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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「探した私が馬鹿みたいじゃない…」



星屑宝飾店の店先に停まる先程の見た馬車を見ながら、ワンダはうんざりと呟いた。






星屑宝飾店の店舗は高級店でも一等地にあり、内装も古風ではあるが繊細で凝った装飾が施されている。

店内も外観から軽く見ることができる作りになっているのだが、外から見る限り、店内は薄暗い。


でも、店仕舞いの札は下がってない。

下がっていないということは入っては駄目ではないはずである。


時には物事を都合の良く解釈をすべき場合もある。


ワンダは無理にそう考え、さも当然といった風に堂々と店の扉を開くと直ぐに、女性の騒ぐ声が店の奥から漏れ出している。


店の奥には重厚感のある扉があり、僅かに光と音が漏れ出しているようだ。

確か、あの部屋はルイス教授と行った貴賓室?


嫌な予感がしてワンダは部屋に近づくとそっと中を伺うことにした。


「なんで!?何で主人が連れて行かれなければいけないのですか?」


恰幅のいい婦人が男二人を前にハイネを守るが如く立ちふさがっている。

ハイネは魔術か何かで手を拘束されているようだ。


「先程も説明した通り、悪魔と交わった背教者としての容疑がかかっております。

ですから疑いを晴らす為にも審問を受ける必要があるのです。」


声を発したのは今にもハイネを連行しようとしている体格のいい男たち、

ではなく、椅子に行儀よく腰を掛けている三人目の男だった。


「主人は何もしていないわ!!」

「そんなに興奮しないで下さい。

ご主人は容疑がかかっているルイス・カルアデス氏と懇意ですから。」

「ルイスもヤな奴だけど、いい奴よ!!」


「大丈夫だ、ローニャ。直ぐに戻るから…」


婦人をなだめるようにハイネが言っているが、実際にハイネはサリバンという悪魔と関りを持ってしまっているため、気が気ではないはずだ。


椅子に座っている男の姿をワンダは確認できない。

しかし、どうやら椅子に腰かける男も婦人を何とかなだめようと努めているらしい。


不味いわね…。


ワンダはどうすればいいか必死に考えを巡らせていた。

ハイネも連れて行かれれば王都への行く道が一つ閉ざされてしまう。

手札の少ないワンダにとって、サリバンが指示したハイネこそが王都への切符だった。


王都は城壁で守られ、幾重にも魔術がかかっているらしい。

本当かは分からないが「大泥棒でも侵入すれば地獄に落ちる」という国民であれば誰もが知っている常識である。



ワンダは音もなくその場から離れ、星屑宝飾店から出た。

そして、すぐさま、宝飾店から距離をとる。

パタパタと大げさに走りながら星屑宝飾店の扉を開き、未だ婦人が騒ぎ立てる貴賓室のドアを大袈裟に開け放った。


そこにいた全員の視線が突如として現れた第三者であるワンダに集中する。


「ハイネさんっ!!突然の訪問、申し訳ございません!!」

「きゃあ!!なんですの!?突然!!」


婦人は驚いて声を上げ、ワンダも婦人と一緒に驚いたふりをして鞄を落とす。


「えっ!?…あれ???えっと、何があったのですか?

なんでハイネさんが?」


予想していた展開だが…視線が、痛い。


護衛の男はワンダを警戒して武器を手にしている。

視線が集まる中、この場を取り仕切っていた男が椅子から立ち上がり、ワンダの方を振り返る。


恰好は貴族らしいが質素で清潔感のある、恐らく壮年過ぎの男だった。

高くも低くもない身長に中肉中背の体格に、可もなく不可もない顔貌。

生真面目そうで硬質な雰囲気がある。


目が合うと男は暫し時間を止めた。


「………。」


ワンダは直ぐに視線を外しだが、男に「やけに」見られている気がする。


「あっ、あの…騒いでしまい失礼いたしました。

でも…どうして?

すみません、私、ハイネさんに用事があっただけなのです。」


男の視線は無視して、ハイネを見てわざとらしく何も知らない振りで言葉を紡ぐ。

そんなワンダの演技などは見てもいないとでも言うように、男はどんどんワンダの元に近づいてくる。


無視できないほど男に近づかれ、視線が合うと、肩を両手で逃さないように掴まれる。


「なっ…。」


ワンダはハイネと共に王都へ連行されるつもりでいた。

ルイスと関りがあることを匂わせ、ついでに一緒に連行されようという苦肉の策だ。


でも、これは明らかに予想していた状況と違った。


男はただ、ただワンダを食い入るように見ている。

私を怪しんでいるというより、私に驚いている?


