69.第9話「黄金龍の唸り声」(1)
次の日となった。
仲間内で話をした結果、今日は各々で自由行動をすることとなった。
対決の時まで残り二日。
僅かな時間を使って準備をしなければならない。
イェルコインは町の中にある用水路を眺めていた。
たまに草木や花、そしてゴミが流れて来るのだが、イェルコインはしゃがんでボーッとそれを眺めていた。
するとすぐ隣で同じようにしゃがみ始めた者がいた。
「どうした、イェルちゃん。」
ザイルダイトだった。
いつもの調子でイェルコインに絡んできた。
「浮かない顔をして、悩み事があるのなら俺が相談・・・。」
「ねえ、あんたは何でそんなに元気なんだ?」
イェルコインは元気のない声でザイルダイトの会話を途切れさせた。
ザイルダイトも思わず「え?」と言う。
「アタシは怖いのよ。 あの黄金龍が再びやってくるのが。」
イェルコインは話す。
特に面白みを感じない用水路をじっと眺めながら。
その目には涙が浮かび上がってきた。
ザイルダイトはなにも言わず、イェルコインの話を聞く。
「ねえ、教えてよ! あんたみたいに元気で居続ける方法を!」
目に涙を浮かべながら隣にいるザイルダイトの両腕を掴む。
その握力は非力ながら、強く掴んでいることがザイルダイトには分かった。
するとザイルダイトは少し間を空けた後に、イェルコインの頭を撫でた。
「イェルちゃんはそのままでいい。 俺みたいになったら、それこそ終わりだよ。」
ザイルダイトは優しい声色でイェルコインに言う。
その声は普段のザイルダイトとはまた違った雰囲気で、イェルコインは違和感を感じた。
思わず両腕から力が無くなってしまい、ザイルダイトの腕から手を離した。
それを見てザイルダイトも撫でるのをやめた。
するとザイルダイトは突然立ち上がった。
「前線で戦うのは俺たちさ。 イェルちゃんはそこまで危険じゃないと思うよ。」
ザイルダイトは腰に手を当てながらイェルコインの言う。
彼なりの励ましなのだろう。
それを聞いてイェルコインも立ち上がった。
「アタシの仕事は仲間たちを攻撃から守ること。 アタシだけが安全な場所にいるわけにはいかないわ!」
イェルコインはそうザイルダイトに言い放った。
するとザイルダイトは笑い出した。
「なぁんだ、それでいいじゃん。 その意気だよ。」
ザイルダイトは軽くイェルコインの肩を叩いた。
するとイェルコインも自身が言ったことによって気付いた。
自身が戦う気満々であることに。
「頼むぞ、可愛い聖魔導師ちゃん。」
ザイルダイトは笑っている。
その姿を見てイェルコインは頬を膨らませた。
「ねえ、前から思ってたんだけど、あんたアタシを子供と勘違いしてない?」
イェルコインはそう言うと腰の手を当てた。
「アタシは二十歳よ。 しっかりした"大人"なんだから!」
イェルコインは精一杯に自分が考える大人っぽいポーズを取った。
するとザイルダイトはまだ笑っていた。
「知ってたよ。」
「え!?」
ザイルダイトの言葉を聞いてイェルコインは目を丸くする。
すると再び両腕を掴み出した。
「じゃああんた、知っててアタシを子供扱いしてたわけ!?」
イェルコインは掴んでいるザイルダイトの両腕を揺らす。
「自分が大人であることを強調するヤツほど子供っぽいものだよ。 それに歳なんか関係なくイェルちゃんが可愛いことには変わりない。」
ザイルダイトはヘラヘラしながらそう言い放つ。
するとイェルコインはさらに不機嫌になり、思わずザイルダイトの胸を何度も拳で叩き出した。
なお非力なため全く痛くないようだった。
そんなイェルコインを見てザイルダイトはさらに笑うのだった。
イェルコインとザイルダイトは町中を歩いていた。
特に行くところなどは無く、本当にただ歩いているだけだった。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、あんたはどうしてあの時『魔獣討伐』に加わっていたんだ?」
イェルコインがザイルダイトと初めて会った「デマスナ」でのことを聞き始めた。
あの時のザイルダイトは曖昧な言葉のみでちゃんとした理由を言ってなかった。
今更感があるが、それでもイェルコインは聞きたいようだった。
質問を聞いたザイルダイトは自身の胸の位置より低いイェルコインを眺める。
イェルコインはローブのフードを被っているため、ザイルダイトは彼女の顔が全く見えていないようだった。
「・・・女性にモテるため、とかかな。」
喋るまで数秒程度の時間がかかった。
しかし出てきた答えが"これ"だった。
イェルコインはため息を吐く。
「ほんと、あんたってそういうのばかりだな。」
イェルコインは呆れた感じでザイルダイトに言う。
だがザイルダイトは笑っていた。
「大義や英雄願望なんて俺にはねえよ。 あるのは"私利私欲のために世界を救う"ことさ。」
ザイルダイトは空を見上げながらそう述べた。
その後、イェルコインの方に顔を向ける。
「それを言うならイェルちゃんこそ、どうして黄金龍の討伐に加わってるのさ。」
ザイルダイトの突然の質問に少々驚くイェルコイン。
しばらく考え込んで動機を思い出そうとする。
そして約十秒くらい経ってから口を開いた。
「キョウカがやるって言ったからかな?」
