8
ワンダははっと目を覚ました。
思い出している間にいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
嫌な怒鳴り声して、馬が突然止まり鳴き声を上げ、臀部に衝撃が馬車に走る。
「おい!!止まれ!!!降りろよ!!」
「止まれって言ってんだよ!!荷を下しな!」
「は???なんだお前たち!?」
荷を下せと言っているということは盗賊やら強盗といった類だろう。
治安の悪い場所ではないはずだが、出会うときは出会ってしまう。
現在地が何処かは分からないが隙間から除くと木の陰の様子からまだ日は高い位置にありそうだ。
であれば、まだアルテの街まで時間のかかる場所のはず。
近くに助けてくれる兵士がいるような幸運も残念ながら期待できない。
荷台から聞こえる範囲での声は御者以外に二人。
敵が二名だとしたら三対二だ、撃退も不可能ではない。
御者は抵抗しているようだが、殴られているような音と呻くような声が聞こえる。
頼むからすぐには殺さないで頂きたい。
ワンダが荷台に共に乗っている男を見ると、今の今まで本を読んでいたようで信じられないことに欠伸をしている。
この人、状況分かってるのか?
分かっているのだとしたら、どういう神経してるんだろう?
ワンダの頭にはそういう疑問が浮かぶが今はそういうことを考えている場合ではないと振り切る。
現状とこちらの戦力を把握しないと…
欠伸をしている男の背は高い。
けれど、肝が据わっているというか、混乱している様子がないのは幸いだが、動きやすさを無視した長いローブを着た男に肉弾戦は期待できないだろう。
いや、でももしかしたら…
アルテ魔術学園への荷馬車であることと男の恰好を考慮すると魔術師でなくとも魔術を使える可能性はある。
「あの、足止めや動きを止めるような魔術とか使えたりします?」
ワンダが声を潜めて言うと、男は高齢の貴人を彷彿させるようなのんびりとした動作で頷く。
もちろん、ワンダは大いに苛々した。
「んー?まあ出来るけど。」
「荷台に隠れて魔術の準備をお願いいたします。
入ってきたら、私が捕まって注意を引きます。
輩が集まって来たところで魔術で動きを止めてください。
その後は…自信はないですが何とかします。」
「それなら、まあいいか。」
やる気も必死さも感じられないが、こちらは生命がかかっている。
ワンダは状況説明が必要かと口を開いたが時間切れだった。
乱暴な物音と声が近くに聞こえ、盗賊らしき二人組のうち一人がこちらによってくるのが見える。
ワンダは男引っ張り、樽の隙間の陰に男を隠す。
そして、自分は荷台を下す見つかりやすい後部でしゃがみこんで下を向く。
「ん?あ…?なんだ?荷台にのってやがったのか?
おい!もう一人いたぞ!!」
盗賊は大声でもう一人に知らせると、ワンダは肩を掴まれ、外へ引きずり出される。
御者は既に寝転がっているものの、襲ってきた輩は二名で他に仲間はいなさそうだ。
盗賊達が手に持っているものは金属の鈍器、武器ではなく廃材などを壊すためのハンマーだろう。
そして、注目はワンダに向いている。
実際に恐怖は感じているものの、声も出ないほど怯える風を装いながら、座り込んだ。
スカートのベルト内側に仕込んでいたナイフを抜く。
持っていくか迷った品だったが、この程度であれば一人旅の護身用だといっても可笑しくないものだ。
「お願いします…お願いします!!たっ、助けて!!!」
もう一人もうつむいて助けを乞う無防備な女に近づいてくる。
下世話な笑い声も聞こえ、二人ともワンダの近くに来た。
あののんびりした男はちゃんとやってくれるだろうか?分からなかったが出来なかったら自分で何とかするだけだ。
そう覚悟したタイミングで、一気に周囲が目を開けていられないほど明るくなる。
「うわっ!!」
下を向いていたワンダには被害はなかったが男たちの目は眩んで目を押さえている。
ワンダは立ち上がり、目を押さえしゃがみこんだ男の腕にナイフを思いっきり突き刺した。
「ぐわぁ!!」
ナイフを腕に刺され、ひるんだ男が持っていたハンマーを奪い取る、もう一方の男の頭を思いっきり殴る。
頭を殴った男の方は起き上がらなかったが、
ナイフを突き刺した男は痛みを堪えながら立ち上がった。
ハンマーで殴ろうと構えたが、その前に男が動きだす。
「こんんの!!くそあまぁああああ!!!」
攻撃とも言えないようなただの突進だが、盗賊と体格差のあるワンダにはもっとも有効な攻撃と言っていい。
幸運なことに男の目はまだしっかりと見えていないらしく、避けることは不可能ではない。
身体を翻し、大ぶりな男の拳を間一髪で避けて距離をとる。
男に刺したナイフは刺さったままだ。
であれば、何とか避け続ければ逃げられなくもない。
…と思いたい。
体力の差は歴然としている。一体後何発避ければいいだろうか。
それに今、避けた場所も悪いな。
ワンダの背後には荷馬車がある。
次に避ける為には左右どちらかに避けるかしゃがむしかない。
男が体勢を立て直し、こちらに向き直る。次は目も見えているようだ。
「おい…許さねぇからな?おい?」
男の目は血走り、怒りで何も見えていない。
これは結構…いや、かなり不味いかもしれない。