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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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サリバンの瞳は弧を描く。

ワンダの心臓は間違いなく高鳴っているのだがこの高鳴りは例えば少女とメイナード殿下が繰り広げているだろう甘酸っぱいようなものではない。


もっと、生存本能に訴えかけるようなそういう類いのもの。


少なくともワンダはそう考え、虚勢と自己防衛で声に力が入っていた。


「そんなことよりもっ!」

「そんなことってキミが言い出したんだろ?」

「…それはそうですが、それよりも…」


それよりも、胸に穴が空いたままで大丈夫なのですか?と言おうとしたがサリバンの顔は鼻がつきそうなほど顔を近づいて囁く。


「それよりも?」

「っ~!!!逃げないので離れて下さい、近いです!」

「んー…キミって惑ってくれないよね。」


サリバンはやれやれといったように抱き寄せていた腰を離し、棺に座って伸びと欠伸をして距離をとったワンダに顔だけを向けた。


「それで?なんでキミがこんなところにいるのかな?」

「私が聞きたいくらいです。

ですが、恐らく学園本部棟大会議室近くの部屋からここに行きついたのか…

もしくは誰かに拉致されたのだと思います。」


ここに来た経緯をまとまりなく、けれども分かる範囲で嘘偽りなく説明した。

分かりにくい説明だったはずだが、サリバンは不謹慎なほど嬉々として話を聞いている。

ワンダは話しをしながらもやはり『助けなければ』と思い込んでしまった原因である胸の空洞をチラチラと見てしまう。気になって仕方がないのだ。


でも、話が出来ているということは問題はないってことなのよね?

やっぱり魔の者ってわからないわ。


ワンダがひとしきり話し終わるとサリバンはにっこりと笑う。


「へえ!なるほど、なるほどなぁ!

つまり『ここから出る為に、アタシをここから出した』ってことかな?」

「え?」

「?」


ワンダは全く予想もしていなかった話に口を半開きにして声を上げると、今度はサリバンが不思議そうにワンダを見た。


「んーえ?なぁに?違うの?」


「………。」



全く納得が行かないようすで再度問われるとワンダは自分の思考の沼にハマっていくのを感じる。自分の行動の意味が分からないのだ。


帰り方が分からなくて困っていたのは事実よ。

でも、棺を破ろうとしたのはこのサリバン教授を助けなくてはならないと思ったからだ。

恐らく、それは人間としてはそれで間違っていない気もする。

例えば怪我をしている知り合いがいても私は同じことをしたかもしれないしだから、助けるのは当然だ…よね?

でも、私はサリバン教授が人間じゃないことを知っている。

そもそも、心臓が無くて棺に入れられていれば助けるも糞もないはずよね。

『死んでいる』って思う方が正常よ。


ひとしきり考えた後、サリバンが言ったように「ここから出る為に、サリバンをここから出す」という方が合理的だということがワンダの中で結論づけられ、ワンダはどんどんと表情を厳しくしていった。


「ねえ、もしかして体調悪い?疲れて喋れないとか?」


サリバンはそう言ったかと思うとぼんやりと青くて赤く閃光する光を右手に出してワンダの額を軽く撫でる。

すると柔らかい爽快感が頭を通り抜け、酷いだるさが幾分かましになった気がした。


「どう?少し楽?話せる?

黙っていたらアタシも困るんだけど。」

「別に困らないでしょう?」

「いや、困るよ。アタシはだいたいのことは分かるけど、キミのことはキミしか分からない。アタシが勝手に考えてもいいけど、それは妄想でしかないだろう?」


サリバンの言うことがワンダには正論に感じられ、ワンダは仕方なく口を開く。


「…その、貴方を見た時心臓がなかったので、何とかしないとと思いまして。

いや可笑しいのは分かっています。

だって人間だったら心臓がないならどうしようもないですし、

それに棺に入っているなら死んでるって考えるのが普通ですよね。

今考えれば分かるのですが…先程は助けることしか頭になくて…。」

「やっぱり、キミ、アタシを助けようとして棺の蓋を叩き割ったんだ?」


ワンダは眉間に皺をよせ、苦々しい表情を作った。


「助かるじゃなくて?

アタシを助ける!?掃除係くん!!アタシを!助けようってそう思ったのかい!?」


サリバンは飛び出すように棺から出て床に足をつけた。

再びサリバンとワンダの距離はずんずん近くなる。

サリバンの迫力はすさまじく、目は爛々としていたため、やっとワンダはサリバンの違和感に気付いた。


何だろう?……生々しい?


表現が正しいかは分からなかったがワンダはサリバンの現状をそのように捉えた。

これまでは意識していなかったが、今思うとワンダはサリバンに危機感というのを感じたことがなかった。

近づかれても、抱きしめられても、悪魔だと分かっても、悪魔だからこそ心理的にそそのかされる可能性はあっても、肉体的な危機感は全くもってなかった。

それこそ、もしも一緒に寝ることがあっても、そういう想像すらしないでいれる気さえした。

でも、今はサリバンにそんなつもりが全くないとしても私が勝手に警戒してしまうかもしれない。


「…それで?どうなの?

キミはさっき言ったみたいにキミ自身のためじゃなくて

アタシのためにアタシをここから出したってことでいいのかな?」

「貴方のためとは考えていません、ただ単純に早く出さないとと思っただけです。」


だから、乱暴に行動してしまった。

理由を並べたところで綺麗な硝子の蓋の棺を叩き割るなんて正気の沙汰ではないのだが仕方のない話である。


「そっか。」


いつの間にかサリバンの表情はなくなっていた。

無表情のまま何も言わないサリバンにワンダはいたたまれなくなりながら、何故、自分の行動を可笑しいと思わなかったのだろうと自問自答を繰り返す。


棺の蓋を割ったときのサリバンは正気の沙汰ではなかった。

まるで、悪魔みたいだった。




「ありがとう。」

「…え?」


あまりにも耳障りのいい優しい声が撫でるように耳の鼓膜を揺さぶった。


「出してくれてありがとう、掃除係くん。

実はずっと前からそろそろ出たいなって思っていたんだよね。」

「いえ。」


悪魔のような高笑いしたのも、いつもみたいに飄々とああ言えばこう言うのも、今みたいに優しく笑うのも恐ろしいことに全てサリバン教授だ。


ワンダは不本意ながら身体の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。

サリバンに礼を言われるのは悪い気がしなかったからだ。



そんなこともつかの間でサリバンは直ぐにいつもの飄々とした調子に戻った。


「んー、でもどうしようかなぁ~。」

「何がですか?」

「キミがアタシをここから出した理由が『ここから出たい』だったら、すぐにここから出られるんだけど、そうじゃないでしょ?

でもキミって後一刻くらいでここから出ないと詰むんだよね~。


「詰む!?どういうことでしょうか?」


ワンダは片眉を吊り上げて不穏な言葉を聞き返す。


「そのままの意味だよ。

『チェックメイト』

『王は死んだ』

まあ、どうなるかくらい君もよくわかるんじゃないかな?」


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