表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
67/69

67

暴力的な表現があります。



まず、視線に飛び込んできたのは、

白いカーテンからやわらかく陽の光が刺しこむ大きめの出窓と揺り椅子だった。



揺り椅子には女性が腰かけている。



「申し訳ございませんっ!!」


やってしまった。

こんな怪しい部屋に人がいるなんて思わないじゃない!?


咄嗟に頭を下げる。

椅子に座る女性の恰好は使用人が着るようなワンピースではなく、藤色のドレス姿だった。

詳しいことは分からないが、恐らく身分の高い人だろう。


謝罪した場合は「許す」と言われるまで頭を下げ続けるのが通例である為、ワンダは暫くの間、頭を下げ続けた。

しかし、幾ら待っても相手からの反応はない。


意地悪い貴族であれば、こういうことをしないとは言えないが、

ため息を吐いたり、嫌味の二三を言ってもいいくらいの時間はすでに経過している。


ここまで何の反応もないことってあるかしら?


疑念を抱きながら、視線の先の揺り椅子が全く動いていないことに気が付いて、ワンダはゆっくりと顔を上げた。



揺り椅子に座っていたのは品の薄い藤色のドレスを着た女性だった。


逆光のため顔は良く見えないが、少し俯き加減で目を閉じた様子だ。



眠っている?


少しずつ近寄り、女性の動きを確認しようとする。

しかしながら、その人には動かない。

眠っている人でも、当たり前にあるはずの胸の上下すらもなかった。


もしかして、人間もどき?

それにしては人間味がありすぎる。


ワンダは棺に眠っていたサリバンの姿や、自分の死体として作られた人間もどきを思い出す。

サリバンに関しては美しすぎるという点で人間味がなかったし、

自分の死体として作られた人間もどきは確かに私に似ていたが、何がと具体的には言えないものの、何処か造り物めいて人間味はあまりなかったような気がする。


じっと彼女を見ていたが眠っている様子に見えるが、やはり全く動いていない。



生死の確認の為、肩に手を伸ばす。

薄い綿の生地から人肌の温かさを感じ、ワンダはほっと、息を吐きだした。


よかった、死んでいるのかと思ったじゃない。



「お休みのところ申し訳ございません。あの、大丈夫ですか?」


ワンダは静かな声で眠る女性に声をかけ、肩をそっと揺する。

俯き加減だった顔が背中側に倒れたことで、女性の顔をはっきりと確認することになった。


「えっ?」


ワンダはその顔に見覚えがあった。



足の力が抜け、床に座り込み、文字通り、腰を抜かして、自分を否定するようにワンダは首を横に振った。

その人は死んでいる筈の人だった。


生きている訳がない。

生きていたとしても、可笑しい。有り得ない。


「有り得ない」という言葉だけが頭の中に浮かび、居てもたってもいられなくなったワンダはその人の胸に耳を当てた。



何も聞こえない。

何も聞こえないのに、耳は人肌でじんわりと温かい。

必死で心音を確認しようとする自分の心拍だけが妙にうるさかった。





=======================



長い時間、その人を見続けていた。

明るかった小さな部屋は、茜色に色付きつつある。


先程から廊下は騒がしく、ワンダが通された部屋を複数の人が出入りしている。


足音は与えられた客室から居なくなった私をさがしているのだろう。

つまり、長く務める使用人でもこの部屋の存在を知らないということだ。




しばらくすると足音は遠くなり、屋敷は静まり返る。

定かではないが、屋敷の主の帰還したのかもしれない。




足音が近づいてくる。

足音は二人分。

一人は重い革靴の音で、もう一人は軽いヒールの音だ。


ワンダは茜色が反射する銀色の仕込みナイフをしっかりと握って夕日に背を向ける。


廊下で響いていた足音はワンダが対峙する扉の前でぴたりと止まっていた。

扉越しに聞こえる魔術式の長い詠唱と魔術による光が扉の隙間から僅かに漏れたことを確認して、ワンダは揺り椅子に座る女性の喉元にナイフを突きつけた。


扉が開くと、窓から勢いよく風が吹き込み、白いカーテンがぶわりとまくれ上がる。





「リントン子爵、聞きたいことがあります。」



リントン子爵は眩しそうに、眉間に皺を寄せる。

対して、リントン子爵の背後から顔を出した軽い足音は『マリー』と呼ばれている少女だったらしく、ナイフを見て声を上げた。


「え、あっ!!えっ…なんで!

