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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「イギシュラ一世だよ、知らないの?」

「もちろん、存じておりますけれど…

でも、イギシュラ一世ということはイギシュラ王国の建国時の王ですよね?」


「ああ、そうだよ。」

「そんなの…あり得ませんよ。」

「なんでそんなこと言えるのさ?」


サリバンは当然の如く言ったがワンダは反対に有り得ないと眉を吊り上げた。


「なんでって当たり前じゃないですか!

イギジュラ一世は年号を数え始める前に生きていたとされるお伽話の王様ですよ?

それに、王と悪魔なんてまるで建国のお伽話みたいですよ…簡単に信じたらそれこそ私が正気を保てません。」


ワンダは言い切ると疲労感にぐったりする。


魔法や悪魔でさえ、元来妖精さえ見えない私にとっては物語の国のお話だったというのに、

本物のお伽話が目の前に現れるなんて出来る限り信じたくなかった。


「本当のことなんだから仕方がないじゃない。」

「そうだとしても、

一体、何をどうしたらイギシュラ一世が貴方の心臓を持っていて、私の敵みたいな話になるのですか?

納得できるように教えて下さいませんかね?

貴方の講義は分かりやすいと好評のはずなのに、全くもって理解できません。

あれはただの噂だったのでしょうか?」


勿論、ワンダ自身サリバンの講義の分かりやすさは認めている。

けれども一対一で話すとき、サリバンはわざと分かりにくくしているきらいがあるのだろうことは確かだ。


「私の講義には予習は必須なんだ。

やる気のない生徒にまで構っている暇はないからね。

でも、まあ仕方ない。予習の足りていないキミの為におさらいにしようか。

私は彼に心臓を貸す契約をした。でも、彼は対価を払いたくなかったみたいでね。

対価を払う前に裏切られ、私の身体は封じられた。

だから、アタシはキミが出してくれるまであの棺の中にいるしかなかったんだ。」


ワンダはその言葉を咀嚼しようとしたが、首を捻る。

要するに悪魔であるサリバン教授が心臓を奪われ、裏切られ、棺に入れられたということは分かるがその話は明らかに変だった。


「可笑しいですよ。

貴方はずっとここで教師をしていたじゃありませんか。」

「そうだね、ずっとアルテにいて、長いこと教師をしている。」

「あの、言っていることが矛盾して聞こえるのですが。」


そう、サリバン教授はずっとアルテ魔術学園にいたはずなのだ。

ワンダが学園に来る前から学園で勤務し、怪しげな棺桶を叩き割る前からワンダはサリバンと話していた。

もっと言うと、初老のルイス教授がうら若き生徒だった時にはすでにアルテ魔術学園の教諭をしていたとも聞いている。


だから、やっぱりずっとあの怪しげな部屋の棺桶の中に封印されていたなんて信じれる訳がない!


