037 帰還前夜
「おかえりー」
「お、おかえり、なさい、です」
「ああ、ただいま」
「ただいま。他のみんなはどうしているのかな?」
思ったよりも神殿にいたのか戻ると既に夕飯が出来上がっていたようで、紅羽とアリアが食堂で出迎えてくれた。
「フェイトゥスとアカツキはもう少しで戻ってくると思うよ。サルファはヴェルデを呼びに部屋に行ったよ」
そんなことを話していると、2人は食堂に戻ってきた。
「あ、戻ったんすね。おかえりなさいっす」
「おかえり」
「ただいま」
彼らはお手洗いに行っていたようだった。その序に城の中を少し見て回っていたようだ。彼らが城に着いてすぐだったということもあってあまり内部のことを知らないので時間がある内に見ていたとのことだった
そして、6人で少し話していると、
「おまたせいたしました。これを連れて参りましたわ!」
昨夜同様に引っ張られながらヴェルデもやって来た。
「それじゃあ、みんなそろったことだし夕食をいただこうか」
彼らはそれぞれの世界での食事の挨拶をして夕飯を食べ始めた。この日の献立はこの国で用意できる素材の中でも珍しいものを使ったものだった。
「この肉はダンジョンではなく、野生の魔物を飼育して品種改良を進めてきたウシ型の魔物の肉なんだ」
「アーセナルドが来る前から飼育されていたのか?」
「ああ。もう数10年前から始めていたそうだ」
アーセナルド曰く、過去に遠くの土地を下賜された成り上がりの貴族が何か特産品を作ろうとしていろいろなものに手を出したときに育てられたものの一種類なのだとか。
他にも鳥や羊などの家畜も育てられているが、肉としての完成度が高いのはそのウシ型の魔物だったそうで、今回承継者たちが集まるということで分けてくれたのだ。
「そ、そんなに、貴重なお肉を…、良いのですか?」
「ああ、もちろんだ。僕の方からもみんなが喜んでいたことを伝えておくよ」
紅羽たちが調理してくれた肉は、シンプルに焼いて塩と僅かな胡椒のみで味付けされたステーキだったが、とてもジューシーで、歓談瞬間に溶けていくとはまさにこのことかと知織たちは実感した。
そして、デザートにはマンゴーのような果実が切り分けて出された。
「この果物も稀少みたいだけど、せっかくだからみんなで食べようと思って切ったんだ!」
「そうなのか?」
「ああ。これはこの辺りでは育成できなくてね。ダンジョン産のものだけど、これを落とす魔物も滅多に出現しないしドロップ率も高くないんだ」
「なるほど」
紅羽たちが稀少だと言っていた果実はかなり濃厚で甘さもすっきりとしていてとても美味しかった。
(しかし、この果実はエルフの城の食糧庫にあった気がするが…、気のせいということにしておこう)
知織はそんなことを考えながら用意された夕食を満足げに終えた。
「さて、これからみんなはどうするのかな?
食事を終え、リラックスした空気が漂う中でアーセナルドはそのように切り出した。
「俺は部屋に戻ろう。明日は、そうだな、7時ごろにはもうここを出る。それまでに帰還の手配を頼む」
「わかった。それじゃあ、城の入り口にアクセルホースを出しておくよ。御者は必要かい?」
「俺ができる」
「そうか。それならば者とかは一通りかすから次回返しに来てくれると助かるよ。アクセルホースは君たちが到着したら召喚を解除させてもらうから安心してくれ。それと、できる限りメッセージバードには連絡をしてくれると助かる。一応全体で情報は共有したいからね」
「了解した」
ヴェルデはそう言うと静かに食堂を出て行った。サルファもその姿を見て何か考え込んでいることがあるのだろうと思ったようで食堂に残った彼らに会釈をしてからその背中を追いかけて行った。
「俺も戻るかな」
「あ、私もそれなら一緒に行くよ。明日以降のことも打ち合わせておきたいし」
「わかった。シオリたちにも言いたいのはさっきのヴェルデに対してと同じかな?」
「わかった。俺たちはヴェルデたちが出発してから行こうと思う」
「わかった。シオリたちも頑張ってくれ」
「ああ」
「それじゃあ、またね!」
知織と紅羽は一緒に食堂を出た。彼らは食堂を出ると、話し合いをしたり、明日以降も行動を共にしたりするのであればいちいち部屋を移動するのは面倒だからということで、どちらかの部屋に集まることにした。
「それで、どっちの部屋にする?」
「紅羽の部屋の方がいいんじゃないか? ウルーナを1人にするのはどうかと思う」
「あー、確かに。多分今もクリスティアやメグミと同じ部屋にいると思うし、様子見てくるね」
「わかった。荷物をまとめたらそっちに向かう」
