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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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私の夢には色がある。

といっても彩色豊かな鮮やかな夢ではなく、思い出すと何となく色がついているような程度のものだ。

下手すると「リンゴだから赤かっただろう」という曖昧で不明確さすらある。


でも、この夢には明確な色彩があった。


深い青に嘘みたいな赤が混じった水の中に水しぶきも立たないほど鋭角に落ちて、つつまれていく。


私はそんな夢を見た。






「うっ…。」


痛いな。

全身が痛い。


「うう…ん。」


自らの苦悶の声で意識が浮上する。


身体中に鈍い痛みがあるのはいいことではないが、ワンダは身体の痛みにほっとしていた。

痛いということは恐らく死んでいない。

痛みによって生を実感するのはどうかと思わないこともなかったが、今回ばかりは仕方ないと自分の安堵を認めて薄く目を開いた。


まずは手の感覚を確認する。

痛みはあるがちゃんと思い通りに動き、痺れなども感じられない。

周囲は薄暗いもののあの魔術陣のあった部屋よりは明るく、色彩を確認できるほどには暗くなかった。

手をしげしげ眺めると、甲には切り傷が幾つか見られる。


硝子で切ったような感覚があったから、その傷かしら?


傷はあるが血が流れだしたり、滲んでいる様子はない。

ゆっくりと身体を起こすと血の気が下がるような気持ち悪さに襲われ、両手をついて倒れ込むのを抑え込んだ。

暫くそうしていると気分の悪さは徐々に薄れ、見える範囲の身体の状況から徐々に確認を始めた。


足にも数か所、同じような切り傷がある。

刺さるような痛みはこの切り傷が原因のようだ。スカートや羽織っていた職場から配給されている灰色のローブも端々が切られてしまっている。

筋肉や関節の痛みは長時間寝ていた後や寝違えたような鈍い痛みに近い。


もしかすると、気を失って大分長い時間になっているかもしれない。


そう思って懐から懐中時計を取り出したが、懐中時計の針は動いていない。時間を確認できない時計をしまいながらワンダは重いため息を吐いた。


それにしても酷い恰好ね。

スカートは二枚しかないし、ローブは一着のみしか配給されていないのに切れてしまうなんてうんざりする。

戻ったらスカートは買いなおして、ローブはなんとかして繕わないといけないわね。


もしもと考えるその思考をワンダは鼻で笑った。

正直な話、ワンダはここから元の場所に戻れる気がしなかった。


単純な諦めや疲労ではなく、あまりにも状況が分からないなかで

元の場所に戻る算段を立てられる人間が魔術師でも何人いるだろうかと問いただしたい気分である。



「何なのかしらね?ここは。」


広く高い天井をみながらワンダは思わず呟いていた。

アーチを描く天井や白く長方形なこの場所は何となく教会に似た造りをしているのは確かだ。


教会にしては大規模だから…大聖堂とでもいうのかもしれない。


ワンダは大聖堂には行ったことがないため、大聖堂がどういったものかは知らないが、

もしも誰かにここが由緒ある立派な大聖堂とでも言われたなら「なるほどこれが大聖堂なのね」と納得する自信があった。


あの部屋から落ちたということを考えればここは『アルテ魔術学園の地下』ということになるわね。

でも、倉庫として使われている地下室以外にこんな場所があるなんて聞いたこともない。

空間移動の魔術はそんなに易々とできるものではないはず…。

やっぱり、まだ夢を見ているのかしら?

そもそも有り得ないことが起こりすぎていて、夢でいいし、出来ることなら目を覚ましたい。


気休めに瞼を押さえぐりぐりとマッサージしてもう一度しっかりと見るが状況はなんら変わらなかった。

痛みもあり、四肢の感覚もしっかりとしているし、少女を扉に押し込む時に力んだことで出来た口腔内の傷から滲んだ血の味も僅かに残っている。

どう考えても夢にして現実味が強すぎる。


起きた時から直視しなくても存在感を誇示する階段は荘厳で先に何があるのかはここからは分からないほど遠い。


ならば後ろは?と考えるだろう。

それはワンダも考えており、後ろを確認すると、通常の教会ならば背後には廊下やら扉やら部屋やらがあってもよさそうなものだがそんなものはなかった。

ただただ白い艶やかな石の壁と装飾の施された柱が伸びているのだ。

一応と考えて石の壁を握りこぶしでノックしてみたが、壁の向こうに空間がありそうな音は聞こえず、

ただ石の壁を殴って痛いだけという始末だった。



つまるところ、行き先は階段だけということになる。



こんなに幅の広い階段は階段としての意味があるのかしら?

