第4話 ー魔法と魔道具ー
「おいおい!そりゃねぇだろぉ!?」
冒険者組合の受付で、ある冒険者が怒声をあげる。
その声量に辺りは静まり、他冒険者の注目を集めたが、周囲はまたかと呆れた様子で目を逸らし、また元の騒がしさへと戻った。
「なんで4層までの異常個体が掃討されたってのに進入規制が解除されないんだ!暫く稼ぎ無しでいろってか!?」
「張り紙にある通り一定額の補填は行いますし、魔物の誘引と確定した以上既に確認、討伐が行われた個体以外にも注意を……「それはもう聞き飽きてんだよ!」」
中々終わらぬ問答に受付に並ぶ他冒険者も苛立ちを見せる。
だがその者達も補填がなされるとはいえ、一時的に大きく収入が減るのをよく思わず、さらにタチの悪い事に詰め寄る冒険者がそれなりに高位であるため仲裁が入ることもない。
……が、今日は運が悪かった。
「五月蝿ェなァ?おちおちエレナとの茶も楽しめやしねェ。」
組合長を愛称で呼ぶ人物なんてただ1人、それに気づいた数人の冒険者が青い顔になりつつ問答の仲裁に入るが、頭に血が上りきっている高位の冒険者を止めるに至らない。
掠れ声のその主は、階段を降りつつ辺りを見渡す。
嫌に白い不健康な肌、綺麗に別れた白黒ツートンカラーの長い髪、明らかに着崩しただらしない服装、眠そうに開かれた真っ黒な瞳下の深いクマ……そして、ジャラジャラと派手なアクセサリーをいくつも身につけたその男。
最近第4塔秘書官でもある組合長の部屋に入り浸っている管理者の彼ではあるが、それを知っていた者はこの場にいない。
結局、その後冒険者組合が荒れるようなことは特になく、徐々に規制も緩和される事となる。
「チッ……嫌な感覚が拭えねェ以上規制を完全に解く訳には……補填についても考え直さねェといけねェか……あァ、あいつが使えるッてのがこの前の件で分かッたのは僥倖だナ。」
◆◇◆◇◆◇◆
「あら、もう来たのね。いらっしゃい。」
レムリア様に第6塔に向かうように指示されてから2日後、漸く時間を作れた私は第6塔の管理者であり、レムリア様の一番の御友人でもあるテティス様の元へと足を運んでいた。
テティス様を最後にお見かけしたのはひと月程前になりますが、その時とお変わりなく、紫色の生地に金で植物の意匠がなされたローブ、7色の複雑に混ざりあった髪を編み束ね、室内だと言うのに大きな魔女帽子を被っています。
「ご無沙汰しております、お元気そうで何よりです。」
というか、あれよあれよとテティス様のところまで通されましたがどういう状況なのでしょう?
てっきり下部施設の大図書館で何かを受け取るとか、そういったお使いかと思っていたのですが……
「そんなに畏まらなくてもいいのに……それで、その様子からしてレムリアちゃんに何も聞いてないわね?」
まるで見透かすかのように彼女は細い目を開き、優しい笑みを浮かべつつ金の瞳を覗かせる。
「ご明察の通りでございます……」
「ふふ、大丈夫よ。レムリアちゃんにお願いされたのは貴方の魔法に関する教育を頼まれたの。それで……貴方は魔法についてどこまで知っているかしら?」
「えと……お恥ずかしながら、実は私、魔法が使えなくてほとんど何も知らないんです……魔道具でさえ使える物は数少ないですし……」
そう伝えた瞬間、彼女は少し驚いたような表情を浮かべる。
「レムリアちゃんに使い方は教わらなかった?」
「教わったのですが、レムリア様は使えない理由が分からない、と。」
腕を組んで顎に手を当て、ほんの少し考え込んだ後、彼女は棚から本を取り出しつつ私に向き直る。
「まぁ、私に出来ることがあるかは分からないけれど、一先ず基本的なことからおさらいも含めて試してみましょう。」
そう言いつつ、彼女は部屋の中心に置かれたラウンドテーブルの椅子を1つ引き私に着席を促す。
「お茶の種類は……カモミールティーでもいいかしら?最近いい茶葉が手に入ったの。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、ちょっと他にも必要そうな物を持ってくるからここで待っててね。」
◆◇◆◇◆◇◆
「さて、始める前に……1ついいかしら?」
ティーカップを受け皿に置き、置かれた本の表紙を撫でつつ彼女は言う。
「えと、どうされましたか?」
私が尋ねると、彼女は私の髪留めを指さした。
いつも使っている硝子製の小さな花の髪留め……以前レムリア様に用事で出かけたついで、露店で買ったからと貰ったものだった。
「その小さな花……水鏡花の髪留めはレムリアちゃんにもらったの?」
「はい!以前露店を通りがかったとかで……」
水鏡花……知らない名前です。
恐らくこの近辺では見れないのかもしれません。
「そう……これの価値にレムリアちゃんが気付かない訳がないはずだけれど……あぁ、そういうこと。私に教育を頼んだのはこれも込みって訳ね。」
1人呟く彼女を見る。
価値……希少な物なのでしょうか。
「その花の意味も含めて、大事にされているのね……ちょっと貸してくれるかしら?」
そう言ってテティス様は掌を差し出す。
なんの事か分からないまま髪留めを外して髪をおろし、その手に乗せた。
花の意味……機会があれば調べてみよう。
いつもと違う、慣れない髪型にソワソワする私を見て、彼女は小さく笑う。
「ふふ、落ち着かないかしら。」
「はい……」
ごめんなさいね。と謝りつつ彼女は言葉を続けた。