集まる部屋も早々に決まったので知織はゆっくりと部屋に戻った。一方で紅羽は部屋に残したウルーナのことが気がかりなようで早歩きで部屋に向かった。
知織は部屋に戻ると衣類をバッグに詰め直し、忘れ物がないかを確認してから部屋を出た。ほとんどの荷物はバッグから出すことすらなかったので片付けるものはほとんどなかったが、何かあるといけないと思い、途中ですれ違ったメイドには清掃をしたときに何か出てくれば届けてくれるように頼んだ。また、明日までは獣人族の承継者と部屋を共にするということを伝えておいた。
コンコンッ
「はーい、どうぞ」
知織が部屋をノックすると中から紅羽が返事をした。
「お邪魔します」
「はーい、ウルーナだけど、クリスティアたちのところにお邪魔しているみたい。一応さっき明日の朝にはここを出ることをクリスティアたちに伝えておいたよ。馬車はメグミが操縦できるみたいだから任せて良さそうかな?」
紅羽はベッドの上でバッグの中身を整理しながらそう声をかけてきた。
「あ、ウルーナは毎晩私と寝ているからそっちのベッドは空いているよ」
知織は空いていると指されたベッドの横に荷物を置いてから、紅羽と今後のことを話し合った。
「馬車については了解した。車内ではまず紅羽の火魔法について練習と言いたいが、燃えると危ないからな。魔力操作の訓練をしよう。どうせ、ダンジョンでは火魔法も使えない」
「あ、そっか。それなら結局のところ私は純粋な武術で勝負ってことになるかな?」
「そうなるな。だが、ウルーナが使ったような魔法の扱い方もできるかもしれない」
「やっぱりあれは魔法なの?」
「純粋な魔法かと言われると自信はないが、魔力の流れを視ることができた」
「なるほど…。じゃあ、おそらく闘気も使っているのかもね。魔力と違って闘気は自分のエネルギーそのものを使う感じで、うまく言えないけど使いすぎると肉体的にも疲労しちゃうんだよね」
紅羽の説明ではいまいち理解できないが魔力と似ているようで違う、闘気というものを彼女たちは操れるようで、その技術の応用が〈魔爪〉ではないかという答えになったのだ。
「それに知織は魔導だっけ?それの練習も必要なんじゃない?」
「そうだな。今のままじゃダンジョンでは足手まといかもしれない。そうならないための準備としても魔導に至りたいところだ」
「ぶっちゃけ間に合いそう?」
「微妙なところだ。アリアのおかげでヒントは得られた。おそらくこの自然にある魔素さえも導いて、魔法を行使するというイメージでしかない。それがあってるのかは承継した記憶でもわからない。今はそう信じてやるしかないからな」
「そうだね。私も武器に関してもそうだし、魔法もそうだけど、できることが限られてくるしね」
紅羽は窓際に立てかけてある棒を見ながらそう言った。
「そう言えばその棒はどうしたんだ?」
「ああ、これは私が訓練をするときに借りたんだ」
紅羽は召喚をされてから色々と説明を受け、一先ずこの世界でやらなくてはならないことはダンジョン攻略だとわかった。しかし、スポーツとして、棒術や空手、剣道といった様々な武術は学んできても実践をしたことはなかった。
そのため、まずは試しにということで何人かの獣人族の人たちと共に魔物と戦闘を行ったのだが、血が流れるところを見て吐いてしまったのだ。最初は仕方ないと思われたが、何度やっても慣れることはなかった。
そこで解決策として考えられたのが相手を斬りつけるような剣や、突き刺すような槍でもなく、打撃を与える武器を使うということだった。
もちろんウルーナのように拳で戦うのもいいかもしれないが、紅羽の立ち回りを見て相手と間合いを取ることができた方がいいと判断されて、棍棒や棒などの武器を試した結果しっくりと来たのが、棒だったのだ。
「なるほど。確かに実際に自分が傷をつけて殺すということに俺たちは抵抗感があるかもしれないな」
「知織はまだ魔物と対峙したことはないの?」
「ああ。ずっと訓練場を借りてクリスティアとメグミと魔法の訓練だったよ。この世界にきて初めて得た力だからまずは慣れること、理解することが必要だったからな」
知織も召喚されたからの5日間のことを簡潔に伝えた。そんなことを話しているうちに時間が経ってしまい、2人は続きを翌朝にして寝ることにした。
寝坊してアーセナルドたちを待たせてしまうのは申し訳ないと思ったからだ。2人は翌日以降のことを考えると不安や期待、様々な感情が入り混じってなかなか寝付けなかったが、時間が経つとどちらかの寝息が聞こえるようになり、2人とも眠りについていた。




