第6話 ー特異体質ー
やってきた星神祭の1日目、まだ朝早くであるのに人々は大騒ぎ。
ソーニャには私が暇を与えたので、例年通り友達と街を巡っているだろう。他の塔の秘書官とも仲が良いそうだし意外と友人は多そうだ。
そして私はというと、唯一しっかり見たいと思っているオークションまであと数刻、第2塔管理者である筋肉馬鹿に誘われた武道大会の見物は明日の為やることが無い。
祭りの間は書類も少なくあっさりと片付いてしまった。
……そうだな、強いて言えば出店に掘り出し物を探しに行ってもいいが……気になるような物はまず無いだろうし、買わないとなると外出はやや億劫である。
「ソーニャは今頃どうしてるかな。」
お小遣いを渡そうとしたら給金を貯金しているとかで断られてしまった。
使う機会が少ないのか上手く節約しているのか……前者なら本格的に労働時間の見直しが必要かもしれない。
思えば彼女は常に私の傍らにいるにも関わらず、彼女について私が知っている事はあまりに少ない。
根本に他者への興味が薄い事が原因だと思うが、正直今深く考える気にはならないな。
ふぅ、と軽く息を吐きつつベッドに横たわり、窓辺に置かれた砂時計を確認する。
机に置かれた砂時計とは違い、砂が減ると自然と反転する代物で、反転記録を読めば1日の長さを正確に図れる、そんな骨董品だ。
小さくて尚且つ正確に時が図れる魔道具もあるが私はこっちの方が好きである。
記録を見れば今はまだ10の刻になったばかりか……暇だな。
◆◇◆◇◆◇◆
結局やることは思いつかず、したい研究もソーニャによれば3日目の朝に約束を取り付けたとかで進展がない為頭打ち。
結果何故か性に合わず倉庫の区分けをしているのだが存外これが楽しかった。
私は特別な11種の魔道具を魔法袋という空間を圧縮する魔道具にナンバリングして仕舞い、持ち運んでいる。
迷宮産の中でもかなり珍しい代物だが、入る容量はそこまで多くない。
そのため雑多な物や素材、簡単な研究成果等は全て倉庫に保管している。
ちなみに普段からソーニャが掃除や整頓を行っているため私が触れるような隙は無い。なのでどんなものがあったか見て懐かしみつつ、よく使うような物だけを移し直しているのだ。
「お、灰宝石!まだ残っていたのか……ふむ、前みたいに浄化の魔道具でも作るか?別の魔道具に挑戦してもいいな……と、こっちは古魔樹の枝か、サイズ的にも中々だし合わせて魔術媒体にしても面白そうじゃないか!」
こうして実は案外残っていた使える素材なんかに目をつけてはどんな研究に使うか考え大はしゃぎ。
1人で騒いでいるところをソーニャに見られれば白い目を向けられそうではあるが、今日は20の刻まで帰らないと言っていたし問題ない。
「ん?これは……なんだったか、思い出せないな、下の研究施設に回して解析……はないな。自分でやるか。」
◆◇◆◇◆◇◆
夜の闇を閉じ込めたような光沢のある黒色、掌に収まる割と小さいサイズ、楕円形という要素からまるで卵のようにも見える。
だが叩き割ることも、削ることも、溶かすことも叶わず、色々な検査溶液に浸しても反応は無い。
「このままだと投げるくらいにしか使えないな……方法によって威力は出そうだが。何かの卵という可能性はこの硬さだとあまり考えられないし、鉱石類かとも思ったが溶液に反応はなし、魔法痕の調査にも引っ掛からない以上このままの形で存在する何かのはずだが……」
摩耗しない点をどう活かせるか等、頭を抱えてうんうんと悩んでいるとふとあることを思い出した。
「そうか、皆でダイダロス大迷宮に潜った時に見つけた物か!」
皆とは勿論他塔管理者のことである。
1度最深部を目指すという題目で数名の管理者が休暇を楽しんだのだが、その時に見つけた物……のような気がする。
しかし、これを見つけたという事が真実だったとして、私が研究のために持ち帰ってそのまま忘れ……いや、私がそのままにしておく筈が無いな。
……どういう事だ?
