表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
7/69

7

※死体を作るような表現が含まれるので注意を※


それから、二週間程度でリリーの父親から紹介状と新しい身元がきた。

すぐに学園都市アルテに向かうようにとのことだったため、

仕事が終わった後は静かに準備を進めていた。


「それじゃあ、墓参りに行ってきますね。

夕方には帰ってきます!」

「ワンダさん、行ってらっしゃい!」

「はいよ、おやつ残しておくからね!」


新人の侍女メリッサと調理場担当のアネットに声をかけ屋敷を出て馬に乗る。

これから、私の人生は終わることになる。

お嬢さまと話せなかったのが心残りだけど…



ソニアとは今日までまともに話すことは出来なかった。

あの後、ソニアは完全にへそを曲げてしまったのだ。


心残りはあるものの、まだやることは沢山ある。

ワンダは屋敷で言った通り、崖の上にある祖父母の墓に向かう。

屋敷の裏の森は夏の木々が青々と茂り野花が咲き誇っている。

冬は凍える寒さだが、避暑地であるルイーダ地方の夏は馬で走ると肌に当たる風が心地よい。

しばらく森を走り山道を登ると小さめの山の頂上に墓地がある。

並ぶ墓の中に祖父母の眠る一角がある。

墓を磨き、新しい花を飾る。

ワンダはなるべく丈夫で長持ちする花を選んだ。

ワンダ以外親族のいないコンロイ家はワンダが墓に参らなくなれば誰も来ないだろうと思ったからだ。


死人がどうなるかなんて知らないけれど、来れるはずの人間が来ない墓は寂しいものだ。

私の遺体は墓には埋葬せずに火葬して粉々にして撒いて欲しいな。

積極的に死にに行くわけでもないのに、そういう馬鹿馬鹿しいことも考えてしまう。


「ワンダ」


ワンダの後ろで聞き知った声がする。

振り向くとワンダの予想通りソニアが立っていた。


「来たらだめじゃないですか、今日は本屋に行くと聞いていましたが?」

「あら、ワンダはロニーにまんまと図られたのよ。

私はいつも通り裏の森へ行くと言ったわ。」

「はは、さすがロニーさん。」


使用人頭はここまでしっかりと手を回していたらしい。


「私が貴女の死体の第一発見者になるわ。

みんな私と貴女が喧嘩していると思っているでしょう?実際に私はそのつもりだし。

だから、仲直りをしようとして貴女を探して、そこで貴女の死体を発見するの」

「推理小説なら犯人ですね。

へそを曲げていたにも関わらずここに来て下さったということはあの話はご理解いただけましたか?」


ワンダが話した『事によればリントン子爵令嬢を殺し、自分も死ぬ覚悟である』ということについてソニアは納得いかない様子でふんと鼻をならす。


「理解も納得もしてないわ、私は正攻法で王妃になるのよ!!

ワンダがあの子を殺して、ワンダも口を割らないために死んだら、王妃になってもそんなに持ちの悪いことはないもの!」


ソニアはそう言うと真直ぐとワンダの目を見つめた。


「ワンダ、覚えておきなさい!

