第7話 ー違和感ー
幾つかの雑談の後、お互い紅茶を入れ直し、思い出したかのように本題を伝える。
「これなんだが……塔の倉庫を掃除していたら出てきてね。君は覚えていないかい?」
そう言って例の黒い塊を取り出す。
驚いたかのようにテティスが一瞬目を開いたが、心当たりは無いらしく彼女は首を横に振った。
「本当に?私の記憶では、以前私と君と、マルスとウランで迷宮に潜った時に見つけたものだったと思うが……」
改めてあの時の事を思い出す。
確か私が欲しい素材があって、丁度長い休みを取っていたテティスとマルスを誘い、普段から迷宮で鍛錬している第7塔のウランに案内を頼んだのだ。
3年くらい前のことだから記憶に薄いが……確かにテティスはその場にいたはずだ。
彼女の記憶力は私よりずば抜けて良い。そんな彼女が覚えていないと言うなら私の思い違いか?
「ごめんなさい、やっぱり覚えは無いわね。気になるんだったら私が預かって記述のある本がないか探してみるけれど……」
そんなテティスの言葉に、未だ混乱した頭を整理しつつ答える。
「いや、これは私が解き明かすさ。」
「はぁ……レムリアちゃんならそう言うと思ったわ。また困ったら言って頂戴。いつでも、いくらでも手を貸すわ。」
◆◇◆◇◆◇◆
その後いくつかの雑談を交わして帰宅した星神祭初日の夜、ソーニャも先程帰ってきたが、それはそれは大いに楽しんだようで、年相応の無邪気さを見せながら今日一日のことを私に語って聞かせた。
ベット横の砂時計は21の刻過ぎ頃を指し示す。
オークションは22の刻開始のためそろそろ向かえば丁度いいだろう。
「レムリア様、そろそろ……」
帰ってから一休みしたソーニャに呼ばれ、あれこれ弄り回していたあの塊を机に置き、出掛ける準備をして塔を出る。
◆◇◆◇◆◇◆
「うわー!空が綺麗!」
少女はすっかり闇が広がりきった空を見上げる。
祭りのメインとも言える夜空や街の飾り付けは美しく輝き、多くの人々の心を惹き付けた。
だが少女は若さ故か、直ぐにその景色を楽しむことよりも買い物や小さな食事を優先し、そして人波に流されるままオークション会場へと足を運ぶ。
「リンドウもダリアもちょっとは休んだらいいのになぁ……祭りがあるのは予想外だったけど、仕込みなんて後でも……って訳にはいかないよねぇ。まぁ後で色々手伝ってあげよっと。」
少女は一人呟きつつ、買った果実水を1口飲む。
スッとした柑橘系の甘味とベリー系の酸っぱさが程よく調和している。
吹いた秋風が、オレンジ色の髪を優しく撫でた。
◆◇◆◇◆◇◆
「人だかりが出来ているものだから何事かと思ったよ……それより、今は特に忙しいんじゃなかったかな?正直君やべヌス、ルナ辺りには会えないつもりでいたよ。」
「それはこっちのセリフさ、レムリア。君の方こそ今年も塔に篭っているものかと……もしかしてオークション出品の噂が関係あるのかな?」
そんな噂が流れているのか……そう思いつつ隣を歩く青年に曖昧な返事をしておく。
第1塔管理者の、メルク・カーディナル。
白い法服を着こなし、短めに切られたややくせっ毛の白い髪、特徴的な金の瞳を持つ彼ではあるが、何より目を引くのはその尖った長い耳だ。
エルフ族の彼は派手好きの自信家で、金で作られたロングネックチョーカーを身につけている。
「それで、どうして入口なんかで待っていたんだい?」
「最初に着いたものだからあまりに暇で……1人部屋で待つのも寂しいじゃないか。」
私がオークション会場についてすぐ、何故か入口の方で人の流れが止まっていることに気づき、何事かと様子を見ればこの男と乗ってきたであろう移動用の豪華な馬車が人目を引いていたのだった。
私以外の皆は割と容姿が知られているが、特にメルクは法を用い多くの人々を救っているため住民人気が高い。
そんな彼を避けるために遠回りをする羽目になったのだが、ソーニャに迎えに行かせるまでもなく関係者通路で鉢合わせることとなった。
恐らく入るところを見ていたのだろうが、その場で声を掛けてこなかった事は有難い。