階段は空間と空間繋ぐためものじゃないの?

流石に…登ったら階段以外のものがあるのよね?


いくつもの疑問は浮かぶが疑問が浮かんだだけでは解決しないということをワンダは良く知っている。

何もなかったらここで飢えて死ぬしかないのだ。

そのことには勿論気が付いていたがあえてそれは考えないことにしながらワンダは痛む身体に鞭を打って立ち上がると、ゆっくりと階段を登り始めた。


階段を一歩一歩昇るごとにワンダは風景に既視感を感じるようになる。

初めは何かに似ているなという感覚だったが、

昇るごとに輪郭が浮き出るようにとある絵画を思い出した。

目の前の光景はこの国の人間であれば誰もが知っている有名な『玉座の間』という絵によく似ているのだ。

ワンダが似ていると思った『玉座の間』という絵画はその名の通り王の謁見の間を描いた絵画である。

イギシュラ王国建国の王の神聖さを象徴づけるその絵は階段の先に光り輝く王がいるところを仰ぎ見ている構図が印象的だ。

大抵どこの教会にもその絵の模造品が飾られているその絵はイギシュラ王国の国民であればだれも知っている。


ワンダはソニアが王都から戻ってきた時の言葉を思い出していた。


「玉座の間はもっと質素で階段もなかったわ」と言っていたから作者は空想を描いているのだろうと思っていたけれど、こんなにもそっくりな場所があるとは驚きね。

そっくりといっても眩しい光と白い階段だけの絵なので何が似ているとは言い難いはずなのだが似ていると言ったら似ているのだ。


「それにしても…長いわ。」


少女と『深遠の召喚室』に行くために階段を登った時は息切れなどはなかったが、ワンダの息は上がっていた。

つまり大分長い間階段をひたすら昇っていたということになる。


いつまで上がればいいのだろうと何度も考えたが、

永遠に上がり続けるなんてことはなく、

汗を滲ませながらも階段の最上部が見えてくる。


薄明るかった光は段を上がるごとに嫌でも感じざるを得なかったのは眩しさである。

のぼるごとに光源が強くなり、

最後の一段に足をかける頃には眩しくて薄目でしかいられない状況になっていた。

やっと最上段まで来たのに、目が開かない。


それでもワンダはなにがあるのか見ようと目を凝らした。


「…棺?」


床が発光しあまりにも眩しすぎるため、ぼんやりとしか状況は分からないが床が光源の中心部に祭壇のようなものが見える。


ここが教会に似た造りだから祭壇や棺のようにみえるのかしら?

それとも本当に祭壇?

本当に棺なら縁も所縁もない私が帰り道を探す為に横たわる死体を興味本位で覗き見るのは良いことのようには思えない。


平時のワンダであれば絶対に近づくという選択はしないであろうことは確かである。

諦めようかと階段を振り返る。

ぞっとするような白く無機質な長い長い階段と何処に通じることもないただの壁が目に入った。


戻るという選択肢はないわね。


ワンダは神に祈る態をとって両掌を絡ませる動作をとることにした。

そうすることで幾らか足を踏み入れる許可を取ったと自分に言い聞かせることが出来る気がする。

何かが起こるのではないかという緊張を持ちながらワンダは足を踏み入れる。

足は何事もなく踏み入れることが可能で拍子抜けしてしまう。


「…あれ?」


その上、眩しいことには眩しいがあそこまで眩しかった光源の中にいるはずなのに目を閉じていなければならなくなっている。


発光は魔術によるもの?


よくよく見ると白い床に魔術陣が描かれている。

全面に描かれた魔術陣は、やはり何の魔術陣かは分からなかったが、先ほど見た封印魔術陣に似ているようなそうでないような気がしてやはり何が何だか分からない。


疑問を浮かべながらもワンダはとりあえず足を進めていき、

そしてとうとう祭壇らしきものの正面に着いた。


祭壇らしきものだと思ったものは何処からどう見ても祭壇である。


祭壇は遠目から見るよりも大きく、そして繊細な装飾が施されていた。

祭壇の上の棺は白い大理石のような石で出来ており、葬儀だったとしても少々やりすぎなほどに丁重な印象を受ける。


それに…もしかして、蓋は硝子で出来ている?

石の棺も硝子の蓋も棺としては珍しい。

もしかして、棺じゃないのかしら?


どちらにせよ、繊細な装飾が施された踏み台を登れば中を拝見出来そうなのは確かだ。

その様に考えたワンダは腹をくくって踏み台に足をのせ、

棺の中を覗き込んだまま、

息をのみ込んだ。



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