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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「やあ、掃除係くん。酷い顔をしているね。」


綺麗な顔が綺麗な笑みを浮かべ、労わるように頬を撫でる。

表情は心配そうにも見え、けれどもまるで恋でもしているかのように目は光り輝いているようにも見える。

抱きしめ、頬を撫でるサリバンのあまりにも柔らかな仕草と表情にワンダは一瞬動きを止め、そういう状況ではないのに不自然に動き出しそうになる心臓を無視するのに必死になった。


「離れて下さい。近いですよ。」

「ああ、ごめんごめん。

身体があるからついさ。あー、身体っていいよね、キミを感じられる。」


軽く謝るがなかなか身体は離さず、ワンダが押しのける形でやっと離れることができた。

距離の近さを注意することなどを含め言いたいことはいくつもあったが、ワンダには何よりも聞かねばならないことがあった。


「説明をして下さい。」

「何をかな?」

「お嬢さまのことです。」


「お嬢さま」という言葉を発した途端にサリバンはつまらなそうに息を吐く。


「はあ。まあ、キミのことだからさぁ…

そうだと思ったけど、三日間ずっと看病していたアタシに御礼の言葉もないの?」

「…それは有難うございました。」

「ん、どういたしまして。」


やはりサリバン教授が見ていてくれていたらしい。

汚れた衣服は綺麗になり、身体も綺麗になっていたことを考えると何とも言えない気持ちになりそうになったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

ワンダが話そうとする前にサリバンは矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。


「まあ、とりあえず座りなよ。お腹が空いているんじゃないかな?

人間、三日も寝ていたら普通動けないものだけど、魔術で補助していたとはいえ、よく動けるね。そろそろ起きるだろうと思って食事をとりに行ったらもぬけの殻で驚いたよ。

本当にキミって大人しく休むことを知らないの?

仕事をしている時も思ったけど、基本的にキミは働きすぎだよ。」


サリバンは早口でぼやきながらワンダの手を引き、柔らかなクッションの乗せられている長椅子へ導く。

そのまま座らせられそうにったが、これ以上流されまいとワンダは頑なに椅子には座らなかった。


「座らないか…頑固だなぁ、仕方ない。

キミが座って食事をとるなら話をしてもいいよ。」


何かの魔術と思わしき光が目に入ったかと思うと、テーブルの上に温かな湯気の立つ食事が広がっていた。

食事は彩がいいため豪華にも見えたがよくよく見ると消化に良さそうな病人にも食べやすいものばかりで、こんなことさえなかったら体調の悪い自分の為に用意してくれたこれらの食事にワンダも感動していただろうことは間違いはなかった。


「お嬢さまが連れて行かれたのですよ?

そんな悠長に食事をとることなどできません。」

「連れて行かれたが今は策があるわけじゃないだろう?

キミだって今は何も出来ないと思ったから何もしなかったのじゃないの?」


確かに私は兵士と神官に先導されてお嬢さまが馬車に乗り込む姿を見つめることしか出来なかった…。


「何も出来なかったから今状況を把握してこれから何か出来るようにしたいんです。

それに、この後ナナバ庶務長に仕事を手伝うように言われています。

早くしなくては…。」

「掃除係くんの仕事はアタシの庶務なのだから、

アタシに仕事を頼まれたと言えばいい話さ。

安心しなよ、この前みたいに半刻で状況が変わるわけじゃない。

いい状況ではないけどソニア・バロイッシュもすぐにどうにかなる訳じゃないしさ。

まずは食べなよ、何も食べてない状況で頭が回ると思っているの?」


そう言うとサリバンは話が終わったとでも言うように焼き目がついた温かそうなパンをちぎり咀嚼を始めた。それも凄く美味しく楽しそうにだ。

ワンダは楽しそうに食事をするサリバンに少し驚いていた。これまで、サリバンに食事を持って行った時は全て食べてはいたがただ食べるというだけで決して美味しそうに食べてはいたわけではないように記憶している。