ともかく、その時いた誰かしらに聞けば正体に関して何かしらの進展はあるかもしれない。
正直私が持っている時点で研究対象……つまり誰も知らない可能性の方が高いが、暇な今誰かと話すのを目的とすれば徒労に終わることもないだろう。
今の時間仕事で忙しくなく、祭りに出払ってもいないのは……第6だな。
第6塔はこの街の西側、北東に位置する第9塔からはやや遠いが足を運ぶ価値はあるだろう。
「そうだ、ついでに作った指輪でも持って行くか。」
行き詰まってしまった総数3の指輪ではあるが効果からして彼女も割と喜んでくれるのではないだろうか。
造形もその手の職人には劣るがいい出来のはずだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「貴方と会うのは五ヶ月ぶりかしら、随分と研究に熱中していたようね?」
そう言ってテティスは静かに笑う。
「ちょっと前に本を借りにここには来たんだけどね、その時に君はいなかったか……となると、そのくらいになるか。まぁ、外に出るメリットが少ないからね、有意義に時間を使っているだけさ……それはそうと、改めて感謝したい。」
お互い席に着き早速ソーニャの教育を引き受けてくれた礼をする。
手土産として指輪型魔道具の入った袋を手渡すと、中身も確認せずにテティスは満足そうに微笑んだ。
「いいのいいの、貴方の頼みだもの。素直で教えがいがあるわ。」
「そう言ってくれると助かるよ。今後も頼む。」
「勿論よ……ところで。」
私が本題に入ろうとした所で、テティスが先に言葉を続ける。
彼女は秘書官にハンドサインを送り部屋から退出させると紅茶をひと口飲み間を置いた。
「例の魔法の話、だろう?それで、なにか進展はあったのかい?」
既に察しはついている。
彼女は現在、既に失われた魔法の一つである『洗脳魔法』の研究をしている。
『洗脳魔法』は準禁術に指定されている魔法で、研究すること自体は問題ないが、使用すれば極刑となる魔法だ。
法に触れぬものとして、ライン帝国等で一般的な奴隷紋の魔法がそれに類似するが、彼女の目指すものは技術的に遥に上、自由意志を剥奪する程の……
彼女の目的が分からない以上、本来なら止めるべきなのだろう。
だが、彼女が悪用するとも思えない上、私も知的好奇心が擽られてしまっているのだ。
だからこそ、誰かにこの事を漏らすつもりは無い。
「かなり、ね。ただ……」
「ただ?」
嬉しそうに話し始めたと思いきや、続く言葉を濁らせる。
あぁ、その気持ちは私もよく体験するものだ。
「試す機会が訪れないの。」
彼女は困ったとばかりに大きく溜息をつき、頭を抱える素振りをする。
検証を行えないというのは、理論の整合性を確かめる唯一の方法を失っているに等しい。
「それは……あー、すまない。」
力になれず申し訳ないと謝罪をする。
それを聞いた彼女は柔らかく笑い、ただの愚痴だから気にしないでと訂正した。
「うちのソーニャに試すのが最適だとは思うが……何かあった時のリスクがね。」
どんな例外もなく完璧な洗脳魔法となると、そう簡単に試す訳には行かない。
であればこそ、試すのに最適なのはソーニャ以外に居ないだろう。
まぁ正直……それが成功するとは思えないが。
「……?どうしてソフィアちゃんが出てくるの?」
不思議そうな顔を浮かべる彼女。
「ソーニャが殆どの魔法と魔道具が使えないことにも関わってくるが、特異体質なんだよ、魔法を掻き消してしまう類のね。だからこそ、もしかけることが叶えばそれは完璧な洗脳魔法であると言って差し支えないだろう?」
「そうね。それより……ソフィアちゃんから、貴方でさえ原因がわからないって聞いていたのだけれど。」
「まさか!過ぎる力は毒になるからね、まだ言ってないだけさ。」
私が謎を謎のままにしておく訳が無いだろう?きちんと原理まで解明している。
一部まだ仮説ではあるがね。
彼女が特異体質であることを本人以外に明かすことは正直良くは無い、後ろめたく思う部分もあるが私はテティスを信用しているし、ソーニャに魔法を教える立場である以上伝えておくべきだろう。
まぁ本人が隠したがっている訳ではない以上、有事に備え持てる重要事項は塔管理者間で共有する決まりに則って問題は無い……はずだ。
「そう……魔法を掻き消す……」
ふと噛み締めるかのようにテティスが呟く。
何か思うところでもあったのだろうか?
洗脳魔法を試すリスクと成功で得られるものを天秤にかけているのか、少し悩んだ表情を彼女は見せた。
どちらにせよ私から許可することは出来ないが。
「話を戻すが、君のことだから解く方法も既にあるだろうとはいえ、何か異常が起こるリスクを踏まえて、力は貸せそうにないね。申し訳ない。」
謝る私にいやいやと手を振るテティス。
「いいのよ、元々愚痴のつもりだったのだし……むしろ、そこまで親身に手伝おうとしてくれるなんて嬉しいわ。でもね?レムリアちゃん。例え貴方の部下、私を信用している、どちらであってもそういった危険性のある事にちょっとでも他の人の名前が出るのは一般とはズレていると私は思うわ、気をつけなさい。」
珍しく怒る彼女に、ふと自身の発言を省みる。
確かに、これはあまりに一個人を軽視しすぎている……反省だ。
内容は明かせないが、ソーニャに改めて謝るべきだな。
「確かにそうだ。君にも悪い事をした、返す言葉もない……でも助かった。倫理観がズレていると自分では気付く事はできないからね。」
私は良き友を持ったな、と改めてそう思った。
「そうそう、話は変わるのだけれど……ソーニャちゃんに魔力分類論の話はしてないのね?」
雑談に入り、テティスから投げかけられた問に頬を掻く。
それは、ソーニャに話していない理由があまりにもくだらないものだからだ。
「君もわかっているだろう?論拠が足りず、例外も多い……若気の至りと言うべき薄っぺらな理論を教えたくなかったのさ。」
そう告げた私に、テティスは静かに笑う。
私の内面を見透かされているような、そんな居心地の悪さを紅茶を飲んで誤魔化した。
「ふふ、いい所ばかり見せたがるのも貴方の悪いところね。」