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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「…部屋の中にいるもの?」

「いただろう?

キミには見えない何かが、

そしてキミ以外には見える何かがさ。」



ワンダは少女の青ざめた表情を思い出す。


あの子は何かを見て震えあがって動けなくなっていた。

私に魔術で何とかしろと指示されたら詠唱して壁を作り出せるような力がある子が咄嗟に動くことが出来なくなるものとはどのようなものだろうか?


魑魅魍魎を想像し、ぞわりと背筋が寒くなる。

しかし、怯える暇もなくワンダはサリバンに横抱きで抱えられていたのだ。


「うわっ、何するんですか!?」

「こうやってちゃんと傍にいないここから出られないからさ」

「他に方法はないのですか!?」

「キミの顔も見て話すことができるから効率的なんだ。」


サリバンはそう理由になるのかならないのか分からないことをいいながら、いつもの通り飄々と笑っている。

そのままの状態で二、三歩進み自分の血で円を描いた魔術陣の中央に入ると、ワンダには理解できない言葉を紡ぎだした。

ワンダはもっと抗議の声を上げようとしたが、サリバンの声があまりにも綺麗だったから口を自然と噤むことになってしまう。

高すぎも低すぎもしない声は静かで話しているようでもあり歌っているようにも聞こえる。


教会を否定する気はなかったが、讃美歌を聞いて美しいとは思えど、

神秘的だと話したり心が洗われるようだと言った人の気持ちは分からなかったのに不思議ね。

端から勝手に神様に見捨てられていると感じ、信心深くないことがこの原因だろうけど、

悪魔の詠唱の方が美しく感じてしまうのも考え物ね。


ワンダはあまりにも耳障り良いその音をずっと聞いていたいとさえ思っていた。


サリバンが歌い終わると、足は床から魔術陣ごと浮き上がる。

ワンダは軽い酩酊感を感じながらサリバンだけを見つめていたが、天井まで届いてしまうところで興味もあり下を見た。

随分上まで上がってしまっていたようでワンダは驚いた後にもう一つの驚きでサリバンの腕から抜け出そうとするような動作をとってしまう。

無論、それはしっかりとサリバンの腕に塞がれたのだが、ワンダが見た光景に目を開けたり閉じたりした。


あれ…?これって?


小さくなった祭壇のような場所はワンダも当然みたことがあるものにそっくりだったのだ。


「サリバン教授…」


ワンダはそのことをサリバンに聞こうとサリバンを見ると視線が絡む。

サリバンはワンダをずっと見ていたようでにんまりと笑う。


「掃除係くん、歯を食いしばるといいよ。」

「えっ!?」


驚いた声をあげるや否や上から押しつぶされるような圧力がワンダを襲う。

そうかと思った途端、今度は突然放り出されたように圧迫感がなくなり、あったはずの天井も何もかもがない真っ暗な空間に放り出される。


「ひぃ」


小さくワンダ声を上げると空かさずサリバンはワンダを捕まえ、ワンダは捕まえた男の首にしがみついた。

サリバンは弧を描いた口の角度を更に吊り上げると上へ上へと加速をつけて跳び上がっていく。


落ちて来た場所を上に上がっている!?


