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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「大丈夫!?ここにいるんでしょう!?」


聞き間違えるはずがない。

ソニアお嬢さまの声だ。


ワンダは取手に触りかけた手を下して完全に扉の方に顔を向けた。


「ワンダ、扉を開けてはいけないわ!貴女は悪魔に惑わされているのよ!」


なんでお嬢さまが扉の外に?


勿論、ワンダは訝しんだがソニアの声は極めて真剣なもので、

声に引き寄せられるような気さえする。


「悪魔は貴女を惑わして封印を解こうとしているの。

危険だということは分かるでしょう!?

私が助けるわだからお願いそこにいて。」


聞けば聞くほど、声はソニアのものにしか聞こえなくなっていく。

お嬢さまと疑いようもない声質にワンダの想像では扉に必死になりながら話しかけている様子が目に浮かんでしまう。


「…ワンダお願い、そこにいて。」




あの時みたいだわ。



ふと、ワンダは気が付くとバロイッシュ家の屋敷にいた。

あれ?何をしていたんだっけ?


首を捻ると薄いブルーの質素なシーツが目に映る。

あれ?私の部屋だ。

質素な部屋にはお金を貯めて買った本と、ハンガーにかけられた黒い使用人服が目に入った後、

廊下に続く部屋の扉が氷漬けになっていた。


そうか、今日は縁談の日か。

準備をして出て行こうとしたら部屋の扉が氷漬けになって出られなくなっていたんだった。


この日、ワンダは持ち上がった縁談に出かける予定だった。

そろそろ祖父が馬車を準備する時刻になったため、鏡で最終チェックをして出かけようとしていたところだった。

鏡を見ると、ブルーのよそ行きの服をまとった自身がいる。

私…こんなに幼かったかしら?

不思議な違和感に首を傾げと、扉の外から声がする。


「ワンダ、お願い、そこにいて。」


お嬢さまの声だ。

彼女の声はその時も真剣そのものだった。


「ワンダに相応しくないわ。

あの商家が貴女を選んだのは私のドレスに目をつけたからよ!

貴女がドレス選びに付き合ったと聞いて私に売りつけられると思っているのよ。」

「商人であれば当然の判断ですわ。

安心なさって下さい、私は上手くやります。」


ソニアの言うことなど既にワンダは調べ切っていた。


縁談相手の家は隣の領地の大きな商家で、長男は没落貴族を嫁に迎え家格を上げようと躍起になっている様子が伺える。

恐らく縁談はバロイッシュ家との繋がりを持ちたいのであろう。


確かにしがらみが出来ると、

これまでのように公平にお嬢さまの装飾品を選ぶことが出来なくなってしまうかもしれない。

けれど、お嬢さまに不利益になる場合は自身を担当から外して他に審美眼をあるものを選べばいいだけの話だ。


「~~っそういう話じゃないわ!!」

「悪い縁談ではありません。」


極めて冷静にワンダは言う。


「なら、何でワンダは嬉しそうじゃないの!?

縁談がまとまりそうになってからずっと考え込んでいるじゃない!

