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第9塔の研究者  作者: 奏多かな
第一章『騒動と火種』
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第1話 ー迷宮都市ー

迷宮都市オドビス。ここは、堅牢な城壁に囲まれたアルステア王国でも有数の大都市である。

中心には大陸最大規模の迷宮が、獲物を求めるが如く口を開き、それを囲むように街には9つの塔が建っている。

それぞれの塔が役割を持ち、この街の未来を担い、人々の生活に更なる発展を齎す。


第1塔が街の法律を。

第2塔が街の警備を。

第3塔が街の経済を。

第4塔が迷宮の管理を。

第5塔が財宝の管理を。

第6塔が蔵書の管理を。

第7塔が武芸の探求を。

第8塔が生産の探求を。

第9塔が技術の探求を。


塔の管理者全員が爵位を授けられ、独自の管理体制を敷いている事からも、この街の政治的重要性は明らかだろう。


◆◇◆◇◆◇◆


「あー……もう朝か。」


ぼさぼさの長い灰色の髪に、朧気に開かれた翡翠色の眼。

私の状態を言い表すにはその2つの要素で十分だろう。

上体を起こし、窓から入り込む朝の冷気に身体を震わせ外を見れば、陽がもう朝だと主張している。

二度寝といきたいところではあるがこの時間だ、どうせすぐに起こされるに決まっている。


仕方ない、立ち上がろうと寝台横の机に積まれた本の山に手をかけ……


「うわ、やってしまった……」


その拍子に絶妙なバランスで保たれていた山はベットの内外に崩れ、私は溜息を着いた。

むしろ寝てる間に崩れてこないだけ幸運というものだが、今の私にとってどうでもいい事だ。


「あれ、起きてたんですか?珍しいですね……ッ。」


そう言いつつ扉を開けた人物と目が合う。

私の周囲には散乱した本と資料。

これは、ご誤魔化せないな。


◆◇◆◇◆◇◆


「もう……いつもいつもどうして出した物を片付けないんですか?毎日私が片付けているのに有り得ないほど部屋を散らかすんですから驚きですよ。」


そう言って呆れた様子の少女。

彼女が毎日身の回りの世話をしてくれているためほぼ保護者と言って差し支えないだろう。


「私は保護者ではないんですよ?レムリア様も他塔の管理者様方のようにしっかりしてください。」


表情を読み取られたのか、はたまた偶然か、私の思考を読んだかのような発言に驚きつつ、それに続く私自身への愚痴に朝からげんなりする。


「うっ……ソーニャ……それはもう聞き飽きたよ……」


「私も言い飽きました。」


ツンとした態度で言い放ち、彼女はテキパキと本を拾い集め、部屋の外縁に打ち付けられた棚に収めていく。

それを眺めつつ部屋の扉横に移動し、洗面台で顔を洗って髪を整えた。


掛けられたタオルで顔を拭く頃にはソーニャも片付けが終わり、扉前で指示を待つようにこちらの様子を伺っている。


「あー、悪いけどそこのクローゼットから着替えを取ってくれないかい?」


洗面台から扉を挟んで反対側の突き当たりにクローゼットがあり、そこからソーニャは白衣を取り出し私に手渡す。

丁寧に型を付けられ、内側に縫い付けられたポケットには良く使う道具が一式納められており、ソーニャの仕事ぶりを感じた。

袖を通した後、部屋の中心にある机の前に戻り、小物入れから金で作られた稼動指を取り出し、右人差し指に被せ調子を確認する。


「そう言えばソーニャ、改めて、ここ数日本当に助かったよ。」


というのも、近々行われる星神祭セイジンサイのオークションに出品する物を届けて貰っていたのだ。

私が出品するのは初めての事で、やはりというか例年通り出さないものと思われていたらしく、少々手続き等で面倒なことになっていたようだが、ついに昨日出品物の納品にまで至ったようだ。

まぁ全てソーニャに丸投げしていたので私に面倒な事は一切無かったのだが。


……星神祭をこうしてしっかり楽しむ事になるとは思わなかった。

いつもはこの塔の上から眺めていただけだった星神祭だが、夏から秋への変わり目、空から星々が流れ落ちた日が由来となっているらしくオークションや武闘大会、バザールに劇団など多くの催しがあるらしい……と、脱線してきたな。


「いえ、私は秘書官としての仕事をしただけですので……」


「あぁそうだ、これを渡しておくよ。」


謙遜するソーニャを遮り、褒美として用意した品を手渡す。

昨日ソーニャが納品に向かっている間に足を運んだのは第6塔、この部屋や下部施設に置かれている本はほぼ全てあの塔の管理物だ。

今彼女に渡したのは持ち出し厳禁である本の一つ、私の世話や中間職で忙しい彼女がどこで知ったか前々から読みたいと言っていたものだ。


「これは……どうやって持ち出したんですか?」


盗んだのかとでも言いそうな雰囲気、だが年相応に喜びを隠しきれぬ声色で私に尋ねる。

私への信用が無さすぎないかとも思うが、冗談であることは明らかなので流しておくとする。


「まぁ、普通に私名義で一筆書いて、取りに行っただけだね。」


特別なインクが用いられた本物の私のサイン、まさかこんな事で私の名前入の書類が届くとは思うまい。


ははは……第6塔管理者である彼女の困惑顔が見える見える。

それに付随する本題を見て、きっと理解はするだろうけどね。


「……ありがとうございます。新しく保管されたと言伝に聞いておりましたが、読みに行く機会が訪れず困っていたところです。」


これは……まさか暗に休暇を寄越せと言ってるのではないのだろうか。

流石に私の深読みが過ぎるが、彼女の待遇について少々考えるべき点はあるかもしれない。


「貸出期限は1ヶ月までとの事だから、早めに私に返しておくように。写本も禁止だそうだ。」


本当は2ヶ月だが。

『ストリア大陸料理大全』とは中々興味深い。

料理はしないというかそもそも興味が無いが、ソーニャの気になる本がどんな物かは気になる。


「間を見つけて読むことにします。それで、本日分の書類はもうお持ちしても宜しいでしょうか?」


「まだ起きたばかりだぞ、勘弁してくれないかい?」


私に伺いつつも、答えを待たずして黙々と仕事の準備を始めるソーニャ。

嘆く私の機嫌を取るかのように、朝食のフルーツケーキと紅茶が机に置かれた。

そんなことをされても私の憂鬱は晴れないが、どうせ今やるか後でやるかの違いでしかないか。

私は溜息をつきながら紅茶を飲み、一息ついてからケーキを口に運ぶ。

柔らかくほのかに甘いスポンジ生地と小さな果実の酸味が丁度いい。


気持ちを切り替えつつ書類を手に取り流し見た。

どれも大した内容ではなく、いつも通り殆どが第9塔下部にある施設の研究所を借りたいという要請や研究所から私への伺い立てである。

たまに他塔や街の重要施設等からも要請が来るが、それもソーニャを向かわせれば解決する程度。

優秀な秘書官を持つ私は幸せ者だ。


「ん?……これだけは私が直接向かわなければならないか。はぁ……面倒だ。」


手が止まったのは他と変わらぬ1枚の書類。

だが見たところ第4塔の下部施設、冒険者組合と第4塔管理者の連名で私宛の要請だ。

内容を深く目に通した結果、不本意だが私が出向くべき案件だと思う。

ソーニャが行っても解決しそうではあるが、私宛であるという点とあいつの名前が使われている為無下にはできない。


『近頃迷宮内で見られた複数の異常個体の調査』……か、随分不穏なことだ。

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