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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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少女は細い廊下を通り、

随分と回り道をして図書室の方向に向かったかと思ったが図書室も通り過ぎていく。


てっきり図書室の禁書棚に向かうと思っていたワンダは首を傾げた。


「図書室じゃないのね。」

「そうなんです!

カーティスくんに相談したんですけど、今学園長がいなくて…

禁書棚の禁書閲覧の許可、下りなかったんです。」


ナナバ庶務長からその様な話は聞いていなかったが、学園長がいない?

サリバン教授だけでなく学園長もアルテ魔術学園から不在にしていたなんて初耳ね。


「じゃあ、どこに行くの?」

「深遠の召喚室です。」

「………なんだか凄い名前ね。」

「も~引かないで下さいよ!

ちゃんとした道順を通らないといけない大それた部屋なんですから…!

それに召喚スキルも魔術スキルも上げないと駄目だから、

メイナードくんとカーティスくんにお願いして勉強ばっかりしてました!

これまでの人生で一番勉強した三週間だったと思います!!」


階段の踊り場で少女はくるりとスカートを翻し、ほらと言って手を見せる。

小さく真っ白な右手の指にしっかりとしたペンだこが出来ている。

少し不貞腐れたようにソバカスのある鼻先をぐりぐりして、けれども褒めて欲しいとせがむような目をする。


「よく…頑張ったわね。」

「うっ!!はい。

だから、その、多分…深遠の召喚室に行けます!!」

「その…凄い名前の召喚室には何があるの?」

「ゲームだと面倒な条件を満たさないと入れない場所の上に物語には必要のない便利なだけの道具がある隠し部屋です。

悪魔に関する物が置いてあるってテキストに書いてあったんです。

禁書棚の魔導書が読めないならそれしかないかなと思って…まあ、それだけで無駄な努力なのかもしれないんですけど。」


「この世の中に、無駄な努力なんてないわ。」

「そう…ですか?

そんなことを言えるのは努力が実っているからだと思うんですけど。」

「必ずしもそうではないわ。

私の場合はそう思い込んで自己肯定しているだけよ。

頑張った自分を無駄というと虚しいだけでしょ?

だから、努力には必ず意味があるってそう思い込もうとしているだけ。」


言い切るワンダに少女は眉間に皺をよせるような複雑な顔をする。


「それって…どうなんでしょう?」

「さぁ、いいのか悪いのかは分からないし万人に適応する考え方ではないとは思うわ。

でも、努力が結果に結び付かなかったとしても私は貴女を凄いって思う。」


そう言ってワンダは少女の柔らかい髪をなでた。

少女は一瞬ぽかんとしてくしゃくしゃに笑ったあと、照れながら「さあ、行きましょう!!目的地はまだ先なんです!」と言って階段を駆け上がっていく。


一生懸命頑張るところはお嬢さまも同じだが、この子はこの子の良さがある。

この少女は素直に人を頼ることが出来る。

それもまたこの子の素晴らしい才能なのだろう。


少女は息を荒くしながらも楽しそうに話して階段を最上階まで登り切った。


「掃除係さんは全然大丈夫そうですね。はあ、凄い…体力あるなぁ。」

「基礎魔術塔を登っていますからね。」


少女について階段を上がってついた先はサリバン教授の掃除係に任命された『九学会議』が行われる大会議室がある最上階だった。


本来なら『九学会議』の時のように一階から直通の螺旋階段を使ってこの階に行く道順が一番早いはずなのだが、食堂を通り、最も端の狭い階段やら行く必要のない廊下を通ってここまできた。


