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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「おっ、お兄様!?」


一番反応したのはお嬢さまだった。

そこまで驚くことは最近では見ることがあまりなかったので懐かしい表情がみれた。


「そういうことになるというだけですよ。お嬢さま。

実際に死ぬわけではありません、死んだことにして別の人間になるというだけです。」

「ああ、ワンダには別人になって学園で仕事をして貰う。」

「なにも死んだように偽装する必要あるかしら?

仕事を休んでいるとか、結婚したとかそういうのでいいのではなくて?

学園での情報ならワンダに手間をかけさせなくても、私が情報を流すわ。

今回、手紙を出せなかったのは申し訳なかったけれど、安全な経路を確保する。実は先程、いい魔道具を手配したの。」

「いえいえ、お嬢さま。

私が集める情報はお嬢さまが集められないマリー様に関することです。

マリー様はジジさんと仲良くしていますし、ジジの話ではマリー嬢は女性のご友人が少ないとのことですから、場合によっては恋愛なんかの相談役になれるかもしれません。」

「駄目よ、認められないわ。だって…

ワンダの足が付かないようにするってことでしょ?」


その通り、流石は我が主頭の回転が速いな。


ワンダは気付かず了承する方がいいと思っていたが、そうもいかなかったようである。

例え少女の死体が見つかりその犯人が分かったとしても誰の手の者か分からなければいい。

玄人を雇う手もあるが、残念ながらバロイッシュ家は陰謀事には関心がなくそういう伝手がない。

その為、玄人を雇うにも質の保証ができない。

だから、もしもの時は質の保証が出来る人間がやればいいというだけの話だ。


「その通りですよ、お嬢さま。」


ソニアは勢いよく立ち上がり声をあげる。


「駄目よ!!!貴女の主はこの私よ?!認めないわ!」


ソニアは強くワンダを睨みつけるがワンダは静かな態度を崩さない。


「認めなくてもいいです。

ですが、私のご主人様が生きることがどれほどの利益になるか、

理解はして頂かなくてはなりません。

あくまで、貴女が思い浮かべたことは最終手段です。

そんな手段、誰も望みません。

そうですよね?旦那様。」

「当たり前だ!」


ワンダが微笑みながらソニアに対して言い、その後追撃のようにマルスに同意を求めると、マルスは珍しく大きな声を出した。


「墓参りの帰りに落馬による事故でワンダ・コンロイは亡くなります。

正確な日程は学園での仕事先が決まり次第改めてお話する形でもよろしいでしょうか。」

「ああ、よろしく頼む。」


マルスが了承し、ソニア以外の全員が頷いた。


「お嬢さまもそのつもりでいてください。」


何か言いたげにしていたが、ワンダは努めて知らないふりをする。

その後、幾つか予定を確認し合い、その日はお開きになった。

ソニアは激怒している。

けれど話しかけて来ないのは論破されることを理解しているからだ。

ワンダとは目も合わさずに食堂を出るとすぐに部屋に入り寝床についた様子だった。


「大丈夫ですか?」

「うーん、どうでしょうか?

辛いときに厳しいことを言いましたからね。

でも、あの人が本当に王妃になるのであれば必要なことです。」


ロニー使用人頭が心配そうに声をかけてくれる。

きっと私を気遣ってくれての言葉だろうが、一番つらいのは私ではないから気付かないふりをする。


「学園での働き口と身元はどうしましょうかね?」

「実はジジさんが仕入れた情報でもしかしたら手掛かりになるかもしれないものがありまして、

これから遅い時間になりますが旦那様と奥様の寝室に行ってまいります。

ジジさん、凄く優秀ですよ、ロニーさん。」

「そう、ですか…それは複雑です。

もっとまともで安全な職についてもらいたいものですが、

…バロイッシュ家の役に立つのなら悪くはないですね。」


ロニーは立派な白い口髭を触りながら嬉しいのか怒っているのか心配しているのか、それともすべてか、何とも言えない微妙な顔をした。

ワンダはハーブティーが入っていたカップを片付けながら、一礼して下がろうとする。


「奥様にはよく眠れるようにポプリを持って行ってあげて下さい。

旦那様には蜂蜜入りのホットミルクを。

お嬢さまと大奥様には私から声をかけてみますね。

それから、君は夕食を食べていないでしょう?