「この真ん中の丸い部分、これは特殊な魔道具になっているわ。どんな魔法でも込める事が出来て、たった一度だけ使える……そんな代物。恐らくレムリアちゃんは私に魔法を込めさせるのも含めて貴方の教育を頼んだのだと思うわ。だから、今日のお勉強と並行して、そっちもやっちゃっていいかしら?」
「そうなのですね……お願いします。」
さっきも言ったように、私が使える魔道具は数少ない……でも、レムリア様が私に渡すという事は、きっと私でも扱える物なのだろう。
「ふふ、それじゃあまずは基本から。魔法とは、空気中の魔素と万物に宿る魔力を使って、正確で詳細イメージを元に物を操ったり、具現化したり、複雑な事象を起こしたりする事を言うの。そして、魔力には属性があって、火、水、風、地、光、闇、無……基本はこの7つ。複合属性とかを含めちゃうとその限りじゃないけれど……この辺りは知ってるかしら?」
肯定の意味を込めて短く返事をし、頷く。
その返答にテティス様は軽く笑顔を見せ、話を続けた。
「なら通常魔法と固有魔法の違いを説明するわね。通常魔法は、広く知られて習得、発動が容易になった魔法の事。膨大な種類があるけれど、何世代もの改良が重なってそのどれもが扱いやすいものになっているわ。そして固有魔法……これはさっきの反対で、広まってない上にそう簡単には扱えない。一家相伝の魔法や、個人に合わせて作られた魔法がこれに該当するわ。そして、情報が少ないからこそ対策しずらい……貴方ならその強みはわかるわね?」
問い掛けに同意し、メモを取る。
1度学んだ内容もあるが、改めて書くことで忘れないように務めているのだ。
「まぁ、実際見せる方が早いわね。」
パチンと指が鳴らされると同時に、机の上に置かれた燭台に火が灯る。
「これが火属性通常魔法の1つ、点火。今私は無詠唱っていう、何も発音しないで魔法を使う技術を用いたけれど、覚え始めは魔法名を呼ぶことでイメージを引き出し易くする方がいいわね。」
続けて、彼女は試しに魔法を使うよう私に言い、燭台の火を吹き消した。
イメージしやすいようにと目を閉じる。
燭台に立てられた蝋燭の灯芯に、さっき見た通りに……
少しの間を置き、改めて目を開く。
結果はやはり不発に終わった。
「……成程。」
テティス様が驚いたように呟く。
「やっぱり、ダメでした。」
「大丈夫よ、落ち込まないで。私が教えるんですもの、いつかきっとできるようになるわ……一旦次に進むわね?次は固有魔法だけれど、ごめんなさい。お手本になろうにも、私は通常魔法ばかり極めちゃって……固有魔法には手を出していないの。」
そう言って、申し訳なさそうに笑う。
誰も知らない独自の魔法なんてそうそう持ち得るものでは無いが、彼女の場合はまた別の事情のようだった。
「謝らないでください……むしろここまで分かりやすく教えてくださり本当にありがとうございます。」
答えつつ、私は1つの寓話を思い出す。
喋る度に口から魔物を吐き出す少女の物語、嘘をつく人になってはいけないという戒めで聞かされるそれは、もしやそういう魔法だったのではないだろうか。
「ふふ、ありがとう。次に魔道具だけれど……貴方の方が詳しいかしら?魔道具は、魔法と違って魔力を流すだけで魔法と同じように刻まれた魔法陣の効果を発動できるの。発動の早さがメリットで、デメリットは決まった形でしか扱えないことね。」
「あ、えと、そう言えば魔道具は人を選ぶと言いますが、どうしてなんですか?」
ふと頭に浮かんだ、俗説に語られる1つの疑問を投げかける。
「あら、レムリアちゃんはまだ教えていなかったのね。これは応用になるけれど、魔力には属性とは別に攻、防、奇の性質があるの。」
「性質……」
メモを進めていると、その間にテティス様がひとつの円を空中に描く。
円の真上に攻、斜め下左右に防、奇と割り振られている。
「例えば、攻と防の質が強い魔力を持つ人だと、奇の質を要求される魔道具は使えなかったり、逆に全ての質が低くないと使えない魔道具があったりするわ。」
説明に合わせ、円の中で塗りつぶされた3角が形を変え補足してくれた。
「これは使えるようになる通常魔法にも関わってくるから、結構大事なことなのよ?ちなみに……」
上空に描いていた円を消し、テティス様は改めて私を見つめた。
「これ、レムリアちゃんが提唱した理論なの。選ばれるという曖昧な表現で片付いていたものが、理論で説明できるようになる……聞いた時はビックリしちゃったわ。」
その日一番の衝撃が、私を襲った。
◆◇◆◇◆◇◆
結局、その後もいくつかの知識を得たがついぞ魔法を使えるようにはならなかった。
簡単な魔法であれば誰もが何かしら扱えはする以上私は中々珍しいケースだそう。
ですが検討はついたらしく次回の授業の時までに調べておくと仰られていました。
帰りの間際、彼女は私に髪留めを手渡し……
「私が使える中で最も効果の高い回復魔法を込めておいたわ。もし何かあった時、躊躇わずに使うのよ。」
そう言って私の手を握るように包む。
渡された髪留めはほのかに暖かく、授業と並行して作ったとは思えないほど丁寧に魔法が込められていることが感じられた。
「次の授業はまた貴方の時間が空いた時にしましょう。私は基本ここから出ることは無いから、いつでも大丈夫よ。」
「分かりました!レムリア様は暫く研究に打ち込まれるそうなので、また近いうちに時間が取れると思います!その時はまたよろしくお願いします!」
そうして、私の充実した一日を終えた。