まぁそもそも入口で待たれていなければこんな心労を負うことも無かったのだが……
「それとレムリア、君はまた馬車も利用せず白衣のまま外に出ているんだね。前にも言っただろう?」
「服装や立ち振る舞いが身分を指し示す。貴族である以上そうであると分かる装いをしろ、だったね。」
以前も言われた苦言に、どう返したものかと熟考する。
以前は塔に置かれた移動用の馬車が壊れているからと言い訳したが、新しい物が既に届いているためこの言い訳は使えない。
悩む私を横目に、メルクは言葉を続けた。
「覚えているじゃないか。君は目立ちたくないからとそれに従わないが、僕達は貴族なんだよ。たとえ特殊な立場であろうとね。特に顔があまり知られていない君やガラテアに街人が絡めば、王国法に則って首が飛ぶのはどっちなのか分かるよね?街の人の為にも慣れて貰わないと困るよ。」
「……人は自身の不幸を他責にするものだからね、私はその目に耐えられる気がしないんだよ。」
「君の管理者への就任はやや変則的だったからね、気持ちの整理、覚悟の時間がなかった事に同情するよ。でもね、レムリア、それは君が君を肯定できる程この街の人々に貢献している実感がないからだ。改めて言おう。特殊な立場と言えど僕達は貴族なんだ。だからこそ街の人々に出来る限りの働きをしなくちゃいけない。別に君がサボっているからだとかは思っていないよ?塔の管理と別に、君は下部施設で扱えない危険な魔道具の解析を請け負っているそうじゃないか。君は与えられた役目より多くの仕事をしているんだよ。」
唐突に褒められ、私はなんだかいたたまれない気持ちになる。
どうにかならないかとソーニャに視線を移すが、そこにソーニャの姿はない。
そう言えばやる事があるからとメルクと会う前に別れていたのだった。
「……分かった、分かったよ。善処する。」
「うん、そうしてくれると助かるよ。」
メルクに恨みの肘打ちを入れつつ、案内版に沿って進んでいく。
着いた先は一般席や貴賓席の後方上部。
外側から見えない、望遠の魔法が付与されたガラス張りの部屋、そこには中央に半円形の机と、それに沿って9つの席が並んでいた。
席の名札に合わせ、1番左の空席にメルクが座り、私も1番右の席に座る。
そうしてメルクと会話しつつ他の皆を待つことになった。
◆◇◆◇◆◇◆
「おや!?私が最初じゃなかったか!たはは!私が来たぞ!です!」
何気ない会話をメルクと楽しんでいると、バンと扉が開け放たれる。
溌剌とした声量に独特な話し方、第7塔管理者のウランだ。
薄水色の瞳に十字の虹彩を持つ彼女だが、今日は同色の長髪を編んで留め、気合いの入ったお洒落をしている。
この部屋が薄暗いことも相まり、左腕の王冠を模した腕輪が廊下の明かりをキラリと反射していた。
「ウランー!待ってたよー!このままレムリアと2人きりでオークションを見るのかと思って気が気じゃなかったんだ!」
「おっと?メルク、それはどういう意味かな?」
「あぁいやいやいや!違うよ!?悪気はない!うん!」
私が言い返すと同時に、部屋の後方で待機していたソーニャと席の前まで来ていたウランが笑い出す。
豪快な喋り方であるウランだが、笑う時は反面淑女のような静けさを見せた。
正直、その歪さが気にはなる……が、管理者にはお互い過去の事に関して触れないという暗黙の了解がある。
「あれ、そう言えばウラン、今日は君一人で来たんだね?」
メルクの発言で、今の所秘書官を連れてきているのが自分だけだということに気付いた。
聞いたという事は連れてくる事自体に問題は無いのだろうが……同じことに気付き些か居心地が悪そうなソーニャを見ると少し悪い事をした気分ではある。
「ん!?あぁ!ベヌスから人を貸してくれと頼まれた!です!何でも、最近他所から来る人が増えたからか、空き巣とか、そういう犯罪が一気に増えたらしい?です!」
ふむ、第2塔は忙しいのか……となると、今日は来れなさそうだ。
明日一緒に武闘大会を見るというのに大丈夫だろうか?
