第3話 ー日常の中でー
「ううん……ダリアとリンドウにはこれくらいでいいかな……やっぱり、もう一本くらい食べてもいいよね。」
街に来たばかりと言うに既に手荷物だらけの少女は誰に伝えるでもなく呟く。
口の周りを串焼きのタレで汚してしまっているが、本人はさして気にしていない。
「おねーちゃん、ママを助けて……」
そんな中、幼く身なりもボロボロの幼子に袖を掴まれ、祭りを楽しんでいた少女は足を止めた。
首を傾げつつ露店で買った串焼きを抱えた紙袋に戻し、口周りのタレを指ですくって舐めとる。
数秒の沈黙の後、震える幼子を改めて見た少女は手を引かれるままについて行くことにした。
路地裏を2、3回と曲がり奥へ進む。
やがて細い道から開けた場所へとたどり着いた。
見上げれば頭上にいくつもの紐が張られ、ボロボロの布が掛けられているのが見える。
「……どうしたの?こんなところで立ち止まって。」
無言のまま立ち止まる幼子に、1つの予感が的中した事を感じる。
建物の影の中、大通りの喧騒が小さく響く。
「よーしよし、やっと獲物を連れてきたか、後はどっか行ってろ!」
あぁ、やっぱり。
どさりと抱えた紙袋を落とす音が響いた。
少女は袖から手を離し咄嗟に逃げ出そうとする幼子を抱える。
代わりとばかりに腕の中に収まったそれは、驚きつつも逃げようと必死に踠く。
しかし、いくら非力とはいえ抱える腕はビクともしない。
幼子が恐る恐る振り返ると、その少女は笑顔のまま冷ややかな雰囲気を纏っていた。
「あ?何してんだ?お前。」
「良かったぁ……」
「何がだ?……ははっ!頭でもイカれちまったか?」
物陰から数名の男が現れ逃げ口を塞ぎ、取り囲むようにと躙り寄る。
身なりからしてこの幼子と同じ貧民だろう。
薄汚いその男達は下卑た笑みを浮かべていた。
「誰かを守りながら戦うより、ぜーんぶ殺しちゃう方が簡単でしょ?だから、良かったなぁって。」
「は?何言って……」
◆◇◆◇◆◇◆
「レムリア様?」
目当ての飲食店に向かう途中、ふとレムリアは足を止めた。
幼子に手を引かれる少女、ただならぬ様子ではあったが……
「いや、なんでもないよ。」
助けるべきかとも思ったが、あの手を引かれていた少女、彼女の立ち振る舞いを見るにその必要は無いだろう。
◆◇◆◇◆◇◆
そしてたどり着いた、やや落ち着いた雰囲気の飲食店、丁度お昼時ということもそこそこに繁盛しているようだ。
席に通され、テティスもおすすめしていたこの店独自の料理を2人で注文する。
パスタ……食べたことは無いが、周囲の客の反応からして期待が高まる。
注文してからさほど経たずして、平皿に盛り付けられた細い糸の束が出てくる。
上に掛かっているのは、トマトベースに粗い肉と細かな野菜のソースのようだ。
フォークを用い、掬うように口に運ぶ。
「これは……なんとも言い難い。スープではないのに吸って食べるのか、不思議な料理だね。」
「んん!変わった食感ですが、お肉と野菜のソースが絡まってとても美味しいです……!」
久方ぶりの外食を楽しみつつ、口の周りを若干汚したソーニャを見る。
作り方を模索しているのかブツブツと独り言を唱え分析しているが、見られていることに気づいたのかこちらに視線を向けると、照れたように笑顔を浮かべた。
ソーニャはこの料理にかなりの興味があるようで、食べた後にレシピをどうにか聞けないか店主に交渉していたが流石にいい成果は得られなかったようだ。
この味はここだけと、思い出にして残しておくことにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆
「それで、午後からはどうされますか?」
帰る道中、ソーニャのいつもの買い出しに付き添う。
買うのは食糧、水、日用品等の消耗品だ。
歩きながら、いくつかの言葉を交わす。
「それは勿論、指輪型魔道具の研究の続きさ!」
「えと、この前1つ完成品を作りあげていませんでしたか?」
確かに実用品として1つの完成系は作り上げたが製作途中で多くの発見があった。
だからこそ今回星神祭のオークションに出品する本を書くに至った訳だが、そこから新たな技術を生み出したくなるのは研究者の性だろう?
「いいや、まだまだ試したい事は沢山あるのさ。暫く研究に打ち込むつもりだから、祭り前日までいつも通り書類の運搬と決まった時間の食事配給を頼む。やはりと言うべきか味の薄い栄養食だけよりは、モチベーションと効率が上がるからね。それと、いつもの書類は私の代理でソーニャが処理してほしい、あまり褒められた行為では無いけどね。」
言及はしていないがソーニャは洗濯に別室の清掃等も常にしてくれる。
とてもよく働く、私には勿体ないくらい頼りになる秘書官だ。
書類の1部を任せたのは教育の一環でもある、ソーニャに将来私の後任を任せようと考えている事は、勿論本人に伝えてはいない。
そんな話をしているうちに、必要な物を買い揃え、露店通りを眺めつつ帰路に着く。
ふとソーニャを見ると、4つの袋を重たそうに抱えていた。
ソーニャにばかり荷物を持たせるのはあまり良くないか。
別に周囲の目だとか、外聞を気にしている訳では無い。
だが、荷物を分けた際、ソーニャがみせた笑みを見て悪い気はしなかった。
「あぁそれと、合間を見つけて第6塔に足を運ぶように。」
そう言えばと、伝え忘れていたことをソーニャに伝える。
これが、先日第6塔に書類を送った真の目的、テティスにソーニャの教育をお願いした。
「えと……分かりました?」
敢えて内容を伏せたのにはいくつか理由があるが、最たる理由はある事情により面倒だからだった。
「ふふ、こうしてレムリア様とお出かけするのは久々ですね。いつも研究ばかりで第9塔から出ないんですから……たまにはこうして外に出るような健全な生活も悪くないと思いますよ?」
「【研究者】たる私に研究以上の健康的な活動などある訳がないさ!それに……外出は些か労力と成果が見合わなさすぎる。」
自分に言い聞かせるように言い訳を述べ、納得したのか納得していないのか、どちらかと言えば諦めにも近い様子で彼女は笑う。
さて、こうしているうちにもやりたい事は多々思いつく。
帰ったらまずは何から試そうか……