第2話 ー不明瞭ー
特異体質と呼ばれる者達がいる。
珍しさ等の要因から未だ広まってはいない事象ではあるが、関東国の望月大聖やライン帝国の騎兵隊長など特異体質を持つ有名人は少なくない。
ニムロド教の教典によれば天におわす神々からの祝福が由来であるためそのような呼び方になったという。
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失敗だった……いや、迂闊と言うべきか。
第4塔管理者のマルスの性格からして予想出来た事態であろう。
結果から言えば要請内容自体になんら問題はなく、というかあっさり解決はしたのだが……
昨日の今日で私自身外出が気乗りしなかったとはいえ、せっかく出向いたのだから何かしら手応えある案件の方がまだ気持ち的にマシだった。
気が進まぬまま冒険者組合に赴き、見慣れぬ人物だからか好奇の目に晒されつつ組合長の部屋まで通される。
そこに組合長と同席する形でマルスが座っていた。
組合長のエルフ族の彼女、名は……あぁそうだ、エレノアと言ったか、彼女は俯きつつばつの悪そうな顔、右隣のマルスはニヤニヤと嫌味な笑顔を浮かべていたため、この時点で既に嫌な予感はしていた。
結局第2層にあったという第5層でしか普段見かけない梟熊の死骸を見せられ、被害状況を聞かされつつ解剖や調査を手伝わされる羽目になった。
……無下には出来ないとはいえこの程度ソーニャを向かわせれば済む話だった。
正直私を引っ張り出したことになんの意味があったのかは分からないが、少なくとも私にとってあまりいい意味では無いのだろう。
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「それで、原因はなんだったんです?」
「簡単な事さ、実力を見誤った冒険者が適正より下層に潜り、魔物を誘引……まぁ、その階に居ないはずの魔物を引っ張ってきたのさ。魔法の痕跡もないし現地の環境も変化していない、まず正しいとみて間違いないだろう……が、欲に目が眩んだか、はたまた純然な悪意か、かなり深い層から複数引っ張って来たみたいでね。2層まで逃げれたのは幸運か実力か……そもそもあと何体適正外の魔物が蔓延っていてその梟熊自体も誰が倒したかすら不明……まぁ、色々推察はできるがぜーんぶ分からず終いさ。」
「はぁ……お疲れ様、でした?」
あまりハッキリとしない返事、ソーニャに私の苦労は伝わらなかったみたいだ……どうでもいい事ではあるが。
さて、もう真昼近いとはいえ、やれる事は数多い。
書類仕事は出かける前に片付けているし、部屋でゴロゴロ読書を進めるのも悪くは無いが……今の私には進めたい研究があるのだ。
と、その前に。
「まずは昼食としようか、ソーニャ、食べに行くよ。」
そう伝えると、信じられないものを見るかのようにこちらを見る。
いやまぁ、言いたいことは分からなくもないが……
「レ、レムリア様が、進んで外出を……?」
「あぁもう、たまにはいいじゃないか……気が向いたんだよ気が。」
その返答にソーニャは嬉しそうな反応を見せる。
直ぐに準備してきますとだけ言い残して、部屋の扉から大慌で廊下へと出ていった。
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「わぁ!すーっごい賑やか!衛兵さん、今日は何の日?」
「おや、知らないで来たのかい?なら運がいいね。今日は星神祭、空におわす神様をお迎えする日だよ……っと、アイリスさんね。身分証も問題なし!それじゃあ楽しんで!」
そう言って門兵は一時的な身分証にもなる通行証を返す。
祭りが待っているからか少女は走り去っていく。
太陽のような明るい笑顔であった。
オレンジ色の髪に黄色い瞳の可憐な少女。
彼女が祭りで多くの思い出を作れるように、門兵は仕事をしつつそう願う。
「さてさて、着いたけど遅れちゃったし露店で何か買っていってあげようかな?」
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「おや、準備はもういいのかい?」
「はい!お待たせして申し訳ありません!レムリア様と外出のは久々で、つい気合いが入っちゃって……」
てへへと笑う、改めて準備を済ませた彼女を見る。
長い茶髪は丁寧に編んで結ばれ、私があげた小さな花の髪留めを使っていた。
私も少し嬉しくなりつつ、彼女の可愛らしくもちゃんと外行きの服と私のいつも通りの服……まぁ白衣ばかりしかないのだが、それを見比べちゃんとした服を買うべきか悩む。
まぁ結局研究費に回した方が良いと結論付け無駄な時間となるのだが。
別に外出が億劫だからとかでは……
無駄になりそうな言い訳を思い浮かべてはかき消し、改めて何を食べに行くか考える。
ソーニャが準備している間にいくつか候補は考えていたが、やはりここはソーニャが食べたいものにするのがいいだろう。
「構わないさ、大して待っていないしね。それで、何を食べに行こうか。」
そう聞くと、若干不服そうにソーニャは頬を膨らませる。
……何か間違えただろうか。
確か以前、食べたい物に関して“なんでもいい”と答えるのは良くないと聞いたな。
暗になんでもいいと伝えたようなもので、それで機嫌を損ねてしまったのかもしれない。
「あぁいや、やっぱり私が決めてもいいかい?以前友人に聞いた店が気になっていてね。」
「友人って、第6塔管理者のテティス様ですよね?……ふふっ、わかりました。そこに食べに行きましょう。」
多少機嫌は戻ったようで、その様子に安堵する。
この場に居ないテティスに感謝しつつ、2人で部屋を出て塔を下った。