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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「図書室でお会いした時に『能力をサリバン教授の為に使え』と仰っていたと思うのですが、

あれは一体何のことなのでしょうか?

能力と言われましても私は特に何も…。」


ワンダがそう言うと粉砂糖が付いたパンを咀嚼していたルイスは信じられないとでも言うようにワンダをまじまじと見る。

余りにもルイスが驚いた様子だったのでワンダも緊張してくる。

自由席として賑わう小さな傘のついたテーブルは周囲も大賑わいだが、二人の周囲だけは静まり返ったような気さえした。


「…君、まさか何も知らずにサリバン先生から魔導書を手渡されていたのか?」

「何かそれが可笑しなことでしょうか?」


ルイスは怪訝を通り越して呆れ返っているがワンダはそんな素振りをされる謂れはないと不服だ。


本を目の前で渡されたら受け取るでしょう?


「ああ、無知というのは恐ろしいな、実に恐ろしい。」


芝居がかったようなルイスにワンダは苛々とするのを感じる。


「…あの、ルイス教授?

本を渡されて受け取ることの何が恐ろしいのでしょうか?」

「所謂、禁書と呼ばれるものの中でも魔導書は触れたものの魔力を奪うものが殆どだ。

奪う量は大小様々だが、君がサリバン先生から手渡された魔導書は禁書棚の中でも常人が触れば魔力を奪いつくされて死ぬ大変危険なものだ。

この学園で触れるのは生徒だと数名、教師であっても触れられないものもいる。

図書室の禁書棚の書物はどれも高価なのに、警備が薄すぎるだろう?

何せ盗もうとした人間は盗む前に死ぬからからな。」


「え…?」

「分からなかったのか?

あの魔導書は普通の人間が触ったら死ぬ。

絶命するのだよ。」


死ぬ?

魔力が少ないと読めないのではなくて、魔力が少ないと死ぬ?

あれ?でも…


「私、生きていますよ?」


そう、魔力が少ないはずのワンダは読むことこそ出来なかったがまるで健康体だ。


「ああ、だから、君は魔力が『膨大』…」

「あの私の魔力は測定出来ないほど少ないって幼い頃から言われているのですが…。」


もしかして、私にもお嬢さまのような膨大な魔力が?


一瞬、そんなことが頭を掠めるが、いやいやとワンダは自分の首を横に振って考え直す。


魔力が測定できないほど少ないと言われ、それが原因で母親の実家にお払い箱にされたのに今更何を考えているんだろう。


「最後まで話を聞き給え!

君はな…どう見ても魔力が膨大には見えない。

つまり、きみには魔力が『ない』!!まったくこれっぽっちも『ない』のだよ!!」

「待って下さい!ルイス教授!!

そもそも魔力が枯渇すると生き物は…死にますよね!?」


ワンダは焦って声を上げる。

魔力がないと死ぬ、それは余りにも一般的な常識なのだ。


「そうだ、通常全ての生き物は魔力を持っているはずだ。

子どもも大人も、鳥も猫も花も草もみんな多かれ少なかれ魔力を持ち枯渇すれば死ぬ!」

「じゃあ、なんで私は生きているんですか?!」

「そんなこと私が知ってたまるか!!」


ワンダもルイスもぜーぜーと息を荒くして押し黙った。


私に特別な能力があるなんて期待はしていなかったし、

魔術についても諦めると決めたはずなのに魔術についての才能どころか魔力自体を持っていなかったってこと?


「とはいえ、考えられる説は幾つかある。

例えば、魔力の量を測る魔道具はあるが有無を測る魔道具はないから、これまでにも君のように魔力がない人間も存在していた可能性は大いにある。

つまり、これまでのみんな魔力をもっているという通説が間違っているというものだ。まあ、学会で発表すれば批判の嵐だろうがな。

後は…君が何故か魔力がなくても生きていられる奇怪な存在説も考えられる。」

「前者でお願いいたします。」


ワンダはルイスの説の前者に同意した後、暫し固まって空を見上げた。

青空が心地の良い午後に肌寒い風がコートの中を通り抜ける。


「……魔力が『ない』ことは何かの役に立ちますでしょうか?」


希望を求めてルイスに問いかけるとルイスは直ぐ様に大きく頷いた。


「ああ、サリバン先生が君のような魔力なしを探していると言っていた。」

「………はぁ。」


出てしまったため息は重さが感じられるものだった。


「なんだね?その目は?そのため息は?

サリバン先生が探していたのだぞ??それだけで価値があるだろう!?」

「そうでしょうか?」


サリバン教授が探しているからといって、例えば悪魔との契約を優位にするような、取引材料になりそうなものではないということはよく分かる。

サリバン教授が魔力なしを探して欲していたのなら、私に魔力を与えるという契約を提示なんてしないもの。


珍しくても使えなければ価値がないじゃないの…。


ワンダはサリバンの研究室に並べられているよく分からない魔術師らしい品々を思い起こし、あの部屋の珍しいものの一つになったような気がして酷く憂鬱な気分になった。

しかし、ルイスは全く違うようで拳を握り主張し始める。


「ああ、価値があるとも!

あるからこそ、サリバン先生が『魔力なし』を探していると知ってから三十年間もの間、本棚の本が動くと私の部屋のベルが鳴るというだけの地味で安眠妨害の魔術を組み続けたのだぞ!?