嫌なんでしょう!?」

「………。」


ワンダはギクリと身体を強張らせた。

つまらなそうな顔をしたつもりもなければ、嫌な顔をしたつもりもない。

いつも通りのつもりだった。


でも、見透かされていた。


正直な話、悪い縁談ではないと思いながらも乗り気ではなかった。

縁談相手の商人の次男坊は甘やかされて育ったことがありありと分かる上に誠意にかけている。

それでも、総合的に考えると悪い相手ではないのだ。

打算があっても婿でいいと言ってくれている。

それに隣の領地の市場を知ることが出来ればバロイッシュ家の領土にも恩恵をもたらせるかもしれない。

恐らくだが、祖父がこの縁談を承諾した理由は後者の理由が大きいのだろうとワンダは思っていた。


「隣の領地なら私が視察に行けばいいことよ。

確かに古狸たちは面倒だけど、貿易の件は何とかするわ。

嫌なら、私のせいにしなさい。

私の我儘で縁組の席に出られないなら角も立たないでしょう!!」


自分のせいなら、角が立たないと言いたいのだろう。

確かにあの家に対して私が断ったら「お高くとまっている」だの嫌な噂が立ち縁談なんか未来永劫来なさそうなことは必須だ。


馬鹿みたいなお人好しだ。


ワンダはその言葉を聞いて時には次の行動が決まってしまった。

氷漬けになっている私室の扉を無視して、部屋の窓を開ける。

私室は祖父母や他の使用人達も住む二階だが、窓の近くの木はしっかりしたものであった為、ワンダは窓から木の枝に手をかけ一階に降り立つと、外から私室に向かった。

祖父母を含めた使用人数名がお嬢さまを伺っており、

ワンダに気が付くと声は出さなかったが気まずそうに道を開けた。


お嬢さまは必死で扉の向こうにいるはずの私に話かけ説得をしているようだった。


説得する表情は必死で、

向こう側にいない人間に語り掛けている姿は間抜けで、

まあ、端的に言えば愛おしいと感じた。


「お嬢さま、詰めが甘いですよ。」

「……ワンダ。」

「約束ですので、行って参ります。」


後ろから声をかけるとお嬢さまは振り返り、睨みつけられる。


「お嬢さまは私が変えるまでに私が部屋に帰れるようにこの氷を溶かしておいて下さい。」

「…ワンダ!!!」

「いいですかお嬢さま。

受けてしまった約束は出来る限り守らねばなりません。」


これはお嬢さまにそうあって欲しいという願いであり、

そうあって欲しいと諭すためには自身もそうあらねばならないという戒めでもあった。


「貴女の提案はこの縁談を破棄しつつ今後の私の縁談を滞りなく進めるためにはよい方法です。

ですが、話にならないほどの悪手です。

貴女の我儘のせいにしたら、

私は貴女にとっての重要人物になってしまいます。」

「貴女は私にとって重要な人物よ!!」


この時ワンダは姿勢を正す。


「有難う御座います。

ですが、私は貴女の重要人物であってはいけません。

貴女は王妃になるのでしょう?」


ワンダは懐かしさで胸をいっぱいにしながら、元居た場所に戻っていた。、

祖父は断ったことでワンダを厳しく叱り、案の定まともな結婚話はこなくなった。


この時、お嬢さまに甘えてしまえばよかったのかもしれないと思うこともあるけど、

きっと私は何度やっても今みたいに同じ選択肢をとるわ。


まだ、ソニアらしき声は絶えず聞こえている。


「惑わされてはいけないわ!」

「………。」

「惑わされて、残るのは破滅のみよ。

分かっているでしょう?」


さっきはお嬢さまにしか聞こえなかったけど、あまりにも陳腐だわ。

まあ、悪魔が私を惑わして利用しているのはその通りだろうけど。


ワンダは自嘲的な笑みを浮かべ、小さい扉に手を触れる。

扉をそのまま、開けた途端、水の中に飲まれるような感覚があり、ワンダの身体は部屋の壁に勢いよく打ち付けられ磔にされていた。

ワンダは目を白黒させながらも溺れるような感覚を耐える。


苦しい!!息がっ!


藻掻きながら、視界さえも霞む中、青い光が部屋中に散らばる。

すると突然、息が入り込みその勢いでワンダはむせかえった。


「ゴホッ、ゲホッ。」


壁に磔にされていたワンダは床に転がり、息を吸い込もうと咳き込む。

身体中が痛い。


「わーあ、可哀そう。可哀そうだけど、やる事は分かっているよね?」


全く可哀想だとは思っていなさそうなのんびりとした声がワンダの耳に届く。

ワンダはぼろぼろの身体に鞭を打ち、手をついて起き上がる。

サリバンがワンダの前に立ちふさがって盾になってくれているようだった。


ワンダにはやはり何もない部屋にみえるが、恐らくサリバンが『何か』を止めているのだろう。


よろめきながら頷くと、ワンダは壁伝いに扉の元へ向かい壁いっぱいに封蝋のように印字られている魔術陣にナイフを突き立てた。

木に刃を立てた感触と何か柔らかいものを切るような感触の両方が腕に伝わる。

人を斬った経験は殆どないが、少しそれに似ていて気持ち悪い。

それでもワンダは腕を引き、魔術陣に傷を入れる。

封蝋のような銀は眩いばかりの発行の後、光を失い、ワンダはそのまま、倒れ込むように扉を押し開く。


開いた…。


ほっとして廊下に身を投げ出し、廊下にいた細い腕に抱き留められたような気がしたがワンダは既に意識を失っていた。




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