プロローグ 後編
「さて、そろそろお主に儂らの役割を引き継ぎたいという理由も話し終えたと思うんじゃが、ここまでの話を聞いたうえでこの話を受けてもらえるだろうか?」
メーティスは知織の目を真っすぐと見てそう聞いた。
「そうだな、俺でよければその話を受け入れよう。しかし、受け入れるとしてもどうすればいいんだ? 俺がそちらの世界にいけばいいのか?」
知織はそのように質問をすると、
「そうじゃな。お主にはこちらの世界に来てもらう。じゃが、それは一時的に、ということになる。」
「一時的?」
知織は一時的という表現に疑問を抱いた。よくある話では呼び出されたら帰ってこれない、何かをしないと帰さないということで帰還方法を探すという話が多いからだ。
「そうじゃ。儂らとしてもずっといてほしいと思うところはあるが、こちらの世界とそちらの世界は時間の流れも異なる。他の連中も適合者を異なる世界で見つけておるが、そちらも時間の流れはそれぞれ異なっておるんじゃ。一つの時間にそれらを収束することは難しく、ファンタズマに来たからといって肉体がそれに合わせて作り変えられるわけじゃないからのう。先ほども言ったが一応補助具を作るつもりじゃし、先程の話にもあったが、知識を持つものがずっといても争いは生まれるのじゃ。それならば、呼び出す人物のことを考えてどちらも行き来できるようにして少しは自分たちで考えて行動できるようにした方がよいということじゃ。」
「なるほどな。それにしても魔道具か…。ずいぶんと便利なものがあるんだな。」
そんな便利なものがあるならば知識や技術を記録として残せるのではないかと思ったのだ。そうすれば必要な人たちがそれを手にするだけで済むのではないかと彼は思ったのだ。
「ほっほっほ、確かに便利じゃがそれらはお主ら適合者のための物じゃ。儂らには使えんし、神との話し合いによって手に入れたものじゃ。もはや魔道具というよりも神具じゃな。」
「そこまでのものなのか!?」
知織は思わず驚いて大声をあげてしまった。まさか神から介入があり、さらに個人の配慮をされているとは思っていなかったのだ。
「神は全ての理性ありし生物を子供とみておるからのう。それは世界が同じでも違っても変わらないのじゃ。」
「ずいぶんと器が大きい神様たちだな。それに、理性がない生物は子供じゃないのか?」
どこか皮肉るように知織は聞いたのだが、それに対してメーティスは、
「そうじゃな。地球という惑星ではとられておらんシステムじゃが、ファンタズマでは魔物といわれる生物が存在しておる。彼らは絶滅することはない。世界のバランスをとるために必要な構成要素じゃからのう。魔法を行使することで魔素を消費しているが、それだけでは消費しきれない魔素が儂らの惑星から生まれている。
魔素を消費しすぎるとその大地は枯れてしまう。しかし、魔素がその場に停滞し続けると魔物が生まれ、果てはダンジョンが生まれてしまう。魔素を効率的に循環させるためにはどうしても魔物が必要なのじゃ。魔物が死ねば魔素は星の核に還るからのう。
じゃが、魔物を倒しきれないでいると大変なことになるんじゃ。彼らが本能の赴くまま近くの村や町を破壊してしまうことがある。そうなれば人が死んで彼らが生まれてから貯めた魔素が放出され、より高位の魔物がその地に生まれてしまうのじゃ。
そうならないように儂らは魔物を狩り続けているんじゃが、より高位の物が生まれてしまうと儂らでも対応できん。そうなるとその魔物の生息区域を立ち入り禁止にして放棄するしかなかったん。そして時間をかけて多くの者たちで協力をして討伐に挑んだんじゃ。」
メーティスはファンタズマにいる魔物について説明をするとともに、ファンタズマのバランスを保つ魔素について知織に説明をして、最後の協力については強く言い切った。おそらく起源の主たる彼らは他種族とも手と手を取り合える世界を望んでいるからだろうと知織は思った。
「つい熱く語ってしまったが、そう言うことじゃ。じゃから、わしらは他種族だからと争って世界のバランスを崩してほしくないんじゃ。もちろん互いを理解し合えることが大事じゃが、波長の合わない者がいることもわかっておる。きれいごとではやっていけないからのう。」
「そうだな、何かを行えば必ず優劣が付く。みんなで手をつないでゴールをしようなんて言うのは理想論なうえに、競争が無くなりそれは衰退を招きかねない。」
知織にもメーティスの話していた世界の平和を望むという話は納得のできることなので同意を示すとともに、自らの意見も述べた。
「そうじゃな。話は脱線してしまったので元に戻すとしよう。」
一度咳払いをするとメーティスは話を再開した。
「先ほども言ったがお主を一時的にファンタズマに招待して儂らの役割を果たしてもらう。」
「ああ。ファンタズマでその世界にいる人々に神より授かったという知識や技術を伝えていけばいいんだな?」
「うむ、そうしてほしいのじゃ。お主たちがこちらの世界に来た時にはもう儂らはいないだろうし、こちらの願いが神に叶えてもらえるならば世界の在り方は変わっているかもしれぬ。じゃが、それでも何とかなると信じておるし、よほどのことであれば神から介入があるじゃろう。彼らは世話を焼きたくなりやすいようじゃからのう。」
「…そうか。」
知織はここまで多くを語ってくれたメーティスがファンタズマではもう会えないということを聞いて少し悲しそうに返事をした。知織も人づきあいが苦手で感情はわからないものと評価を下していたとしても人が嫌いなわけではない。付き合いが短くても情が沸いていたのだ。
「ほっほっほ、そこまで寂しそうにするでない。今は争い合っているがあそこには儂らの大事な子供たちが大勢いる。お主らが行くときには平和な世界になっておるはずじゃ。まぁ魔物がおることは変わらないがのう。」
メーティスは明かるげな声でそう言った。
「さて、お主の同意も得られたことじゃし、儂もそろそろ向こうの世界へと帰るかのう。」
「そうか。」
知織は短くそう返事をした。
「お主を呼ぶのは儂らがいなくなってからになり、少しあちらの世界が落ち着いてからになるはずじゃ。」
「わかった。メーティス、選ばれた俺たちでお前たちの願いを継ぎ、俺たちにできることをやっていきたいと思う。だから後のことは任せてくれ。」
知織は意識が覚醒していくにつれて互いの姿を認識できなくなる直前にそう言った。そして、恥ずかしげに顔を赤らめながらメーティスとの別れを告げた。
「ありがとう、頼んだぞ。」
最後にメーティスがそう言ったのが聞こえると、気が付けば知織はベッドの上にいた。どうやら眠りから覚めて現実世界へと戻ったようだ。
先程まで見ていたことは夢だったのか本当のことだったのか確かめる術はなかった。
しかし、知織は本当のことだったと思っていた。
(メーティスたちが何をしようとしているのかはわからないが、適合者として選ばれたにはがっかりさせないように今の俺ができることはやっておこう。)
知織はそう思うと、ファンタズマの文明がどの程度であるのかを聞いていなかったが、魔法と化学をどのように共存させることができるのかを考え、自らの趣味ともいえる知識の収集を始めた。
次回からは召還までの地球での日々を書きます。
異世界召喚までしばらくお待ちください。