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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「アタシはキミの名前が知りたいよ。」




掠れるような声は懇願のようだ。


私だって、貴方の名前を知らないのに

そんな声で強請るなんて卑怯よ。


頭の中でお嬢さまの寝物語に読んだ絵本が繰り返される。


『ようせいさんはおひめさまにいいました。

“あくまになまえをあげちゃだめだよ”

“なんでだめなの?”とおひめさまはききます。

“だって、こころがとられちゃうんだ”』


心が奪われるなんて冗談じゃない。


ワンダはそう考えながらも心がざわついて仕方がない。



「貴方にはあげられません。」

「…キミは実に懸命だよ。」



暫くサリバンはワンダの肩に顔を埋めていたが、滑らかに顔を上げる。


サリバンが立ち上がったことで離れる身体をワンダはただ見つめる。

身体が離れていくと心のざわつきは嘘のように無くなったが、何かが無くなってしまったような虚しさが顔を上げる。

その間もサリバン動きを止めず、眼鏡をかけ、ローブを羽織っていた。

髪の毛をぼさぼさと崩すと、年齢不詳の野暮ったい魔術師が出来上がる。

歌うような声が聞こえると、サリバンは魔術に包まれ輝く。

ワンダには何も変化が見られないが恐らく魔術を使用したのだろう、いつの間にか大き目の鞄まで所持している。


「さて、アタシは行くよ。」

「どこにですか?」

「もちろん王都だよ。アタシも審問を受けるからね。」

「審問?どういうことですか?」

「ほら、アタシ悪魔でしょ?

王都には生真面目な結界が施されていて内側の許可がないと入れないんだ。

神官たちは一定以上の魔力を持つ者を対象に審問をするって言っていたから審問の対象になれば王都に入れるだろう?」


どう考えても危険な行動だがワンダには悪魔が結界の中に入る方法なんて思いつきもしない為、他の案を提示することが出来ない。


でも、心臓がないだなんて万全であるはずがない…。


「あまりにも危険じゃないですか?」

「危険?まあそうだろうね。失敗すれば消滅するからねぇ。」

「消滅?」

「ああ、警戒している相手の陣地に乗り込むんだ。当然だろう?」

「他に方法はないのですか?」

「あるけど…」

「あるならその方がいいのではないですか?」

「んー。

まあ、そうかもしれないけどさ。

自ら悪魔を招き入れるなんて一番愉快だと思わないかい?」

「愉快?全く思いませんね。」


愉快が理由になることが信じられないと小言を言い出しそうになる前にサリバンは先手を切って話を切り出す。


「まあ、アタシは悪魔だ。それなりに上手くやるよ。

キミはアタシの心配をする前にすべきことがあるんじゃないかな?

ねえ、キミはどうやって王都に入るつもりなの?」


問われたワンダは小言を喉に押し込めて、ぐっと眉間に力を入れてしまう。


実はいい方法が思いつかないのだ。


「困った顔をしているね。

もしかして、出来ないのかい?」


サリバンは少し意地悪そうにそして機嫌よく口角を歪める。


「キミはお嬢さまを助けなきゃいけないし、マリーも手助けしなくてはいけない。

それにアタシの手伝いまでしてくれるって言ったのに!

キミは!!出来ないって言うのかい?」


王都には正式な書類が無ければ入れない。

伝手を使えば書類を手に入れるのは不可能ではないがすぐに書類が手に入るとは思えない。


ワンダは方法を何通りか考え、小さくため息を吐くと答えを出した。


「何とか考えてみます。」

「んー…考えてみますかぁ。具体性がないなぁ。」

「不可能ではない方法です。」

「だろうね。

でも、きっと時間がかかりすぎるんじゃないのかな?

時間はまだあるが有限だ。」

「では、時間を短縮させる方法を考えます。」

「うん…まあ、キミならそう言うよね。」


サリバンの声は若干沈んでおり、何と言うか残念そうである。

残念そうな悪魔を見てワンダは何とか方法を捻り出そうとするが全く出てこなかった。


「ねぇ、星読みのハイネは知っているかい?」


ワンダはルイスに同行して訪れた星屑魔宝飾店の店主の明るい笑みを思い出す。


「ええ、一度お会いしました。」

「ええー!!会ったの?

もしかして、ルイスが会わせたの?」

「宝飾店について行きました。それに星占いも…。」

「はは…珍しいこともあるものだね。

ふーん、へぇ、そうか。

ルイスはキミを随分と気に入っているんだね…」


確かに嫌われてはいないだろうが、あれは気に入っていると言っていいのだろうか?

ワンダは曖昧に首を捻った。


「じゃあ、まあ話は早いか。

ハイネに『ルイスが連れて行かれた』と言えばいい。

すぐに王都に行けるさ。あの子はその手の伝手がキミの数倍あるからね。」


サリバンは予めハイネを頼ることを示唆するつもりだったらしく、すらすらと方法を指示してくる。


「方法を用意していたのなら、教えて下さってもいいのではないですか?」

「んー…ちょっと、キミに強請れてみたかった。」

「契約はしませんよ。」

「知っているよ。

でも、強請られて、与えて、奪うのがアタシの本質だからね。

強請られたいと思うのは仕方がないことじゃない?」


願いをいうことの延長線よね?

そうは思いながらも強請られたいなんて言われたことがないワンダは返答を詰まらせる。

言葉への返答を探す間に、サリバンは窓にひょいと足をかける。


「それじゃあ、掃除係くん。王都で会おう。」

「待って下さい!!」


何食わぬ顔で消えようとするサリバンの腕をワンダは咄嗟に掴んだ。


「あの…気を付けて下さい。」

「ん?」

「だから、気を付けて下さいって言っています!」


怒っているようにも聞こえるワンダの声と顔をまじまじと見たサリバンは噴き出して笑った。


「ふふっ…はは!

キミ、それ強請っているつもりなの!?」


暫くの間サリバンは笑い続けたため、ワンダの表情は更に厳しいものになっていく。


「笑わなくてもいいじゃないですか、それに別に強請っている訳では!!」

「はいはい、分かっているよ。

じゃあキミも気を付けなよ?

キミはお嬢さまが一番なのかもしれないけどキミが自分を気にするなら、アタシも愉しさだけじゃなくて自分が消滅しないよう心掛けよう。

どう?これなら平等だ。」

「はい、それなら平等ですね。」


サリバンはワンダの言葉を聞くと、ワンダと距離を一気につめて自分の額とワンダの額を重ね合わせる。


驚いてワンダは目を瞑る。


「じゃあ、掃除係くん。約束だよ。」


耳障りのいい声が聞こえたかと思うとサリバンの気配は既に消えており、

目を開くと予想の通りサリバンは既にワンダの前から姿を消していた。



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