疑わし気に見つめると、サリバンはそんなワンダを鼻で笑う。


「掃除係くんは頭が硬いな。

要するに魂と身体の分離だよ。」

「なんですか?それ?」

「アタシがいない間の宿題として生徒には出していたんだけど、

流石にそれは読んでなかったんだね。それとも魔力が要らないからもう学ぶことも諦めたのかい?」

「私は暇じゃありません。

貴方がいない間、貴方がいないことで混乱する生徒への対応やら他の仕事やら、

やる事が山ほどあったんです!」

「まあ、どちらにせよ。

予習が足りなかったということさ。」


サリバンは厭味ったらしく言いながらも考える素振りを見せ、

直ぐに楽しそうに目を輝かせた。


「掃除係くんは人間もどきって知っているかな?」

「人間もどきですか?」

「ああ、人間にそっくりな魔術人形さ。

あまり使い道はないし、生ものだから取り扱いも難しいんだけど…。」

「ええ、まあ知っています。」

「へぇ!意外だね、キミは魔道具には詳しくないと思っていたよ。」

「……知ったのは偶然ですがね。」


魔道具に詳しくないのはその通りだったが、人間もどきのことは知っていた。

知っているどころか、自分の人間もどきをお嬢さまの義姉のリリー様に作って頂き、

自分の死体として偽造して崖から突き落とすまでしてしまっている。

多分あれが私の為に造られた最初で最後の魔道具だろうけど、あの不気味な人形が私の最初で最後の魔道具だと思うと何だか物悲しい。


「話が早くて助かったよ。

まあ、悪魔なんてやっていれば契約者の裏切りも当然予測していなければならない。

だからアタシは予め身体が封じられた時の方策を考えていたというわけさ。

それが魂を人間もどきに定着させるということ。」

「人間もどきに魂を定着させれば動ける?」

「うん、大分精度は落ちるし、どれだけ上手く作っても食欲や性欲。

つまり、身体的欲求は満たせないけどね。」


ワンダの表情は未だすっきりとはしていなかった。


「まだ納得いかない?」

「当たり前でしょう。

貴方が契約を裏切られ、心臓を奪われたのは分かりましたが、イギシュラ一世が私の敵になるということは一体何の関係があるのですか?」

「そこも気付くとは今日はなかなか鋭いね。」

「貴方が言った通り食事をとった効果が出たのでしょう。」

「素晴らしいね、アタシが用意した食事が素晴らしく身体にいいことがこれで証明された!」


あまりにも軽い調子で話が進むため、どんどん話が流れていくような危機を感じたワンダは一端話を元に戻そうとサリバンに対する視線を厳しいものにする。


「それで?どうなんですか?」

「心臓の契約には期限がある。

裏切られたのはしょうがないけど、契約はちゃんと行われているからね。

契約の継続には相応以上の対価が必要なんだ。

それこそ、犠牲を払ってもらわないとねぇ…。」

「犠牲?」


不穏な言葉を繰り返すとサリバンは意味ありげに笑う。


「ああ、生贄が必要なんだよ。」


やはりそうか。


嫌な予感が的中し、

ぞわりという嫌な感覚が背筋を襲う。


「聖夜祭ですよね。」

「正解だよ!掃除係くん。

はじめから分かっている癖に聞くんだから、キミは悪い生徒だよね。」


ああ、間違いない。

サリバン教授はこの国で最も有名なお伽話に登場する『泉の悪魔』だ。


サリバンは笑顔を作ると立ち上がり、隣に座る。

不意に見てしまったサリバンはあまりにも綺麗で不思議な色の瞳に惹きつけられ、逸らすことも出来ず、ただ見つめるしかない。


「心臓を手にし続ける為には贄がいる。

人間が正式な契約なしに悪魔の心臓を留めて置ける訳がないからね。

ほら、キミは気付いていただろう?


聖夜祭の期間が短くなっているって。

聖者も聖女も死んでいるって。


キミのお嬢さまも召喚されたマリーもメイナードも

みーんな、

アタシの心臓の生贄なんだよ。」


「っ…!!」


サリバンの口角が弧を描き瞳は紅く怪しく光る。


お嬢さまやあの子が生贄?

冗談じゃない!!


笑うサリバンを怒りに任せて睨みつける。


「やっぱり、そうか!

キミは冗談じゃないと思うかい?」

「当たり前よ。冗談じゃないわ。」


「うん、うん。そうだよね。

……分かるよ、キミはそういう人間だ。」


その声は明らかに場違いなまるで熱に浮かされるようで、眼は濡れ、頬は心なしか色付いているように見える。


「ねえ、掃除係くん。お嬢さまを助けたくはないかい?」

「それはもちろん助けたいです。」

「そうか、それじゃあ…アタシと、」


サリバンは熱に浮かされるまま何かを言おうとするが、

ワンダの頭に上った血が、サリバンが言葉を発することを待ちきれなかった。


「貴方の心臓を取り戻すの、手伝いましょう。」


「………え?」


その言葉にサリバンは呆けた。

ぽかりと口を開け、

信じられないとでも言うようにワンダを初めて見る生物を見るかのように見ている。


「聞こえませんでしたか?

貴方が貴方の心臓を取り戻すために私の力が必要だというなら手伝います。」


ワンダは呆けたサリバンなんてお構いなしに話を続ける。


「勿論、お嬢さまを助けるのが私の優先事項です。

それに、リントン子爵令嬢を手助けするとも言ってしまったので、

やる事が多すぎて手伝えないこともあるかもしれません。

ですが、それでもいいなら、貴方の心臓を取り戻すのも手伝いましょう。」

「それ、どういうことか分かっている?」

「そのままの意味ですよ。

貴方が心臓を取り戻すときに私が貴方に助力するということです。

…何か私、可笑しなことを言いましたか?」



「いや、言っていない。

でも、何と言うか……」


サリバンは言葉を止めて、小さく息を吐きながら、

ワンダの肩に額を乗せる。



「アタシはキミの名前が知りたいよ。」





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