そっ、そそ掃除係さん!??何やっているんですか!?」

「久しぶりね、貴女が元気そうで良かったわ」

「いや、今はそうじゃなくてっ!!!」


少女はナイフとワンダを見比べながら、目を白黒させている。


「ナイフを降ろしなさい。」


そう言ったのはリントン子爵で、声は低く唸るように聞こえる。

凄味のある声だったが、ワンダは何でもない風を装う。


「あら、この状況で、言うことを聞くと思います?」

「…二度目だ。ナイフを降ろしなさい。」


ここではないどこかを見る遠い目でワンダを見つめていた人とは、全くの別人のような目でリントン子爵はその人に突き立てられるナイフを見ている。

ワンダはナイフを突きつけたまま肩を竦め、嗤った。


「怖い顔ですね、…ナイフを降ろして欲しいなら、

『この状態のこの人』をどうやって作ったのか教えて頂けませんか?」

「………。」



聞きたいことは山ほどある。

でも、今のワンダが一番知りたいことは『この状態のこの人』をどうやって作り出したかという方法だ。


リントン子爵はなにも言わず、厳しい表情で押し黙る。


「この人は私にとって、物心つく前から死んでいる人です。

だから傷つけてもいい…という訳ではないですが、生きている人よりは躊躇いはないですね。」


ワンダはナイフを首に押し当てる。

もう少し力を入れると、傷が入ってしまうだろう。


「……脅すつもりかな?」

「正当な取引ではないですね。」

「なるほど…分かった。」


「えっ、わっ!!!」


リントン子爵はすぐそばにいた少女の腕を掴むと、背後から少女の肩に手を乗せる。


「おじさま!?なんですか…!!?」

「では、取引をしよう。」


リントン子爵はそのまま両手を少女の白く華奢な首元へ持っていき、両手で少女の喉を締め上げる。


「っ!?」

「うっぎゃ…。」


少女はリントン子爵の腕を、爪を立てて掻きむしる。

足も体もバタバタと動かしているが、少女の華奢な身体ではびくともしない。


「この娘は生きている。」


赤黒くなっていく少女の顔と、首を絞める男の顔を眺める。

ワンダの推測では、少女を殺すことはリントン子爵にとって一つも利益がないはずだった。


「利用している子を殺していいのですか?」

「逆だよ、彼女が傷付けば全ての意味がない。」



ああ、この人…もう。



男の目は、ワンダも首を絞めている少女も、ワンダがナイフを突きつける女性でさえ映っていない。

少女の顔はどんどん赤黒くなっている。

長くはもたないことは、一目瞭然だった。




「………はあ。」


ため息を吐き、ナイフを床に落とす。

リントン子爵はまだ少女への力を緩めない。


ワンダは出窓に身体をつけ手を挙げると、リントン子爵はやっと少女の首を離し、少女は床に崩れ落ちる。


「ごほっ!!ゲホっ、ゲェ…、うぇ、うぇええ。」


少女は唾液を吐きだしながら、呻き苦しみ、そのまま床に倒れ込む。

リントン子爵は、ワンダに緑色の魔宝石ステッキを突きつけると、揺り椅子ごと女性を自分の方に引き寄せる。

ステッキが何の魔道具かはワンダには分からなかったが、似たようなもので炎を出すようなものは見たことがあった。

大きい魔宝石がついているところを見ると、危険なものであることに間違いはないだろう。


「死体をこんなところにしまい込むなんて変わった趣味ですね。」

「死体ではない。」

「死体じゃない?死体じゃないならなんですか?人形ですか?

温かい人間もどきなんて存在しない、ですよね?」


ワンダは早口でまくし立てた。


人間もどきは動物の死体で出来ている。

だから、管理方法は葬儀前の死体と同じで冷所安置が鉄則だ。


リントン子爵はステッキをワンダに突きつけたまま、その人の頬を撫でる。


「人形や死体と一緒にしないでくれ、カイナは死んでいない。」

「私には死んだまま、時間が止まっているようにしか見えません。」

「なかなか鋭いな。」


『カイナ』…

リントン子爵が名を呼んだことで、目の前の人物は非現実的な立体感を得る。

カイナ・コンロイはワンダにとって、絵の中の存在であり、誰かの思い出の中の人だった。


カイナの絵は、バロイッシュ家の肖像画家のご厚意で描かれたものだった。

祖父の机に大事にしまわれていた為、頻繁に見ることができるわけではなかったが、辛いことがあるとこっそりとその絵を見に行っていた。


子ども心に、絵の人物は慈愛深く見えた。

きっと、その人がいれば自分を優しく抱きしめてくれるという在り来りな空想をしたりもしたように思う。

けれど、空想が叶うことがないことをワンダは知っていた。


死んだ人間が生き返るなんてありえない。

だから、叶う訳がない。


ワンダは、再びカイナの顔を見た。


母の心臓は動いていない。

でも、温かく、本当に眠っているだけに見える。

年齢も私と同じ頃だろう。


死んだまま、時間を止めたようにしか思えない。

でも、時間を止めるなんてことを人間ができるはずがない。



「貴方、悪魔と通じていますよね?」



応えはない。

代わりとして、魔道具に魔力を込め始めたのか魔宝石が輝きだした。



「私が気が付かない間に…時間が経っていたようだな。」

「ええ、そうですね」


リントン子爵の言った意味とは異なっていたが、

確かにワンダは時間を稼ぐことが出来た。


「我が友ゲーノモス、彼の者の動きを封じ給え。魔術円陣第六八、簡易式石化封じ!!!」


床に転がっていたはずの少女は、リントン子爵の背後で出来上がったばかりの魔術円陣に手をつき、詠唱を叫んだ。


「っっ!!!」


リントン子爵の身体が足元から石のように硬直していく。

しかし、リントン子爵の魔道具もほぼ同じタイミングで光を放っていた。


カーテンが外れんばかりの勢いで舞い上がる。

窓を背にしていたワンダは、魔道具から噴出された風圧に耐え切れる訳もなく、身体ごと窓外に放り出された。


この部屋は三階に位置する。

部屋の下には裏庭の剪定された植木じゃ、クッションにはならないだろう。




視界には、夕方と夜の間の空と白いカーテンが一瞬、見えたような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