休憩室の戸棚に入れて置きましたから、終わったら食べなさい。」

「有難うございます。」


大分見習っているつもりだったが、

まだまだ私には真似できないな。


調理場へ向かうと既に人の姿はなく、

ロニーの気遣いへの感謝に心を打たれつつもワンダはカップを洗って、鍋でミルクを温める。

季節的に少しホットミルクは暑いのではと思ったが、

当主のマルスのことは使用人頭のロニーの方がよく知っている。

奥方のリリーには爽やかな方がいいだろうとレモネードとラベンダーのポプリを用意して、二人の寝室をノックする。


「失礼いたします、旦那様、奥様。入ってもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ。」


リリーの声が聞こえるのを確認し中に入る。

二人はローテーブルに座り話しこんでいた様子だった。

マルスもリリーも普段の春の陽気のような穏やかな雰囲気はなく深刻な顔をしている。


「遅くに申し訳ございません。

眠れないのではないかと思いまして、お持ちいたしました。」

「ワンダ、お前を呼ぼうと話していたところだったんだ。」

「それであれば、丁度良く来れてよかったです。」


マルスの前にホットミルクを置き、リリーの前にはレモネードを置く。

その後、端切れで作られた手作りのポプリを手渡す。


「リリー様にはレモネードとラベンダーのポプリです。

ポプリは町の教会で修道士と孤児が祈りを込めて作ったもので、枕元に置いておくとよく眠れるそうです。

今日はお腹の赤ちゃんにもご心配をかけましたから、リリー様は身体をしっかりといたわって下さいね。」

「こんな時に気を使っていただいて…」

「実は使用人頭の指示なんです。これから身重のリリー様に働いて頂かないといけませんから、使用人頭が気にしているんですよ。」

「御礼を言わないといけませんね。」


リリーはポプリの香りを嗅いで優しく微笑んだ。


「ワンダ、リリーと話したのだが、

リリーの父上にお前の新しい身元とアルテ魔術学園の庶務への紹介状を書いてもらおうと思う。」

「庶務ですか…。」

「何かあるか?」

「いえ、実はサジ・サリバン教諭の掃除係になることはできないかと考えておりまして。

リリー様は基礎魔術を学ばれたと聞きましたので、

サリバン教諭に紹介状を書いてもらえないかご相談したくて。」

「サリバン先生とは確かに面識がありますが、…ごめんなさい、先生は人の手伝いを拒むので難しいと思います。」

「そうですか、であれば学園の庶務の方へ紹介をお願いいたします。」

「ええ、それはもちろん…

ですが、何でサリバン先生の掃除係になろうと?」


ワンダはサジ・サリバンが今回のリントン子爵令嬢を編入に関わっていると情報屋のジジは言っていたこと。

『部屋が汚すぎて掃除係が辞めていく』という話が本当なら掃除係になれれば、リントン子爵に関しても、今回の編入に関しても、マリーという令嬢に関してもとても調べやすい立場になれるのではないかと考えたいたことを話した。


「うーん?…ちょっと意外ですね。」

「意外とは?」

「えっと…いえ、ただ何となく。

…先生が貴族のお抱えになるのかと思うと少し意外なような気がしただけです。

具体的に何がと言われると説明できないのですが。

何となく…意外で。」


何となく?何となくとはどういうことだろう。


「それに、掃除係というのは噂というか笑い話のようなもので本当はそういう仕事はありませんの。」


話を聞くだけでサジ・サリバンという人間がかなりの変わり者ということが分かる。

ジジさんは「影の薄い普通の人」といっていたのに大分印象が違うな。

珍しい、ジジさんが見誤るなんて。


「あの…リリー様、サリバン教諭はリリー様からみてどういった方ですか?」

「そうですね、先生は少し『影の薄い普通の人』ですかね」

「えっ?」

「?」

「すみません、なんでもないです。」


『変人』だという返答が来ると思ったのはもちろんのこと、

『普通の人』というジジと同じ印象がリリーから返ってきたことにワンダは驚いた。


生れも育ちも違うジジさんとリリー様が同じ印象を抱くものかな?


疑問は膨らむばかりだったが、ワンダはそう結論づけることにした。


「ワンダ、身元と仕事については学園の庶務の方でいいか?

リントン子爵に関する情報はこちらでも調べてみる。

まずはソニアの婚約が破棄されない為に、リントン子爵令嬢の意向を探ってくれ。

皆にはお前が死ぬことになるとは言えないから、別れの席も持たせられない。

場合によってはお前はここに戻ってこられないかもしれないというのに…すまない。

ワンダ、本当に…すまない。」


マルスの声は震えている。ワンダもこれには心打たれるものがあった。

それはそうだろう。マルスもソニア同様、幼い頃から遊び、成長しても協力してきた仲だ。

ワンダとマルスは魔力が少ないもの同士、不思議な連帯感と友情があった。


「旦那様、これは私自身が望んだことです。

私はこの家の人達が大切なんです。

だから、共にお嬢さまを守らせて下さい。」


心からの言葉と、出来うる限り綺麗に礼をして、ワンダは部屋を去った。



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