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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「キミ、無茶をしますねー。

まあ、これくらいが丁度いいかな。」


場に合わないのんびりとした声が聞こえたかと思うと、

突進してきた男の顔面に荷台にあった重そうな樽がぶつかった。


「ぐぇ。」


男は樽と熱い口づけを交わした状態で天を仰ぐ。

樽はワインだったようで、漏れたワインが地面を紅く濡らし、芳醇なブドウの香りがあたりに広がり香りだけで酔っぱらいそうだ。

ワンダは来るとは思わなかった助力に呆気にとられ、ワインが広がっていく様を呆然と眺めた。


「んー?どうしました?」


間延びした声の男はいつの間にかワンダの前に立ち、顔を覗き込んでいる。


「…あっ、いえ。有難うございます、お陰で片付きました。」

「いーえ、こちらこそ。」

「あっ、御者さんは…」

「んー、そこにいるよ?

アタシはこの人達をまとめておくから、キミはあっちをお願いね。」


男は伸びた盗賊をロープで丁寧に縛り始める。

丁寧なのに仕事はやたらと速く、縛ったロープの結び方は何となくいやらしい。

続いて、男はワイン樽とキスしている盗賊の方にとりかかる。


この人があの樽持ち上げたのか?あの細そうな腕で?ワインの入った樽を?

それとも魔術の類いだろうか?


疑問はワンダの頭を駆け巡ったが、これ以上は突っ立っている訳にはいかず、とりあえず御者の元へ向かう。

御者の顔は痛々しくはれ上っている。

一時的に気を失っていたらしかったが声をかけると意識が戻った。


「いてぇ…すまない。すげぇいてぇんだ。」

「当たり前ですよ、落ち着いて動かないで下さい。」


触って確認すると、あばら部分で呻きだす。

肌を露出させ、皮膚の状態を確認する。

紅く内出血になっており、そして、おそらくあばらは何本か折れていそうだ。

荷台まで動かしたいところだが、無理に動かすのは危険だ。

ワンダの体格では男を背負う形にならなければ運ぶことは出来ない。


「あー、折れてる。うん、折れているね。」


またいつの間にか男は近くにいたようで、御者をしげしげと眺めている。


「ええ、あばらが何本か折れていると思います。

ちょっと一人で運べなくて。手伝ってもらえますか?」


「ところで、キミ、馬車は引ける?」


余りにも話が明後日の方向に行ったため、ワンダは一瞬反応できなかった。


「へ?あ…今はそういうことではなくて。」

「出来るの?出来ない?」

「できますが、それよりも…」

「じゃあ、この荷馬車をアルテまで引いてもらってもいい?」

「いいですが!その前にこの方を…。」


ワンダが言い終わる前に、男が目を動かすと御者は宙に浮かび既に綺麗な縛り方で緊縛され、荷台に荷物のように重ねて積み上げられている男たちの隣に音もなく寝かされた。

御者はあわあわと声にならない声を出す。


そうは見えないけれど、物凄い魔術師なのかもしれない。

天才は人とは違うと言うし、学者は変人が多い。


治癒の魔術は見たことがなかった為、見ることが出来るのではないかとワンダは期待したが、それ以上魔術師らしき男は何かをする様子はなかった。

ワンダは御者の体勢を整え、旅行鞄の中に入れたタオルで即席の枕を作り、上着を脱いでかけてやる。


「大丈夫ですか?」

「ああ、すまんな。お姉さん、有難う。

普段は安全な道なんだが…怖い思いをさせちまったな。

悪いが前の席に俺の鞄があるから、その中の痛み止めを持ってきてくれないか?」

「もちろんです。」


ワンダは荷馬車の馬を操るための前席部分に積んである御者の鞄から小さい丸薬入れを取り出す。

一般的な痛み止めの丸薬を御者に服ませ、顔の出血を拭き取り簡単な手当てをする。


「お姉さん、俺は意識なくなっちまってよ…。あのお兄さん、強いのか?人は見かけによらないな。」

「ええ、凄い方でした。あの魔術師さまのお陰ですよ。」

「そうか、魔術師か。」


ワンダは嘘でも本当でもないことを言い、注目を他者に逸らせようとする。

侯爵家令嬢であり第二王子の婚約者であるソニアには昔から誘拐などの危険があった。

老紳士のロニーと比較してワンダの祖父は護衛としての役割が強かったこともあり、ソニアの最も近くにいることになる孫のワンダは武術を叩き込まれた。

魔力が測定できないほど少ないため、魔術の習得こそ出来なかったが、それ以外の方法で対応出来るようにはなったと思う。

実際に何度かソニアは誘拐にされそうになり、役立ったこともある。


まあ、こんなところで使うことになるとは思わなかったし、使うべきではなかった。

あんなに出来る魔術師がいるのなら、最初からやってくれればいいのに。

あの魔術師の変な応答はそういうことだったのかワンダは後悔する。

魔術師はワンダに興味はなさそうだったし、あの魔術師が人を覚えておくようには見えないが、目立つのはワンダの本意ではない。


「んー準備できたかな?そろそろ行きましょうよ?」

「そうですね。」


魔術師の間延びしたような独特なゆっくりとした声がかかる。


「荷台が狭くなったね。

アタシも前に乗ってもいいかな?」

「そうするしかなさそうですね。」


確かに荷台は荷物に拘束された大柄の男二人、それに怪我人の御者で既にパンパンだった。

御者を一人にするのは申し訳ない気もするが、魔術師が御者の世話をするとも思えない。

ワンダが了承すると男は自身の荷物である小さい革の鞄と大きな本を持ち前の席に向かう。

御者は強盗と一緒にされてさぞ心細かろうと思ったが、他にどうすることもできない。


「何かあったら声を出してください。

一応、しっかりととらえられているはずですが起きる可能性はあるので。」

「有難う、すまんな。」


御者が常識的な人で助かった。

ワンダは御者に笑いかけると御者が落ちないように固定してから、荷馬車の覆い布を閉じ、前の席に向かった。


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