「本当に随分な遠回りしたわね。」

「え…ええ、ゲームなら疲れないけど、実際に行くとなると大変ですよね。

でもこの道順を通ると魔術円陣を描くことになるので…

はあ、この道順を通ることが必要なんですよ。

でも!!もうヤダ!!無理、ああ~疲れた!」


少女は制服と呼吸の乱れを何とか整えると大会議室の入り口のあるホールに向かう。


すると大会議室と反対側にある豪華な扉の方に人影があった。

真直ぐ伸びた背筋に茶色の髪、一般の生徒の制服に肉付けした制服。


少女は花が咲いたような笑顔を浮かべて頬を高揚させると背の高い方の青年へ駆けていく。

にこりと笑う緑色の瞳は少女を溶かすように見つめていた。


メイナード殿下…。


ワンダはその人物を認識した途端、身構えてしまう。

ソニアの婚約者メイナードとワンダが会うのは勿論初めてではない。むしろソニアがメイナードに会う時は必ず付き添っていたくらいだ。

だからこそ、ワンダはメイナードの視界には出来る限りはいらないような注意を払っていた。


メイナード殿下にとってはお嬢さまの「ただの侍女」である私を覚えている可能性は低いけど、覚えていないという絶対はない。

お嬢さまに危険が及ぶ可能性があることは絶対にしたくなかったけど…

ここで逃げ出すわけにもいかないし、

これはもしかするといい機会なのかもしれない。


ワンダには確かめねばならないことがあった。

バロイッシュ家当主マルスからの便りを受け取ったのは一週間前の話だった。


以前ジジに託した便りには『メイナード殿下はマリーが犠牲になることを知っているのか?』と『聖夜祭の儀式が何を行う儀式なのか?』という趣旨を問うた。

前者に関しては知っていて『マリー』に好意があるように接しているのと

知らずに『マリー』に好意を抱いているのとでは話が全くことなるからだ。


マルスからの返答は『生贄のためのマリーの召喚は第二王妃の一存である行われたらしいが、メイナード殿下の認知は不明』とのことだった。


ならばメイナード殿下の立ち位置を確かめることはお嬢さまの為にも知る必要なことだ。



ワンダは二人にゆっくりと近づき、穏やかに笑った。


「こんにちは、メイナード殿下。」

「…君は…。」

「サリバン教授の庶務をしております。

生徒の皆さんからは『掃除係さん』と呼ばれていますわ。」

「そうか、マリーが世話になっているようだね。

礼を言うよ、有難う。」


少し垂れた目が弧を描き、心情は読み取れない。


やはりコーネリアス様よりも場慣れしているわね、掴みにくい。


「いいえ。私こそリントンさんと話すととても楽しいですので。」


ぺこりと礼をするとメイナードは頷き少女の方に向き直った。


「それで?マリー?

言われた通りの道順で来たけど…?」


メイナードは道順が図示された紙を少女に差し出した。

少女はその紙を受け取り、嬉しそうにぴょんと跳ねる。


「うん、ばっちりだよ!有難うメイナードくん!!」


ワンダは少女に近づき「見てもいいですか?」と紙を覗き込みそのまま自然とその紙を手に取る。

ワンダと少女が通ってきた道順と同様に随分と複雑な道順である。

大雑把にではあるが、ワンダは頭の中に道順を思い描く。


なるほど、メイナード殿下は魔法陣の半分を描き、私達がもう半分を描いてここに来たというわけか。


そうしている間に少女は豪華な扉を守るガーゴイル像の首元に触れていたようだ。

ワンダはくくっていた髪が揺れたことに気付き少女の方を向く。

何かしらの魔術を使っているのだろう、柔らかい彼女の髪がふわりと内側から湧きだすような風に揺れ、やわらかな温かい色の光が満ちる。


可憐な少女が光を放つ姿というのは実に神秘的だ。

暫くすると、その光も風も落ち着いた。


「…す、凄い。」


メイナードが呟くとワンダは視線を彷徨わせた。


何か変わったかしら?

周囲の状況は何も変わっていない…ように見える。

立派な扉はそのままだし、ガーゴイル像が本物になっているなんていうこともない。


「いきなりこんな立派な扉が出てくるとびっくりしますよね!」

「えっ…?」

「あっ、ああ…驚いた。

マリーが言ったことは本当だったんだな、こんなところに扉が現れるなんて…。」


ずっと扉はあったじゃない…。


最初にナナバ庶務長に本部棟を紹介された時から、ワンダはこの扉の存在を知っていた。

ただ、この階自体が神聖な雰囲気だったため、一般職員では立ち入ることのできない貴賓を迎えるような部屋だと思っていたのだ。

だから、ワンダはナナバに「何の部屋ですか?」と質問をしなかっただけの話である。


「本当に入っても大丈夫なのか?」


メイナードは恐る恐る扉に触れる。


「うん、大丈夫なはず!別に魔獣がいたりとかはしないから。」

「リントンさん、この扉は…?」

「魔術陣を二人で描いて、そこのガーゴイル像に魔力を込めると現れるんです。

不思議でしょう?」



私だけが見えていたってこと?

『悪魔のエメラルド』のように?



扉には鍵がかかっていないらしく、少女とメイナードは扉の中へ入っていく。


「掃除係さん!入っても大丈夫ですよ!」


扉の中から少女の声が聞こえ、入ることを急かしてくる。


ワンダは腹をくくって、扉の中へ足を踏み入れた。



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