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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「お嬢さま、少し困った噂を小耳に挟んだのですが。」

「あら、耳が早いのね。

実は今、困った状況なのよ。」


軽口のように言うが表情は硬い。

実際に困った状況であることがありありと分かる。


「私の聞いた話では、リントン子爵のご令嬢は『第二王子殿下殿』と親しいご様子だと。」

「ええ、そうなのよ。

あの方も窮屈でしょう?恋愛くらい好きにすればいいわ。」


ワンダが聞いていたソニアのよくない噂は

『ソニア様が婚約者のメイナード殿下とリントン子爵令嬢の関係に嫉妬している』というもので、

やはり噂でしかないということだ。

しかし、ソニアの顔は曇っている。


「でもね、本当に困った状況なのよ。

あの子の魔力…

まるで、神様に愛されているようなそれくらいのものだったわ。

あれを神様の愛し子というのかしら?」

「神様の愛し子なんて、お嬢さまもそうじゃないですか。」


ソニアはワンダの知る限りでは国で一、二番目に魔力が強い。


何をいまさらそんなことを危惧しているのだろうか。

そもそもお嬢さまは自分の魔力を良く思っていない。

だから、侍女として着いて行く茶会などでは

いつも「まるで神様の愛し子」という誉め言葉を嫌というほど聞き、帰りの馬車で文句を言うのを私は嫌というほど聞いてきたのに。


「いいえ、私なんて目じゃないわ。

この目で見たのよ、あの子、高位の精霊を魔法陣も描かずに呼び出して頬にキスされてたのよ?」

「…待ってください、そんなことって」


普通は有り得ない話だ。


「ワンダ、これからきっと沢山迷惑をかけます。」

「そんなことは望むところです!ですが、でも、それじゃあ婚約は…」


ソニアは何も言わなかった。


いや、違うお嬢さまは言えないのだ。


現状はワンダが考えていた何千倍も深刻だった。


バロイッシュ家はソニアの魔力によって爵位が保たれている。

何故なら、前当主でソニアの伯父が死亡した際、ソニアの兄で現当主のマルスは魔力が平民と同等程度であり、爵位を継ぐことが出来なかったのだ。

無論、バロイッシュ家は爵位と領地の返還を防ぐため様々な対策をとろうとしたが、時期が悪かった。

母親の異なる第一王子と第二王子の王位継承権争いに巻き込まれた挙句の果てに並外れた魔力を持つソニアと第二王子のメイナード殿下が婚約することで落ち着いたのだ。

それ自体は家系的には悪いことではない。

けれどもこの婚約を強固にし、ソニアに他の人に鞍替えをさせないために魔法契約を結ぶことになってしまったのだ。

この王国ではそれ以上に魔力を持つことや魔力の量が政治的意味合いを持つ。

王族や貴族には魔力が必要であるという前提があり、その上に貴族社会が成り立っている。

貴族は民を守る為に魔力を持ち魔術を使えなければならないということらしい。

その為、血で受け継がれる魔力を王族や貴族はこぞって強い魔力を欲しがるのだ。


だから、強大な魔力を持ちながら侯爵家に生まれたソニアが政治的な手札として、王位継承権の順位を変えるほどの強い効力を持つのは言うまでもない。

魔力の強い貴族の女子は王族の王位継承権を左右する手札にもなるのだ。



しかし、『神の愛し子』が現れたとしたなら番狂わせもいいところだ。



ワンダは人を殺したいと思ったことがないわけではなかったが、

よく知らない人をこれほどまでに「事故死して欲しい」と思ったことはなかった。

でないと、お嬢さまが死んでしまう。


「夕食後、お兄様とお義姉様、お母様に話します。」

「承知いたしました。

旦那様と奥様、大奥様には私の方から時間を頂く旨をお伝えしておきます。」

「ええ、よろしくね。」

「それから、勝手だとは思いましたがリントン子爵令嬢の話は既に旦那様の耳には入れておきました。」

「あーもう、本当に話が早くて助かるわ!

お兄様に手紙を送りたかったのだけれど内容が何処かで漏れると困るから送れなかったの!」

「有難うございます。

お嬢さま、私も同席させて頂いてもよろしいでしょうか。」

「当たり前よ、いてもらわなきゃ困るわ。

ねぇ、なんだかお腹が空いちゃった。

どうせ用意しているんでしょ?レモンタルトと紅茶とミルク!」


明るい声を出し気丈に振る舞う姿にワンダも自分を振るい立たせる。

お嬢さまが『助かる方法』を考えなければならない。


「ばれましたか?しばしお待ちくださいませ。」


そう言い終わるのと同時にワンダは髪を結い終わった。

最後に白い花の髪飾りをさす。

白銀の髪に白い花は目立たないが目立たないからこそ、主役が華やかであることがわかるのだ。

いつも気が強そうに見えることを気にするソニアに柔らかい雰囲気を持たせるように長い髪を少し緩めた編み込みでまとめたのはいいアイデアだった。

生成りのワンピースドレスにもよく合っている。


お嬢さまは完璧に美しく仕上がった。


ワンダが自画自賛をしながら片付けをしていると、ソニアがこちらを見つめている気配があった。


こういうところは可愛い人だ。


「裏の森に行ってピクニック気分で食べますか?」

「……うん。包んでもらってもいい?」


気まずそうな声に、気にしないで欲しいという思いを込めてほほ笑んで一礼すると一階の調理場に向かう。

実はそう言うだろうこともワンダは承知済みだった。


「あっ、ワンダちゃん!準備出来てるよ!後は紅茶だけ!」

「有難うございます!完璧です、アネットさん!」


ふくよかなアネットは調理場で菓子を主に担当している四人の息子を一人で育てる肝っ玉な母親だ。

ワンダとソニアが幼い頃は街で夫とケーキ屋を営んでおり、夫を流行り病で亡くしたことをきっかけに、店を泣く泣くたたんだらしい。

しかし、そのケーキ屋のケーキを食べられなくなったことをソニアが酷く残念がったことと、菓子職人に欠員が出たことから、アネットはバロイッシュ家の屋敷に勤めることとなった。

上三人の息子は既に独立しており、現在は菓子職人になるために王都に出向いている末の息子のためにせっせと働いているのだという彼女はとても気持ちのいい人だ。


本当はもっと早く用意は出来るのだが、早すぎると気まずそうにしたソニアが準備していたことに感づくだろうとワンダはわざとゆっくり紅茶を入れた。


少しでも気持ちが和らぐと良いけど。


レモンタルトとサンドウィッチが既に準備されたバスケットに完成したミルクティーを持ち歩き用のポットに入れ準備完了だ。


いつもレモンタルトとサンドウィッチは少し多めに入れておくように言ってある。



「行ってまいります。」

「行ってらっしゃいませ、お嬢さま。」



ワンダは玄関でソニアにバスケットを手渡し、いつも通りに送り出すと、使用人頭のロニーを探す。

本来であれば夕食の準備を手伝う予定だったが、申し訳ないがそれは出来なくなってしまった。


さあ、戦いの準備が必要だ。



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