感じてしまった。
「とりあえず、行くか」
気合を入れ直し、昇降口に向かうため勢いよく後ろを振り返る。
「……あれ?」
しかし、そこにはいないと思っていた須藤の姿。
彼女は、若干目を逸らしながら、手持無沙汰な様子で髪をくるくると手で弄っていた。
「なんだ、ついてきてくれたのか」
「…………悪い?」
不機嫌そうな声。
でも、どこか落ち着かなそうにしながらも、立ち去ろうとはしないその様子に思わず嬉しくなる。
「……いや、ありがとう。少し、寂しかったんだ」
「っ…………私がいないと、寂しいんだ?」
「ちょっとだぞ?ほんとに、ちょっとだけな?」
「ふーん。ちょっとだけ、ね?」
もしかしたら、今のは失言だったかもしれない。
急にニヤニヤとし始めた須藤が、絶好のからかいのネタを見つけたとでもいうようにこちらを見てくる。
笑顔なのはいいことなのだが、恥ずかしいネタで追及されるのはさすがに勘弁だ。
というか、そういった寂しさとは無縁のタイプだったはずなのだが、どうにも彼女と話していると調子が狂ってしまうらしい。
「あー、くそっ!なんか、須藤と話してると調子狂うぜ。つい、変なことも言っちまうし」
「……私のせいじゃない」
「わかってる。完全に俺の一人相撲だよ」
何かを言われたわけではない。何かをされたわけでもない。
むしろ、自分から仕掛けて、勝手に踊らされているだけだ。
こんなんでも、それなりに歳を重ねて経験してきたはずなのに。
「でも、なんか、意外」
「ん?何が?」
「………………あんた、あんま人のペースとかそういうのに左右されないと思ってたから」
「そうだな。確かに、自分のペースを崩されることはあんまりない」
「…………自分勝手なやつ」
「ははっ、だよな」
それこそ、周りが焦っている時でも、自分のペースを維持し続けることのが多かった。
他人がどうとか、そういったことはあんまり気にしていなくて、あくまで自分というものを大事にし続けてきた。
「………………だからこそ、須藤はやっぱり特別なんだ」
「え?」
もしかしたら、少し話せばそれで満足するかもしれないとも思ってた。
後悔というのか、不完全燃焼というのか、話したかったのにそれができなかったことが単純に心につっかえているだけかもしれないと。
でも、違った。
話せば話すほど、もっと話したくなって。もっと知ってみたいと思った。
終わりを迎えるなんて、悲しいと、そんなことさえ思い始めてしまった。
「……なかったんだ、今まで。他人が気になって、どうしようもないなんてこと。自分のペースを乱されて、狂わされるなんてこと」
ほとんど知らないはずなのに、十年以上経っても、どうしてか忘れることができなかった。
そして、今の俺は、須藤をもっと知ってしまった俺は、きっと一生忘れられなくなってしまった。
「さっきの言葉。訂正するよ」
これから、どうなるかはわからない。
でも、確信してしまったことがある。
「俺は、須藤を置いていけない。何より、自分が嫌だから」
できるなら、やってみようという気持ちは、既にない。
須藤が、クリスマスにいなくなってしまうなんてことには、させない。
何が何でも、たとえ、それが彼女の意志だったのだとしても、変えてみせる。
「悪い。約束なんて、関係なかったみたいだ」
考えるより先に、体が動く。
そんなことは日常茶飯事で、今だってそうだ。
もっと賢く、もっと器用に、そんなことは夢のまた夢で、本当にどうしようもない。
「やっぱりさ。お前が言うように自分勝手なやつなんだよ。俺って」
突拍子もない台詞に驚いたのか、まるで時が止まってしまったかのように固まる須藤。
でも、時折口から漏れ出る白い吐息が、彼女の時計の針がまだ動き続けていることを俺に教えてくれていた。