魔獣に乗る騎士でも体験したことはないだろう速度は速度だけで目が回る。

その上、サリバンは時たま何かを避ける様に突然下に下がったり旋回したり緩やかになったりを繰り返すのだ。

特に下に少し下がる時の感覚はまるで体の中にある臓器が浮いてしまうようで、生きた心地がしない。


暫く現実逃避のために様々なことを考えていたのだが、ふいに耳元でサリバンの声がする。


「そろそろ到着するけど、大丈夫かな?」


そんなの全くもって大丈夫ではない。


「…っもちろん、大丈夫です。」

「わー、それはよかった。とっても心強いねぇ?」


サリバンの声は明らかに馬鹿にしているものなのは仕方のないことだろう。

ワンダは揶揄い口調のサリバンを無視して真面目に問いかけることにする。


「あの、サリバン教授。

一応確認しておきたいのですが、上には何がいますか?」


ワンダがそう言うとサリバンの上へと向かう速度は緩やかになった。


「分からないよ。アタシは見ていないからね。

でも、キミが見えず、キミが見えないなら…それはきっと実体がない。

つまり魔力だけの存在だということは確かさ。」

「魔力だけの存在?そんなものもいるのですか?」

「精霊や一部の妖精、亡霊と言われるものなんかもその類だよ。まあ、色々あるけどね。」

「そう、なんですか?…知りませんでした。」

「だろうね、この国ではそういう風には伝わっていないからね。」


実体がないということは斬りつけても殴りつけても無駄ということか。

納得して大きく頷いた。


「つまり、闘おうと思うだけ無駄な存在ということですね。」


「ふはっ!確かにその通り、ふふ。」


声を出して笑い出したサリバンの肩の震えはワンダが軽く叩いても強めに叩いてもなかなか止まらない。

至極真面目に言ったことを可笑しくてたまらないというサリバンの様子にワンダは苛つきを覚える。


「……別に面白いことを言ったつもりはないのですが?」


低い声で言うとサリバンは全くすまなく思ってい無さそうに謝る。


「そうだね、ごめんごめん。

いやぁせっかくだから惑わさなきゃなと思ったんだけど、

キミが会った時と同じであまりにも魔に魅入られないし、付け入る隙がないから面白くなってしまった。」


現在は共闘関係にあるにも関わらず惑わそうとする悪魔にワンダは頭が痛くなる。


「惑わしていいことなんてないでしょう?」

「人はアタシを悪魔と呼ぶからね。

悪魔としての性だよ、キミが死にたくないと同じようなものさ。

…さあ、そろそろ時間だよ。」


眉間に皺を寄せたワンダの額にサリバンは自分の額を重ねて囁く。


「ねえ、掃除係くん。ここから出ようね。」

「当たり前です。」


そう、ワンダが言うと、唐突に身体が波にさらわれるように凪いだ。

思わず声を上げそうになるのをワンダは自らの両手で口を塞いで押しとどめた。


まるで水の中にいるような感覚だった。

まっすぐ前を見つめ何もかも見逃さないように水中で目をしっかりと開くようなぼんやりとした視界は先ほどの内臓が浮く感覚よりは遥かにましだが、それでも不快である。


ワンダの足はふわりと床に着地し、『深遠の召喚室』に戻っていた。

すぐさま床にしゃがみ込み、這いつくばる。

音を出してはいけないと言われている為、呼吸にさえ細心の注意を払うことにする。

這いつくばると床に小さなガラス片が散乱しているのがよく分かり、急いで歩いたらブーツでガラスを踏んでしまい、音が出てしまっていたであろうことがありありと分かる。


既にメイナードが灯した魔術光は消えており、室内は一点を除いて薄暗い。

目が慣れていなければ周囲の状況など一切分からなかっただろうが、真っ暗な中にずっといたせいもあってか状況が全く分からない訳ではなかった。


暗いけど、出口の場所はよく分かるわね。


床に描かれていた魔術円陣はそのまま入り口の扉に印字られ銀色に輝いている。

ワンダが傷をつけろと言われている魔術円陣は通常特殊なインクや血液などで描かれているはずだがどことなく円陣自体が浮き上がっているようにも見える。


まるで封蝋みたい。


バロイッシュ家の公式な手紙は勿論封蝋がされている。

主人が書いた手紙に封蝋をすることも多くあった為何となく懐かしい気持ちさえした。

ワンダはサリバンをこの部屋に呼び込むために小さな扉を開けようと、部屋の中央に向かう。

部屋の中央の方にはそれほどガラス片が落ちている訳ではなかったが、中途半端に割れた小瓶があることに気が付く。

小瓶の中には少量の液体が残っており、それは魔術円陣の銀色と同じ色が輝いていた。


そう言えば、この部屋に少女と一緒に入った時に見た魔除けの品の中に「液体銀結晶」があったわね。

液体銀結晶といえばとても高価な魔除けの意味合いが強い魔術素材である。

あらゆる魔を遠ざける効果があるが貴重なもので、魔獣除けに贈答すると喜ばれると聞いたことがあるわ。

液体銀結晶をこんなにもふんだんに使うなんて…

悪魔を封じるには相当な経費が必要となるのは違いないだろう。


こんな準備までして、サリバン教授を閉じ込める理由があるだろうか。


ワンダは小首を傾げながら、音を立てないように割れた小瓶を慎重に動かす。

やっとのことで、部屋の中央にたどり着く。

やはりそこには黒く小さな扉がある。



ワンダは小さな扉に手を伸ばした。



「大丈夫!?ここにいるんでしょう!?」


取手を掴もうとした手をワンダはピタリと止めた。

魔術円陣で閉じられた扉の方からよく知る声がするのだ。


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