上から覗き込む男の顔を伺うと、男は酷く驚いている。


何をそんなに驚くことがあるというのだろうか?


ワンダの容姿はそう変わったものではない。

酷く不細工ではなく、ソニアのように誰もが振り向くほどの美人でもない。

名前のないあの少女のようないい塩梅の可憐さもない。


生真面目そうだという以外に特徴はなく、

ワンダの顔を好きだという人もいれば、好みじゃないという人もいるだろうというくらいの普通さだと言っていいだろう。


だから、顔や姿形を見て驚かれることなんてこれまでになかった。


でも、男は目に焼き付けるようなにワンダを上から下まで眺め、

眺めているのにワンダがいることが嘘だとでも言うような様子を続けぬいている。



「……君は。」

「?」

「君は誰だ?」


「えっ、あの…。」

「名を、名を名乗りなさい。」


男の語尾は強く、両肩を掴む指は肩に食い込む。


名前を名乗れと言うなんてまるで…。

まるで、サリバンみたいだわ。

しかし、サリバンの半月型になった瞳のように抗い難い衝動はなく、ワンダは息を吐くように仮の名前を言うことができた。


「ウィンリーと言います。ウィンリー・コナーです。」

「ウィンリー・コナー?」


ワンダが偽りの名前を繰り返すと、男は何かを言おうとして、言いよどむことを何度も何度も繰り返す。




「あの、貴方様はどなたでしょうか?」

「…マーティン・リントンだ。」




この人がリントン子爵?

ワンダは眉間に僅かに皺をよせてしまう。


どうにも聞いていた、リントン子爵と印象が違いすぎる。

ワンダはいつも出来る限り様々なところから情報を仕入れるようにしていた。

情報は偏らない方がいいからだ。

リントン子爵は魔力こそ少ないものの、女性からも人気があるやり手の子爵だ。

知り合いのバロイッシュ家と懇意の男爵家の使用人の話では、女性のエスコートも得意で使用人への対応もいいと高評価だった。


それに、あのソニアお嬢さまもリントン子爵を高く評価しているのよね。


ソニアお嬢さまは王都に行った時に何度かリントン子爵に会っているらしく「とっても素敵な方だったわ!!」と、いつも嬉しそうに話しをしていた。

コーネリアス様一筋のソニアお嬢さまがそんなことを言うこと自体非常に珍しく、ワンダは物腰柔らかで女性にもてそうな紳士の姿を想像していたのだ。


「掃除係くん、今は帰りなさい。

悪いけど、俺は王都に行かないといけないらしい。」

「そんなっ!貴方!!」


見つめ合い、固まる男とワンダに見かねたハイネが声をかけると、空かさずハイネの妻であろう婦人が止める。

リントン子爵はハタと気が付いたようにワンダの両肩を押さえていた腕を離す。


「……連れて行きなさい。」


リントン子爵が声をかけると、ハイネは婦人の額にキスを送ると、体格のいい男たちに馬車の方へ連れて行かれる。

婦人は、強くスカートを握り、リントン子爵を睨みつける。ハイネの妻は気の強い女性らしいことは言うまでもない。

リントン子爵と婦人と共にワンダは連行されるハイネの後ろをついていきながら、完全に話す機会を見失っていた。


「あのっ、」

「さて、」


ワンダとリントン子爵が言葉を放ったタイミングは重なっていたが、リントン子爵が言葉を続けた。


「君も共に来てもらわなければならないが、抵抗する気はないだろう?」


首を縦に振ると、リントン子爵も何も言わず頷く。

ハイネに続いて馬車に乗り込もうとしたところでワンダは御者に乗り込む前に馬車のドアを閉められる。


「えっ…?」

「君はこちらだ。」


リントン子爵は少し離れた位置に止められていた馬車を指差すと、すぐにリントン子爵自身が乗り込む。


ワンダは緊張した面持ちでリントン子爵が待ち構える馬車に乗り込んだ。



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