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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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本部棟へ向かおうと外廊下を歩くというより走るに近い足取りで通り抜けていく。

焦るワンダの頭を過ったのは庶務長ナナバの姿だった。


正確な情報を知っていそうな人に状況を確認しないと。


「ウェンディさん!」

「ナナバ庶務長!?」

「よかった、ウェンディさん!」


探していた人物に後ろから声をかけられ、ワンダは安堵して振り向いた。

ナナバ庶務長は高齢のため息が上がっている様子のためワンダがナナバの方に速足で向かう。


「探して下さっていたのですか?」

「ああ、そうなんだ。

そろそろ戻るとサリバン先生に聞いてね。」

「サリバン教授に?戻ると?」

「ああ、そうだよ。

戻ってきて早々で悪いけど、これから審問を受けてもらわなくてはならないんです。」

「審問?私が?ですか?」


ワンダは「審問」という言葉に眉をしかめる。

一般的に罪を疑われる者は教会の審問を受けることになっている。

勿論、これまでの人生で経験したことこそないが、教会には真偽を問う魔術陣が組まれ、教会で魔術を扱う神官が神の名の元に審判を下す。

神官のいない小さな村の教会であれば修道士が行うこともあるが、

基本的には魔術師かつ修道士である神官が行うことになっている。



さっきも神官と兵士がいたけど、審問を行っているからいるということかしら?



ワンダはまるで何のことか分からないという顔をしたが、死を偽り他人に成り代わり仕事をしている上に契約はしていないものの悪魔と関わってしまっている。


何かを疑われているとしたら不味いわね。とても。


「何か…私が疑われるようなことを?

私は主に背くようなことをした覚えはないのですが…。」

「ええ、もちろんですとも。

ウェンディさんを疑っている訳ではありません。

ですが、学園の教会で判断できる教職員は学園で簡単な審問を受けることになりまして…皆さんに審問を行っているんですよ。」


ナナバは「困りましたね」とぼやきながらワンダに後をついてくるように促す。


全員に審問を行っているということはこの場で逃げるのは怪しすぎる。


大人しくついて行きながら出来る限りナナバから情報を聞き出すことに専念することにした。


どうやらワンダはサリバンの用事で三日間、外出をしていたということになっていたらしい。

どれくらい扉の中にいたのかは分からないけど、扉の中に入ってから気が付くまで約三日間は経過している。


ナナバの話によるとイギシュラ国王から直属の命があり、生徒や職員を対象に審問を行うことになったという。


「なんでまた…そんな話に?」

「魔女が悪魔の封印を解いたと。」

「魔女がですか!?」


心当たりのあるワンダは混乱しながらもナナバの話に知らないふりで合わせ続けた。


「だから、生徒さん方が魔女の話をしていたのですね…。

あの、ナナバ庶務長!

さきほど、バロイッシュ家のご令嬢が馬車に乗り込む姿を見たのですが…。」

「ええ、枢機卿の審問を受ける必要がありますから。」

「枢機卿の審問を?」

「リントン子爵令嬢も含めて、魔力が他の者とは桁が違う方は学園の教会の魔術陣では裁けません。ですから、非凡な才を持つ者はほぼ全て王都へ向かっております。」

「なるほど、だから魔女の疑いがあると…。」


お嬢さまが悪魔と契約していることはない。

枢機卿の魔術陣を使った審問であれば、お嬢さまの潔白は証明される。

でも、この貴族の子息が集まる魔術学園で魔女の疑いが一度でもかけられてしまうのは…。



「まあ、バロイッシュ家のご令嬢が魔女で間違いはないでしょうから。」

「どういうことでしょうか?!」



ワンダが驚いて聞き返すとナナバが驚いたワンダを不思議そうに見ている。

まるでワンダが意外なことを言っているような顔をしているがその顔の方がワンダには不思議でしかない。


「あのソニア・バロイッシュ令嬢であればやりかねないでしょう?」


「あの」とは「どの」ソニア・バロイッシュだというの?

そんな言い方だとソニアお嬢さまに元から悪名があったみたいじゃない。


憤慨して喚き散らしたくなるのを必死で抑えながら、ワンダは思考する。

見聞きする範囲で侯爵令嬢であるソニアを悪く言える貴族は殆どいなかった。


当たり前よ、そうならない努力をソニアお嬢さまが欠かさなかったからだもの。

冷たそうな印象を受ける容姿も周囲への気配りを欠かさないことで緩和させ、ここ数年は私が小言を言う必要もなかった。

私の情報網でも貴族としての振る舞いは完璧なものだと評価されていた。

それにこの学園に来てからもお嬢さまの悪い噂は聞いたことがなかったのに…なんで?


「……バロイッシュ家のご令嬢には悪い噂でもあるのですか?」

「知らないのですか?傲慢なあのソニア・バロイッシュ令嬢を?

