第5話 ー理ー
迷宮都市オドビスにはダイダロス大迷宮と呼ばれる、名の通り大陸最大規模の迷宮が街の中心に存在する。
迷宮は1層1層がオドビスの街より広く、場所によって求められる技能や対処法が違う。
そして、冒険者組合はこの街で働く冒険者を迷宮の探索率に応じて区分けしている。
具体的に言えば第3位階の認識票を持つ冒険者であればダイダロス大迷宮の3層で安全に生き残り、探索を進められるだけの技量、実力があると証明される。
現在の最深到達階層は第8層までの為、この街の冒険者最高位は第8位階となる。
その昇級は生半可なことではなく、更に5層より下は人外魔境と言っても過言では無い。
現在第8位階の冒険者はたったの5名、組合に登録された冒険者の総数を考えるとあまりにも少ないが、その壁の高さは実際に迷宮に潜れば嫌でも理解できるだろう。
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「やはりと言うべきか、これ以上の進展はないか……」
少々値の張る紙を雑に使い過ぎたことを後悔しつつ、書きかけのそれをぐしゃぐしゃに丸め燃やしてしまう。
自身の無学さに嫌気がする。
指輪型魔道具の研究を再開してから一週間以上経過し、祭りの日はもう目前に迫ってきていた。
「レムリア様、夕食をお持ちしました……えと、どうされましたか?浮かない顔をされておりますが……」
ソーニャが食事を運んで来ると同時に、私の心配をする。
そんなに顔に出ていただろうか?……ふむ、丁度いいじゃないか。
「ソーニャ、これを見て貰えないだろうか?」
そう言って既に完成した指輪と、現在作りかけの図面を手渡す。
その出来栄えに驚いたようだが、素直に喜ぶことは出来ない。
「凄い……こんなに小さな面積に障壁、障壁強度上昇、魔力供給の3つの魔法陣を書き込めるなんて……」
魔法陣の内容を読み取った彼女が、その指輪を私の手に返す。
「正解、よく勉強しているね。ただ、そうは言っても精々が魔法陣総数3の魔道具でしかない。確か迷宮から産出した指輪型魔道具に総数5のものがあったはずだ……総数5ってどうなってるんだ?人知の及ぶ物では……」
椅子に仰け反りつつふと口から漏れ出た言葉で我に返る。
研究者としてあるまじき発言だ。
たとえ神が作ろうと、この世界にある限り数理の理に縛られるのだ、作れぬはずがない。
そんな私の心境を読み取ってか、夕食を机に並べ終えたソーニャが1つの提案を出した。
「確か所有者は第8位階の冒険者だったはずです。買取り、または閲覧のお取次ぎをしましょうか?」
良くそんなことまで知っているなと感心しつつ、そうすべきか考える。
先日起きた異変で規制が入っているとはいえ、流石に今はもう迷宮に潜っているだろう、であれば近い星神祭より前に合うことは叶わない……が、このままでは進展がないのも事実。
「成程、頼むことにするよ……ともあれ、今は食事だ。ほら、屈強な兵士は食事から、とも言うだろう?」
食事前に万民が1度は言うであろう陳腐な言い回しをしつつ、暖かなスープから手をつけた。
変わった味付けだが臓腑に染み渡る。
貸し出した料理本の影響かなと思いつつ気の休まる食事を進めた。
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「あぁ……フェノン爺か?所属しているパーティはもう1週間近く迷宮に潜っているし、今日か明日には帰ってくるんじゃないか?あの人も祭りを楽しみにしてたしな。」
有益な情報にチップを渡しつつ、その場を後にする。
冒険者組合の雰囲気はあまり好きでは無いですが、頼まれた仕事はきっちりとこなさなければなりません。
レムリア様には、もし本人が居たならその場で現物を借りる、または見せてもらうことが叶わないかの約束も取り付けてくれとお願いされました。
本人曰く「別に欲しい訳じゃあないし、1目見れば何となく何が違うかはわかるからね。」との事。
報酬は本人がいればそこで話し合って決めて構わないと仰られていましたが、判断が難しいのでこの場で会えなかったのは幸運かもしれません。
さて、一先ずこの場にいない事と今日か明日には帰ることがわかりましたし、組合長あたりに言伝をお願いしておきましょうか。
頼むのは別にその辺の冒険者でも良いのでしょうが、どんな人物か分からない以上反故にされても困りますし、組合長であるエレノアちゃんは私の友人。言いやすい関係ですからね。
依頼に来る人物や冒険者の対応に忙しい時間帯が過ぎ、依頼の掲示や清掃を行っている組合職員に話しかける。
「こんにちは、今お時間大丈夫でしょうか?」
「あっ、すみません……はい!今日はどういったご要件でしょうか?」
声をかけたのは薄い桜色の髪をした女性の方で、私より少し年上に見えます。
先輩の職員であろう方に小言を言われていたので助け船のつもりで声をかけましたが、後の事を考えると良くなかったかもしれません……
ともかく、溌剌とした明るい態度でマニュアル通りの受け答えを行う彼女に好感を抱きつつ、身分とレムリア様の名前を出して組合長室へ案内をお願いする。
身分を明かした瞬間かなり動揺していましたが、無事案内されている今気にすることでもないでしょう。
部屋の前まで案内してくれた彼女に一礼しつつ、受付まで戻るのを見守ってから扉を軽く叩き、形式上の挨拶を述べた。
「第9塔管理者秘書官のソフィアです。エレノア様、本日はレムリア様の使いでお伺いしました。」
「こ……れはこれはソフィア様、本日は御足労頂き誠にありがとうございます。遣いとの事でしたがご要件を伺ってもよろしいでしょうか?」
扉を半分ほど開き、慌てた様子でエレノアちゃんがそう答える。
こういった正式な場でないと愛称以外での呼ばれ方をしないので珍しく感じますね。
それより部屋に通したくないような、部屋の中を隠すような仕草……あぁ、マルス様がいらっしゃるのですね。
察して私が軽く微笑むと、エレノアちゃんが目を逸らす。
この反応は間違いないですね、そこまで機密性の高い案件では無いのでこのまま話しましょう。
「エレノア様、貴方にフェノン・アレイスター様への言伝をお願いしたいのです。」
「言伝ですか?」
今日か明日に帰るのであれば祭りを楽しもうとしているのはまず間違いないでしょうし、3日間続く祭りの2日目には流石に街にいるはず。
であれば祭り3日目の朝がレムリア様の用事と、催し物が被らず丁度いいでしょう。
祭りの後でも良かったのかもしれませんが、レムリア様はきっと直ぐに研究に戻りたいでしょうし。
「はい、『第9塔管理者レムリア様が、フェノン・アレイスター様の持つ指輪型魔道具を一目見たいと仰せられております。報酬は交渉で取り決めお渡ししますので星神祭の3日目、8の刻前に第9塔の中央受付まで足をお運びください』と。」
「は、はぁ……かしこまりました。では、そのように。」
「もし来ていただけない場合は……」
「いえ!必ず向かわせますのでご心配なく!」
そう言って部屋の中に飛び退くようにエレノアちゃんが戻っていく。
先方に用事があった場合、手紙等で返答を頂こうと思ったのですが……
まぁ、エレノアちゃんがそう言うのであれば大丈夫でしょう。
去る間際にマルス様の声が聞こえ、エレノアちゃんちゃんと話しているのが聞こえましたが、これは聞かなかったことにしましょう。