あの日誓った通り、王妃になるわ。

納得がいかないのよ。

あの人やお兄さまのように魔力が少ないから跡目を継げないとか、

魔力のある子どもが生まれないから追い込まれるだとか、

婚約が破棄できないならそんな仕組みは私が王女になって変えるわ。

それにね、私が好きな人と結婚出来ないのは侯爵家の令嬢として仕方ないとしても、

無理矢理結ばされた婚約を破棄されて死ぬなんて…死んでもごめんよ。」

「…お嬢さま、覚えておきます。」


ワンダは使用人らしい綺麗な礼をした。


やはり、お嬢さまは理想的な権力者の器だ。

でも、だからこそ、

私は絶対にこの人が死ななくてはいけない未来は作ってはいけない。


そう思うのはお嬢さまが魔力を権力者に重視しない社会を作ろうとしているという考えに共鳴しているというのもあるかもしれないが、私にそんなに崇高なことは関係ない。

多分、それ以上に自身が正しくあろうとするお嬢さまの姿に協力したいと思っているただそれだけのことだ。

でも、王妃になった時こそ正しさだけではどうにもならないこともある。

だからこそ、王妃になったお嬢さまに仕えたかった。


ワンダはずっとそう考えていた。




その後、ワンダとソニアは墓地の茂みに行き、ワンダが死んだことにするための用意と新しい身元である「ウェンディ・コナー」用の品々の準備をし出した。

一番、ソニアが興味を示したのはリリー様に頼んで魔術で作ってもらった『人間もどき』というワンダに似た魔術人形である。

ワンダは用意していた洋服に着替えるとこれまで着ていた服を人形に着せていく。


「こんな人形作れるなんて、凄いはリリーさん。

お兄さま…凄い人を奥さんにもらったわね。」

「やっぱりそうだったのですね。

見世物小屋の『人間もどき』と随分違っていましたので、見た時は驚きました。」

「ええ、魔力の量とかよりも技術的なレベルと人体の構造への造詣が深くないとこれだけの物は作れないわ。

…あとは、そうね、センスね。」


恐らくお嬢さまは苦手なのだろう。

特に芸術品に囲まれて生活したにも関わらず、絵の下手さは芸術への関心のなさはあきれるほどだった。


『人間もどき』は高価な材料と高い魔力、そして確かな技術が必要であり、

普通の財力の魔術師が作れるようなものではない。

人形は触ると人の肌や肉の質感があり、関節も動く。

ワンダにしてみれば自分の死体が目の前にいるような奇妙で不気味な現象だった。

じっとみると黒子がないとかそういった細かい違いはあるが、これなら葬式も火葬も怪しまれることはないだろう。


「でも、ちょっと怖いですね、なんだか自分の死体を見ているようです。」

「ワンダも怖いと思うものがあるのね。」

「何を言っているのですか?怖いものばかりですよ。」


特に、貴女や屋敷の人達を失うのが怖い。


そう思いながらワンダは自分の姿を模した人形を背負う。

自分の体重も図って作られた為、ほぼ自分と同じ重さの人形を運ぶのは苦労する。

ワンダは断ったが無理矢理ソニアもそれを手伝う。

裏の森と墓までの山道まで行くと、細い道がある。

山道の外側は崖になっているため、そこは馬で通ると危険な場所である。

普段、そこを馬で通ることはないが、ここなら落馬事故で転落しても不審ではないだろう。

ワンダは少し離れたところからわざと人形を転がし、汚れを作る。

そして、一気に自分そっくりな人形を転がり落とした。

ソニアはその間目を背けていたが、これで立派なワンダ・コンロイの死体の出来上がりである。


「ワンダ訂正するわ。

貴女…怖いものなんてないでしょう?」

「まだおっしゃいますか、怖いものばかりですよ?お嬢さま。」


こんな物騒な場面で笑うなんてどうにかしている。


ワンダはそう思いながらも声を上げて笑うと、ソニアも口を開けて笑った。


そろそろ夕方になってしまう。

勿体無いことだが、馬を手綱の切れた馬具に交換し山に放った。


「お嬢さま、そろそろ行きますね。見つかってしまっても困りますので。」

「ええ、そうね。」


ソニアは寂しそうに頷く、その瞳は水分をたっぷりと含んでいて今にもこぼれ落ちていきそうだ。

ワンダはソニアがいつもするように出来る限り真直ぐ、強くソニアを見つめる。


「次は学園で会いましょう。

その時は貴女とは仲良く出来ない他人ですが、

ワンダはどんな時でもお嬢さまの忠実な侍女です。

ソニア様、それだけは覚えておいてください。」

「ええ、覚えておくわ。ワンダ。」


転落事故にあったと言いに家にもどるソニアを少し離れたところで見送る。

見えなくなったところを確認するとワンダも裏の森の中に入るが、屋敷を迂回するために森の中を進んでいく。


この日、ワンダ・コンロイは死んだ。

死んだ人間は元の場所には戻れない。

だから、私は二度と屋敷に戻ることはないだろう。


屋敷の裏のよく知る森だ、迷うことはない。

そして、今の時期は運が悪ければ熊や猪には出会うこともあるが魔獣は少なく、夜中歩けば隣街に着くだろう。

そこからは荷馬車に乗りつぎ三、四日で学園都市アルテだ。


静かに赤い日が落ちていく。

赤とダークブルーの空を見上げると、不思議と夕立にあったようで頬が濡れていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