神の愛し子であるリントン子爵令嬢を苛めていたようです。

お茶会でも取り巻きの女子生徒と寄ってたかって…侯爵令嬢が嘆かわしい話ですよね。」


「………。」


明らかにおかしい。

ナナバ庶務長があまり誰かの噂をするような印象はなく、これまでも聞いたことがなかった。それなのにそれが当然みたいに。


「あのナナバ庶務長…」


ワンダはナナバに問おうとすると、ナナバの足はぴたりと止まる。

いつの間にか、別棟にある教会の裏までついていたようだ。

教会の裏口には兵士が一名立っており、金属で出来た長椅子に三名が座って順番を待っているようだ。


「さあ、こちらに座って待っていて下さい。」


ナナバが指で示したのその金属性の長椅子で、二名は恰好から見て、警備担当と食堂担当の職員、それから顔見知りである近代魔術のルイス教授の庶務だった。


「生徒の方は教会の正面入り口で審問を行っておりますので、

審問が終わり次第、そちらを手伝っていただいてもいいですか?」

「あのっ!!ナナバ庶務長!

サリバン教授に帰って来次第報告を頼まれているのですが…一度教授の元に行ってから審問を受けるというのは可能でしょうか?」


審問で真偽を問われた時、偽りを述べると魔術が作動してしまうと聞いたことがある。

嘘だらけの私は審問を受けること自体が危険だ。


「そうなのですか?どうしましょうか…?」

「サリバン教授への報告は直ぐ済ませますので!」


ナナバはワンダの提案を思案した素振りで、名案だというような顔をした。


「では、審問を受けたらすぐにサリバン教授の元に行き、報告を済ませたら戻ってきて下さい。

貴女は仕事が早いので出来れば早く手伝って欲しいのですが…サリバン教授の用事であれば仕方ないですね。

審問は貴女の番まで後三名ですし、そこまで時間がかかりませんのでそのようになさって下さい。」


ワンダは言い募ろうとしたが、ちらりと兵士がワンダの方を訝しげに見つめていることに気が付き、咄嗟に口を噤む。

ここで言い募るのは怪しまれる。


「教職員の審問は貴女で最後ですので、入ったら職員は全て終わりだと神官殿に伝えて下さいね。」

「…はい、承知いたしました。」


ナナバはいつも通り如何にも好々爺という笑顔でほほ笑むとゆっくりと教会の入り口の方へ向かっていった。

ワンダは周囲を軽く見渡して長椅子に腰かける。


「なんか厄介なことになったわね。」

「えっ?」


ワンダに話しかけたのは丁度隣に座っていたルイス教授の庶務の壮年の女性だった。


ルイス教授には買い物の付き添い以降、度々呼び出されていた為、この女性とも何度か話をしたことがあった。

高等教育を受けた聡明な女性はルイス教授に重宝されており、ルイス教授を「我儘だと」言いながらも我儘をいい塩梅であしらえる数少ない人である。

そんな彼女は酷くつまらなそうな顔をしている。


「ルイス教授も王都行きになっちゃったのよ。

あれだけの魔力持ちだから仕方ないんだろうけどね。

ルイス教授って本当の本当に!我儘な坊ちゃんだけど、よく出来る人だから抜けるのは困るのよ。近代魔術塔会も講義も、研究室も一体どうしろっていうのかしら?」

「ルイス教授もですか…。」

「そうよ、それに何でいきなり…バロイッシュ家のご令嬢が犯人みたいになっているのかしらね?

聖夜祭が近いから教会も気が立っているかしら?

でも、バロイッシュ家のご令嬢は聖女候補でしょう?一体どうしたのかしらね?」

「…そっ、そうですよね?」


この人はナナバ庶務長のようなことを言わない?

ワンダはほっとしながら、女性を見つめる。


「あの、私はサリバン教授の命で少し学園を離れていたのですが…何故バロイッシュ家のご令嬢が魔女と?一体ここ三日で何があったのでしょうか?」


ルイスの庶務は首を横にふり困った顔をした。


「分からないわ。

ルイス教授が枢機卿の審問を受けることになって、

出立の準備を手伝っていたらそんな話になったのよ。

とにかく生徒も学園も色んな話が飛び交って何が正しいのかも分からなくて…みんな混乱しているのね。」


「リザ・トータス、中へ。」


一人と入れ違いに声がかかり、話していたルイスの庶務は立ち上がり会釈をする。


「あら、私の番みたい。またね掃除係さん。」


そう言って彼女は気だるげにスカートを翻し、教会の中に入っていく。


ワンダは審問内容が聞けないかと耳をそばだてるが中の音は探れず、時間だけが過ぎていく。


暫くすると、先ほど話をしていたルイス教授の庶務が出てきて、次の人が呼ばれる。

一時的に兵士は教会の中にいなくなるため、会釈をして内緒話をするような声で労う。


「お疲れ様でした。」


そう言うと彼女は小さなため息を吐いて苦笑をする。


「ええ、本当よ。

早くバロイッシュ家の魔女が魔女だって証明されないかしら?」









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