そんな心配を浮かべると同時に、部屋の扉が開かれる。
次に来たのは、第5塔管理者のアドラ・プロスペリアと、小脇に抱えられた小柄な少女、第3塔管理者のルナ・プロスペリアだ。
後ろには2人共通の秘書官である……名前は思い出せないが、白い髪の青年が付き従っている。
ルナの翡翠色の長髪は忙しさからか手入れの跡が見えず、眠たげな同色の眼下にマルスのようなクマが浮かんでいて、アドラの方は翡翠色の髪を固め、正装に身を包み、右目に金フレームの片眼鏡をかけている。
部屋に入る時にその切れ長の目で睨まれた気がしたが、私が何かしただろうか?
元々ライバル視されているというか、仲が良い訳では無いが、流石に心当たりは……いや、まてよ?
そう言えばこの前自作の魔道具を代理販売させたな、恐らくその時のことを未だ根に持っているのだろう。
アドラがルナを席に着かせると、ウランがいつもの声量で話しかける。
「お、おーい!ルナ!大丈夫か!?です!」
「声が……頭に響くんだ……もうちょっと静かにぃ……」
か細いルナの返事にウランが口を手で覆い、小声で申し訳なさそうに謝罪する。
ぐったりとした彼女はそれを見る余裕もなさそうで、明らかに体調が悪そうだ。
ルナが管理者の中でも特に忙しいことは知っている。だからこそ今日は来ないものだと思っていたが……まさかアドラが無理やり連れ出したのだろうか?
いや、妹思いのアイツがそんな無茶をさせる訳が無い、恐らくアフターケアもしつつ仕事から離れさせるために連れてきたのだろう。
「本当に大丈夫かい?なんならオークション中は少しでも寝ておいた方がいい。」
席に着いたルナの元まで向かい、疲労軽減の薬液を手渡す。
それを彼女は一息で飲み干すと、礼を述べつつ机に突っ伏した。
「ソーニャ、すまないが膝掛けか何かを貰ってきてルナに渡してくれないか?」
「あぁ、大丈夫ですよ。セルヴィエ!貴方が行きなさい。」
そう私が伝えると、アドラがソーニャを手で制し、アドラ達の秘書官を向かわせる。
「あはは!やっぱりレムリアもアドラも人遣いが荒いよね!」
笑いながら私を指さすメルクを2人で睨みつける。
背後でソーニャが私を擁護するかのように声を紡ごうとするが、彼女の立場故に上手く意見することは出来ていなかった。
……まぁ、確かに一理あるな。以後気をつけよう。
改めて席に戻り、他愛のない話を続ける。
次に扉が開かれたのはオークションの直前。
扉を開いたのはテティスで、右手には私が土産で渡した指輪をはめている。
それを見て若干嬉しく思いつつ、皆で彼女を迎え入れた。
◆◇◆◇◆◇◆
そうして時間も経たずして舞台に1人の男性が登壇する。
高らかな宣言と共に始まったオークションだが、結局集まった管理者は私を含めて計6人。
第1塔管理者のメルク、第3塔管理者のルナ、第5塔管理者のアドラ、第6塔管理者のテティス、第7塔管理者のウランに第9塔管理者の私。
全員では無いとはいえ、私を除き皆忙しいだろうによく集まったものだ。
その顔ぶれを懐かしみつつ、壇上の男性の言葉に耳を傾けた。