「そんな通う学校を選んだ理由みたいな感じで!?」
イェルコインの返事に思わず突っ込むザイルダイト。
しかしイェルコインは話を続けた。
「キョウカってさ、しっかりしてるけどだからこそ危ないところがあるんだよ。 自分が戦う力を持っているから、戦えない人のために動いちゃうわけよ。」
イェルコインの真剣な話を黙って聞くザイルダイト。
彼女の話はまだ続く。
「だからアタシはキョウカに付いて行くことにした。 理由なんてそんなものだよ。」
イェルコインはキッパリとそう言った。
全くの後悔を感じない様子で、むしろ顔に笑みを浮かべている。
そんなイェルコインを眺めるザイルダイト。
「まあでも、アタシもすぐ調子に乗ったりする癖があるからキョウカに迷惑かけちゃうんだけどな。」
イェルコインは苦笑いをしながら喋り続けた。
そんな彼女をザイルダイトは黙って眺めている。
「・・・なに?」
黙っているザイルダイトを見て不思議がるイェルコイン。
数秒後、手足以外を動かしてなかったザイルダイトは視線をイェルコインから前方に変えた。
「イェルちゃんは太陽のように眩しい娘だな。」
一言、そうザイルダイトは呟く。
台詞だけの雰囲気ならばいつもの軽い感じに思えるが、実際は真面目なトーンで喋っていた。
イェルコインもその違和感に気付いている。
だがそこには触れようとはしなかった。
「あんたも太陽みたいに騒がしいと思うぞ。」
今度はイェルコインがザイルダイトに言った。
それを聞いたザイルダイトは鼻で笑う。
彼がなにを思っているのかは不明だが、どこか微笑んでいるように見える。
もっとも、その笑顔は例えるなら「作り笑い」のようにも見えたが。
ザイルダイトは突然どこかへ向けて指をさした。
「あそこの店の和食料理が美味いと町の人に聞いたんだが、朝食としてどうかな?」
飲食店の方向を指しながらイェルコインを見るザイルダイト。
どうやら食事に誘っているようだ。
「まぁ、いいけど・・・。」
若干言葉を詰まらせたが、承諾したイェルコイン。
返事を聞いたザイルダイトは笑顔を見せた後、イェルコインを連れて店に向かうのだった。
店の内装は和風な感じで店員も着物姿であり、雰囲気を大事にしている店だった。
ザイルダイトとイェルコインは注文を頼んだ後、料理が運ばれてくるのを待っている。
そんな中、イェルコインは「ナニカ」を発見して顔色が変わった。
「どしたの?」
ザイルダイトが軽い感じで聞いた後、イェルコインの視線の先を見る。
するとそこには見覚えのある人物がいた。
パンダのようなピエロメイクの大男。
その男が別の席で食事をしていた。
「ねえ、アイツって・・・。」
「見なかったことにしよう。」
ザイルダイトはそう言って視線をイェルコインの方に向ける。
イェルコインも視線を合わせないようにテーブルを眺めるが、やはり気になってチラチラ見てしまう。
すると向こうの方もイェルコインたちに気付いた。
丸見えだったので時間の問題だった。
二人の存在に気付いた「奴」は席を立ち、イェルコインたちのもとへ歩いてきた。
「見た顔だと思ったが、お前らだったのか。」
ピエロ男はニヤけ面で二人を交互に見る。
そんな彼に恐怖を感じて目を逸らすイェルコイン。
「関わったら面倒事になるのはお互い様だろ。 気付いてないフリで良かったじゃないか。」
ザイルダイトは目線を合わせず不機嫌そうな声で彼の言う。
「広いこの世界でこうして再会したのは何かしらの運命なのかもしれないからな。 その運命に従ったらどうなるかを俺は見たい。」
ピエロ男はやや壮大なことを二人に言う。
どうコメントすればいいのか分からないザイルダイトはただため息を吐くだけだった。
「悪いがここまでにしてくれ。 イェルちゃんが怖がっている。」
ザイルダイトは少々怒りの表情でピエロ男を睨みながら言い放つ。
その言葉を聞いてピエロ男はイェルコインを見る。
するとイェルコインは下を向きながらも上目遣いでピエロ男を見ていたが、こちらに視線を向けられたことに気付いて視線を下に移動させる。
「まあ、当然か。 分かったよ。」
ピエロ男はそう言うと自身の席の方向に体を向けた。
だが歩き出そうとした際にピエロ男が言う。
「最後に聞くが・・・、俺の名前は?」
ピエロ男は背を見せた状態で聞く。
すると数秒後、ザイルダイトが視線を合わせていない状態で返答する。
「ヴィレンビー。 発音も間違ってないだろ?」
ザイルダイトは答えた。
するとピエロ男のヴィレンビーは一度だけ笑った後、なにも言わずに席へ戻って行った。
少し前の「ケッボ村」での戦いの時に、ザイルダイトが倒した傭兵ヴィレンビー。
その戦いでイェルコインがヴィレンビーに強く投げ飛ばされたため、イェルコインは彼に苦手意識を持っているのだ。
それとヴィレンビーは自身の名前の発音にとても厳しく、発音を間違えたら仲間だろうが容赦しない性格だった。
「イェルちゃん。」
ふとザイルダイトがイェルコインに声をかける。
ヴィレンビーが席に戻ったことで顔を上げたイェルコインがザイルダイトを見ている。
「俺、やっぱりアイツ嫌いだわ・・・。」
ザイルダイトは一言そう述べた。
彼の今の雰囲気はいつものお調子者の感じと違っていた。




