目玉焼き論争
「唐突なんだけどお前って目玉焼きに何かける?」
「……ほんと唐突だな」
授業が終わってすぐ、犬平が猫井に質問を投げかけた。しかし、猫井は答える素振りはせずに教科書をまとめ始める。
「次移動だから早めに行っておきたいんだけど」
「俺は目玉焼きと言ったら醤油をかけるんだけど猫井は何かけるんだ?」
「人の話聞いてた?」
面倒なことに巻き込まれたなと、猫井は尻尾を揺らしながら心底思う。こういう時の犬平は大抵、答えを聞くまで話を譲らない。
逆に言えば、答えさえ言ってしまえばヤツは大人しくなる。猫井はノートを取り出しながら犬平に振り返る。
「……僕は目玉焼きに塩をかける」
「え、まじで!?なんで塩なんだ!?」
「そうした方が美味しいからだよ」
「なんでそうした方が美味しいんだ!?」
「お前それ知ってどうするつもりなんだよ」
止まらない質問攻めに、ついツッコんでしまう。さすがに、なぜ美味しいかの答えは見つからない。が、犬平は負けじと質問しまくる。
「じゃあわかった!なんで目玉焼きに塩かけたら美味くなるんだ!?」
「いや知らないよ。美味しくなるからかけるのであって、美味しくなるメカニズムは分かんないよ」
「う〜ん……じゃあ、なんで猫井は塩をかけるんだ?」
「…………そうした方が美味しいからだよ」
「なんでそうした方が美味しいんだ!?」
「無限ループだぞさっきも聞いただろ」
先程と全く同じ質問をした犬平に対して、猫井は少し声を大きくしてツッコんだ。
このまま流れに身を任せてもしょうがないと、次は猫井から質問する。
「じゃあ次こっちから質問するからな。……なんで犬平は目玉焼きに醤油をかけんだ?」
「えっとねぇ……」
少し天を仰ぐような仕草をした。と思えば、ポケットからスマホを取り出すと、何かをフリックで操作し始めた。
しばらくして、犬平は自信満々に答える。
「目玉焼きに醤油はとても合うって科学的に証明されてるからだ!」
「さては今検索したな」
「ちなみに一番美味い組み合わせは目玉焼きに塩らしい!」
「それ今言う必要ある?いやまあ嬉しいけど」
「塩とか醤油に比べるとそんなに美味しくないなあ、っていう調味料はハチミツらしい!」
「それこそ言う必要ある??」
「ンだとおおおぉぉォォ!!」
急に叫びながら二人の会話に混じったのは、鼠根原だった。
「うわビックリした」
「目玉焼きにいぃ!!ハチミツがあぁ!!合わないだとおぉぉ!!?」
「あ……鼠根原は目玉焼きにハチミツかけるタイプね。別に合わないとは言ってないよ。なぁ犬平?」
「うん!合わないとは書いてない!実験した調味料の中で一番美味しくないってだけ!」
「アアアアぁ!?調味料の中で一番美味しくないだとおぉォ!!!」
「拡大解釈しすぎだよ。"実験した"調味料の中でっつってんじゃん落ち着け」
猫井は冷静になるよう鼠根原に促した。ようやく頭が冷えてきたのか、鼠根原の怒りの炎が潰える。
「い、いやぁスマン。見苦しいところ見せちゃったなぁ……」
「だいぶ見苦しかったね」
後頭部を掻きながら申し訳なさそうに俯く。
「じつぁ俺、目玉焼きにはハチミツじゃなくてソースかけるんだ。友達がハチミツ派だったからつい怒っちまったよ……」
「なんだめっちゃ優し。いい友達持ったなその人」
「なあ」
急に犬平が呼んだ。何なのかと振り向くと、しばらくの静寂とともに、三角の耳を立てて、真面目な顔で口を開ける。
「…………目玉焼きにケチャップかける友達とかいる?」
「間を開けてそれかよ。……え、てかちょっとまって」
猫井は慌てて辺りを見回す。すると、三人以外に人が居なくなっていた。壁にかかった時計を見やると、あと一分ほどで授業が始まる。
その事実に気づいた猫井は急いで準備に取り掛かる。
「おいもうすぐで授業が始まるよ!!」
「目玉焼きにケチャップかける友達いる?」
「今聞くな犬平ァ!はよしろ!」
「あ、そういやぁ、俺の友達にいたはずだな……」
「えぇええ?なに二人共時間軸ズレてんの?」
ツッコミながら準備を終えて立ち上がる猫井。二人に振り向きながら出口に向かう。
「おめーら遅れても知らねえぞ!」
「ええぇ!!待ってよ猫井ぃ!」
「ちょ、置いてくなよォ!」
犬平も鼠根原も、最低限の荷物だけ持って猫井へ。三人は教室を後にして、間に合うよう廊下を走って行った。
【目玉焼き論争】
ちなみにその後、無事に授業に間に合った。犬平は疲れて授業中に寝てしまったようだが。