サリバンの美味しそうな表情とかぼちゃのスープと思わしきこっくりとした明るい橙色は目にも眩く、ワンダは自身の腹が動くのを感じる。

また、それと同時にもともとあった疲労感や痛みを思い出す。


何だか疲れたし、身体も痛くてお腹も空いている。

サリバン教授の言っていることは悔しいが間違いではないのだろう。

考える為にも食べなければ。


ワンダは膝の力が抜けるようにサリバンの隣に座り込み、自らも食事を始めることにした。


スプーンですくったポタージュスープは甘く優しいかぼちゃの香りが鼻に抜ける。

ごくりと飲み込むと驚くほど美味しく感じ、次々に口に運んでいく。


「ゆっくり食べなよ?」


となりで響く優しい声にワンダは「子どもじゃあるまいし」と思うが、すぐに久しぶりの食事に胃が追い付かず吐き気を覚える。


「ほら言わんこっちゃない。」


背中をゆっくりさすられ、ワンダは気まずくなりながら言われた通りにゆっくりと口に運ぶことにした。


食事を大方食べ終えるとワンダの緊張で冷えていた身体は大分温まり、身体が落ち着くと精神的にも落ちついた気さえした。


「職員や生徒がお嬢さまを『悪魔の封印を解いた悪魔』と噂しています。

悪魔と言うのは貴方のことですよね?」

「まあ、そうだろうね。」

「つまり『悪魔の封印を解いた魔女』は…」

「それは勿論、キミだね。」


嫌な予想は当たってしまった。

お嬢さまは私のせいで汚名を着せられ連れて行かれたのだ。

一体私は何をやっているんだろう。

お嬢さまを危険に晒さない為にここに来たのに全く逆のことをしている。


食事により少し回復していたところはすぐにすり減っていく。


事実を言って汚名を払拭できるならいいけど、

私が『悪魔の封印を解いた魔女』だと言ってもきっと誰も信じてくれないわ。


ワンダが知り得る限り、魔力が少ない人間が封印術を解くなんで有り得ない。

解術専門の魔術師が解くか魔力で無理矢理こじ開けない限り解けないから封印術なのである。


「貴方は…こうなると知っていましたか?」

「まあ、想定の範囲内だね。」

「悪魔の言う通りになんかするべきではなかったということですね。」

「そうかい?そんなことないと思うけどなぁ?

言ったらキミ、あそこから出るって言わなかっただろう?」

「当たり前です。」

「キミが出ても出なくてもキミの大事なお嬢さまは何処かの時点で排除されていたんだ。

それなら、キミが外に出てソニア・バロイッシュを助ける方がいいと思わないかい?」

「それが本当ならそうですね。本当なら、ですけど。」

「じゃあ、本当だから問題ないね。」


サリバンは朗らかに言うとパチンと指を鳴らす。

食事が乗っていたテーブルはデザートと紅茶に様子を変えた。

優雅に赤い紅茶を啜るサリバンに大いにワンダは苛立つが、

神官がソニアの印象を変える魔術を行っていたために、誰かがソニアを排除しようとしているのは明らかだ。


「話はもう終わりでいいの?」

「駄目です。

まだなんでお嬢さまが連れて行かれることになったのか聞いていません。」

「んーそうだねぇ

王都から兵士と神官がソニア・バロイッシュを『悪魔の封印を解いた魔女』として連れて行こうとしたんだけど、学園の職員も生徒も信じなくてね。

彼らはソニア・バロイッシュを差し出すことに抵抗し、当の本人も証拠の提示を求めた。

だから、職員や教員、生徒たち全員が真偽の審問にかけられることになったわけさ。

真偽の魔術陣では審問ができない生徒及び職員は寮に隔離され、王都に連れて行かれ枢機卿の審問を受けることになった。」

「それでお嬢さまを連れて行くために神官がお嬢さまの認識を変える魔術を行っているという訳ですか?

お嬢さまがそんなことする訳ないって言っていた人があの審問を受けた後、

お嬢さまをまるで悪役のように言っているのですよ!?そんな魔術あっていいわけないじゃない!」

「あれは魔術じゃない。魔法さ。

アタシがよく使っている悪魔が得意な魔法だよ。」

「…あの神官達は全員悪魔だとでもいうのですか?

魔術に優れた神官でもそんなに魔法は使えないでしょう?」


魔法なんて普通の人間に使えるものではない。

それこそ悪魔の力でも借りなければ人間が魔法なんて使うことはできないだろう。


「使えるよ。悪魔の血を使えばね。

特に悪魔の血は惑わすのが得意だ。認識を変える魔法なんて容易いんだ。」


要するにサリバン教授がどんな人かと聞けば全員が『サリバン先生は普通の人です』と答えることと同じってこと?

それに…


「彼らは神官ですよ?」

「そんなこと関係ある?」

「ご存知だと思いますが、わがイギシュラ王国では悪魔との接触は禁忌です。」

「じゃあ、キミは禁忌に触れる悪い女だね。」

「……茶化さないで下さい、サリバン教授。

禁忌を罰する神官が悪魔の血を使うとは思えません。

それに悪魔の血なんてそんなもの何処で手に入れるんですか?

私が知らないだけでそこら辺の魔道具屋にでも売っていると?」


有り得ないとまくし立ててからワンダはふと目の前のサリバンを見つめる。


「まさか……貴方が?」


サリバンは片手で詰襟のシャツのボタンを胸元まで外し、胸の中央にぽっかりと空いた虚ろを見せた。


「見てよ、アタシには心臓がない。

心臓がないから血も巡らない。

だからアタシはキミにだって血は渡せないんだ。」


サリバンは笑ってはいなかった。

恐ろしいほどの美貌は悲しんでいるようにも、虚しさを抱えているようにも見えたが本当のとことは何一つワンダには分からなかった。


「……。」

「ねえ、あの召喚室でキミの敵とアタシの因縁は同じものだって言ったのは覚えているかな?」


ワンダはこくりと頷く。

よく覚えていたし、聞かないといけないと思っていた。


「アタシはね、そいつに随分昔に心臓を貸したんだ。」

「その人は…」


ワンダは一度言葉を切った。


知るためには聞かなければいけない。

でも、これを聞いてしまうと何かが変わってしまうよう。


それでも問うしかないし、進むしかないのだ。


「その人は誰ですか?」




「イギシュラ一世」

「え?」


ワンダは裏返ったような素っ頓狂な声をだす。

それほど思いもしない人物だったのだ。


「イギシュラ一世だよ、知らないの?」

「もちろん、存じておりますけれど…

でも、イギシュラ一世ということはイギシュラ王国の建国時の王ですよね?」


「ああ、そうだよ。」



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