切腹バトル
二十一世紀のある所。スーツを着た男二人が言い争っていた。
「この商談が破談したのはお前のせいだ!」
「いや、お前がエンジニアに無茶言わなかったらこうはならなかった!」
前者の男は筋骨逞しく、後者の男は声こそ荒いが清潔で眼鏡をかけていた。二人は普段から馬が合わなかったが、今日、日頃の不満が爆発した。
口喧嘩は一時間以上に及んだ。最後にはもう小学生のような罵倒が飛び交い見ていられない。たまらず上司が仲裁した。
「二人とも、言い争そうのをやめるんだ。全く生産性がない。仕事にも支障がでるから、席に戻るんだ」
「しかし!」筋骨男の不満は上司にも向かう。
「分かった、分かった。こうなれば白黒つけよう。切腹バトルでな!」
切腹バトル。これはこの国で最近ブームになっているゲームだ。ルールはシンプル。どちらがより美しい切腹を行えるか。詫び寂びやら武士道やらを体現した新しい芸術である。
代償として、双方共に死んでしまうという問題点があるが、芸術家は死後評価されるのが通例だから、そう問題ではない。
実況席より声がする。
「さぁやってまいりましたマックロ会社主催の切腹バトル! どちらがより美しい切腹を見せるのか! 期待の一戦です。解説には、自称切腹バトル千年以上の大ベテラン、シミーズ=ムネハールさんにお越し頂きました。さてシミーズさん。今回のバトル、どう見ますか?」
「今回は会社のいざこざが原因となりますので、人間本来への風刺性、つまり哲学は薄いですが、川柳、畢竟日常性には富んでいますので、そこも評価点に加わるでしょうねぇ」
「ありがとうございます。さて、審判にはそうそうたるメンバーが集っています。まずは炎の切腹こと信長。死の文才ユッキー。そして忠臣蔵乃木希典です」
長方形の土俵。それを囲む観客席。入場するは二人の男。武士の精神は今や庶民にまで及んでいる。彼らは今一介のサラリーマンではなく、一人の大丈夫たる武士としてここに立つ。
二人が向き合い、一礼。敵といえど礼儀は大事である。そして名乗る。
まずは筋骨男が言った。
「我が名は筋肉鉄雄! 齢二十八! マックロ会社の営業! 我はこの度切腹をもって世に忠言致すものである!」
次に眼鏡男が言った。
「私の名は眼鏡初夫! 齢二十二! 同じくマックロ会社の営業! 私はこの切腹によって世に真実を伝えたく思う!」
両者正座し、キッと睨み合う。
「両者出揃いました。シミーズさん、肉体の評価はどうでしょうか」
「やはり鉄雄さんが一枚上手ですかね。あの鍛え上げられた筋肉は営業より土方に似合いますね。いやそうなると減点かな? 初夫さんはスラッとしてて可もなく不可もなく。これは判りませんねぇ」
「そうですか。気になるところは介錯人です。彼らは誰に介錯してもらうのでしょうか」
初夫は実況が聞こえていないのにも関わらず、まるで知っているかのように叫ぶ。
「介錯は要りません!」
鉄雄は動揺したが、負けじと叫ぶ。
「俺も要らん!」
意地のぶつかり合い、戦国の世を見ているかのようで観客も沸き立つ。
それぞれ、短刀を側に置いている。まずは静寂を待ち目を閉じる。観客も二人の覚悟に胸打たれて静まる。切腹バトルには始めの声はない。お互いが覚悟を決めてから行う。しかし覚悟が早すぎては死に急いでいるように見え、遅すぎては怯えているように見える。塩梅が重要だ。
まずは鉄雄がカッと見開く。そして服をカッさばいて筋肉を見せ短刀を抜き、掛け声と一緒に腹を刺す。汗が土俵を濡らす。それでも瞼は開けたまま、刀を捻り横に斬る。血が滝をなし、顔は青ざめる。
これからだと言わんばかりに斬った腹の中へ手を入れて腸を土俵へぶちまける。大量の出血。そこで力尽き、前のめりに倒れる。鉄雄は死んだ。
それを見ていた初夫は声もあげず静粛に事を行う。まずは服を開き腹を見せる。短刀を抜き、穏やかな目で虚空を覗き、だが勢いをつけて腹を突いた。そして、
「いくさばを 赤々突くは 我の腹 まことの仕事 為すとすれば」
辞世の句を詠み、短刀を腹から抜く。そして首を皮一枚残して斬った。首はぶらりと前にぶら下がり、胴体は伸びたままだった。
この場に言葉が舞い戻る。観客一人一人が今のバトルを論じ、審判の采配を待っている。
「いやぁ見事な切腹でした。片方は剛、片方は柔といったところでしょうか。どう見ますかシミーズさん」
「難しいですね。鉄雄さんの堂々たる死も武の側面が強くていいですが、初夫さんの文の死もいいですねぇ。良し悪しはともかく、辞世の句を詠んだのは評価に値するでしょう」
「はい。審判が待たれます。さぁどうなる?」
三人は協議して、頷き合う。結果は、鉄雄の勝利だった。観客席からは拍手が鳴る。
「鉄雄さんの勝利です! 何が鉄雄さんを勝利に導いたのでしょうか?」
「うーん、正直どちらも譲らない勝負でしたが、これは初夫さんの句が減点になったようですね。大人しく首斬れば多分初夫さんの勝ちだったでしょう。惜しいですねぇ」
「ほんとに惜しい勝負でした。そして、優勝賞金は家族へと送られます」
しかし、スタッフが慌てざわめく。どうしたことかと審判が確認すると、大変なことが判った。
実況席も困惑している。
「ただいま入った情報に寄りますと、双方家族がいないそうです。親戚もみな切腹バトルで死別しているそうです。これはどうなるでしょう」
審判は、長い議論の末、観客にわける事にした。それを聞いた観客達は我こそはと賞金を巡って喧嘩した。これを見た信長は、これぞ切腹バトルで決着すべきと言い、観客同士の切腹バトルが始まり、終わった。
それでも商談を望む者は絶えず、観客の誰もが切腹し始め、ついには全員死んでしまった。
「さぁ、残るはスタッフと審判と我々だけになりました。シミーズさんどうしましょうか」
「さぁ? こんなクリエイティブじゃない戦いはやめて、大人しくじゃんけんで決めましょう」
じゃんけんでシミーズが勝ち賞金を独占したが、彼の上司に怒られ、最終的にシミーズは切腹した。これが世に伝わるハラキリである。
今年最後の短編がこれでいいんですかね。