DAY:12/1 カメは、前にしか進めない
太陽の光の眩しさに意識がゆっくりと覚醒していく。
「ふぁあ、ねむ…………って、あれ?」
欠伸をしつつ、無意識に時計の方に延ばした手が、空を切る。
不思議に思いながら周りを見渡すと、そこには、叩き飛ばされたように床に転がり、乾電池の抜けた時計。
「…………あちゃー。やっちまった」
どうりで、目覚ましが鳴っていないわけだ。
確か、お袋も今日は早くに出かけるとか言っていた気がする。
「まぁ、自転車使えばワンチャンいけるか?」
諦めるには微妙な時間。
勝手に使ったことを後で怒られるとは思うが、お袋の電動自転車を使えばギリギリ間に合うかもしれない。
恐らく、以前なら諦めてゆっくり行っただろう。
しかし、今日はなんとなく試してみようという気になっていた。
「…………もう、一ヶ月も無いもんな」
今日から十二月、もしかしたら、未来は変わらないままなのかもしれないが、出来る限り須藤と関わりを持ちたいと思っている。
だったら、少しばかり疲れることになったとしても急ぐ価値はあるだろう。
「よし、行くか」
ダメで元々。何故やらなかったんだろうとうだうだ考えることになるくらいならやってみたほうがいい。
きっと、二回目も何もせずに終わってしまえば、俺はこの先自分のことを信じられなくなってしまうと思うから。
◆◆◆◆◆
軽く踏んだだけで車輪が勢いよく回り進んでいく。
電動自転車は大人になってからも乗ったことはなかったが、見た目以上に快適な乗り物らしい。
「すげー、坂もほとんど関係なしだもんなぁ」
緩やかに長く続く坂道をまるで平坦な道でも漕いでいるかのような力加減で進むことができる。
車は車で快適だが、この感覚は新鮮でなかなか楽しい。
「よっしゃ、案外いけそうじゃんか」
感覚的には、ほぼ間に合うだろうラインまで来ている。
何かのトラブルに巻き込まれるとかがなければ、若干の余裕すらもって教室に入れるだろう。
「ふんふん、ふーん。完全に、時代来て――――ん?須藤?」
「………………」
そして、十字になった交差点、車がいないことを確認しようと左を向いた時、何故か驚いたような顔をした須藤が目の前に立っていた。
「…………今日、遅いんだな」
「っ!………………」
一瞬何かを言いかけたものの、すぐに気まずそうに逸らされる瞳。
もしかして、何かあったのだろうか。
彼女はいつも遅めの登校ではあるものの、遅刻してきたことはなかったはずなのだが。
「あー、とりあえず後ろ乗れ。歩きじゃさすがに間に合わないだろ」
「………………いい」
「遠慮すんなって」
「…………必要ない」
そう言いいながらすぐに歩き出し始めた須藤は、涼しい顔を取り繕いつつも少しだけ早足だった。
彼女自身、間に合わないとは思いつつもなんだかんだ急がずにはいられないのかもしれない。
自分も大概だとは思うが、正直似たり寄ったりなくらい不器用なやつだと思う。
「ははっ。きっと、こういうとこなんだよな」
ほとんど話したことないのに、何故かずっと忘れられなかった。
周りからどんどん薄れていくのとは対照的に、時間が経てば経つほど自分の中の記憶は鮮明になっていって、意識せずにはいられなかった。
柚葉には、そろそろ卒業してもいいんじゃないとよく言われたけど。
それでも、ずっと、彼女に捉われ続けている。
「須藤っ!」
突然大きな声を出したからか、驚いたように肩を跳ねさせる須藤。
微かにこちらに視線を向けた彼女は、非難するかのように目を細めていた。
「やっぱ、一緒に行こう。なんか、俺だけ先に行くのは嫌だ」
過去に置き去りにしてきてしまっただろう俺の心。
だけど、今はそれが手の届く位置に、見える位置にちゃんとあって。
だったら、やることなんて決まってる。
「………………やだ」
「もしかして、俺も遅刻しそうだからか?」
「…………違うから。ぜんぜん」
一瞬、揺れる瞳にわかりやすいやつだなと改めて思う。
平然そうにしながらも、ぜんぜん余裕なんて無さそうで。
ひねくれているように見えながらも、咄嗟に出てしまう反応は素直で。
知れば知るほど、もう少し知ってみたいと思わせられる。
「ははっ。お前、案外わかりやすいよな」
「っ!…………どうして、そんなに関わってくるわけ?放っとけばいいじゃん」
確かにその方が楽でいいのかもしれない。
今だって、せっかく稼いだはずの時間がどんどん失われて、ギリギリのラインまで戻って来てしまったのもわかっている。
昔も、今も、そして、これから先もよく言われる言葉。
『もっと器用に生きれば?』
そんなことは当然分かっているし、頭の中ではそっちの方が正しいとも理解している。
でも、やっぱりそれは無理だ。
俺が俺であるために。自分の想いだけはどうしても無視なんてできない。
「……俺は、自分の殻を脱げない。たとえ、それで何と言われようが、どれだけ辛い思いをしようが、絶対に。そういうやつなんだよ、俺は」
昔、みんながハマっていたアニメにそれほど熱中することができなかった。
それこそ、カッコよく敵を倒し、周囲の期待に応えるヒーローよりも、周りなんて関係ないとでもいうようにカッコ悪くてもブレない自分を持ち続けるキャメ吉君に共感し、憧れた。
「無茶苦茶言って、ごめん。だけど、やっぱり俺はこのまま須藤を置いて先に行けない」
きっと、俺の本質は傲慢で、わがままで、だからこそこんなことが言えるのだと他人事のように考える。
でも、結局のところ俺にブレーキなんて立派なものは付いてなくて、ただひたすら前に進むしかないのだ。
「一緒に行こう。どうしても、そうしたいんだ」
そして、俺は手を伸ばし続ける。
過去には選ばなかったその選択肢が、クリスマスの先に俺達を連れていってくれることを期待しながら。