ウェンディくん、君は私の三十年間が無駄だったとでも言うのかね!?」

「それは…価値観の問題ですよね?

貴方の三十年間を否定したりはしませんが…三十年間ですか?」

「正確に言うと三十四年間だな。」


つまり、『魔力なし』を探していたのは三十四年も前の話らしい。

そんなに前じゃ、今も探していると思う方が可笑しい気がする。


「ルイス教授はサリバン教授と長いお付き合いがあるのですね。」

「!?」


ルイスはため息のように気のないワンダの言葉を聞いた途端勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「ああ!!君より遥かに長く!!サリバン先生に使って頂いている!!」

「…そっ、そうですか…。」

「学生時代からだから、もう三十六年近くになる。

このルイス・カルアデスは三十六年!!

三十六年にも渡ってサリバン先生に使って頂いているのだよ!!」


学生の頃からサリバン教授と共にいるというのなら、この人にとってサリバン教授はどう見えているのだろうか?

三十年間もサリバン教授が青年の姿でいるのは明らかに可笑しいはずである。


ワンダはこれまで誰にサリバンのことを聞いてもサリバンの評価は「影の薄い普通の人」だった。


でもこの人だけはサリバンを「影の薄い普通の人」だなんてことは言わない。

早合点かもしれないけど、私の知っている範囲でルイス教授だけがサリバン教授が悪魔だと知っているかもしれない人物であることは間違いないだろう。


「あの、サリバン教授って何歳に見えていますか?」

「ん?何歳?

ああ、あの人の見え方を気にしているのか?

私は君と同じように見えているに決まっているだろ?」

「同じようにですか?」


ワンダには背の高い絶世の美青年が髪の毛がぼさぼさにして分厚い眼鏡をかけ、身なりを気にしていない様子を作っているように見える。


「えっと…身なりに気を使わない『若い男』に見えると?」

「君…もしかして、私に喧嘩を売っているのかね?

あの恰好をしているからこその隠された美しさを知った時に驚き、

その端正な顔立ちと複雑な色彩の瞳がどんな魔宝石も霞む美しさだということに感動し涙するのだろう…

まっ、まあ!?もしも…もしも違うものを着て頂けるのであれば派手なものでもいいが、あえて装飾の少ない正装、いや!!東方の国の民族衣装を着て頂くのも捨てがたい…」


サリバンに似合う服について語り続けるルイスは確かにワンダと同じようにサリバンを『異様なほど綺麗な若い男』として見ているらしいことは確かである。


「あの…ずっと疑問に思っていたのですが、

私とルイス教授以外にはサリバン教授ってどういう風に見えているのでしょうか?」

「『影の薄い普通の人』だろう?」

「何故、私達はそう見えないのでしょうか?」

「そんなのあのお方に隷属しているからに決まっているだろう?」

「サリバン教授に?隷属?」

「ああ、そうだ。」

ワンダは禁忌を堂々と宣言したルイスに驚いて不躾に聞き返したがルイスは何でもないことのように肯定する。

むしろ、驚いているワンダに首を傾げる始末だ。


隷属とは支配を受けて従っていることを言う。

つまりこの流れを考えると、ルイス教授は悪魔と契約関係にあるということになる。


「…ん?何を驚いているのだね?」

「それはその、貴方は悪魔と…」

「その言葉を使うんじゃない。」


ルイスは『悪魔』と聞くと眉をひそめて小声になる。

悪魔との契約が禁忌だという認識はあるらしい。


「申し訳ございませんでした。

ルイス教授はあの方と契約関係にあるのですか?」

「だから、そうだと言っているだろう?

私はあのお方と契約を結んでいただいている。

それも…君よりも随分前に!だ。」

「あの、でもそれは禁忌なのでは?」


「だから?」


促された言葉にワンダは固まる。


「え…?」

「だから、なんなのだね?」


「だから…契約は禁忌です。

してはいけないことだと思います。」


お伽話に、教訓に、法律…

この国の全てのものが悪魔との契約は禁忌だと言っている。

それに、サリバン教授が私に提示した契約は魅力的だが決して結んではならないものだった。


ワンダがそう言うとルイスは暫し口を噤んだあと、目を閉じてゆっくりと目を開く。


目じりに皺のある灰色の瞳が静かにワンダを見つめる。

ルイスにこれまでと別人のような雰囲気を感じワンダはびくりと肩を揺らせた。


瞳の中にあるのは深く静かな…悲しみだろうか。


当たり前のことを言ったつもりなのに酷く焦燥感に捕らわれ必死に言葉を探すが適切な言葉が見当たらず、ワンダはただ吸い込まれるようにルイスの瞳を見つめた。



ルイスは突如顔を歪め、痛みがあるように頭を押さえた。


「つっ…!」

「…大丈夫ですか?」

「ただの…ただの頭痛だ、問題はない。

そうだな、その通りだよ…ウェンディくん。

契約は禁忌だ。

しかし、私はその禁忌によって間違いなく救われた。

それを人は堕落というのかもしれないが、お陰で私はこうして息が出来ている。」


口角をあげるルイスは自嘲気味な様子にも見え痛々しい。


「そう、ですか。」

「何をどうしたのか何を欲したのかは知らないし、聞くつもりもない。

…でも、君も君だって禁忌と知りながら契約を結んだわけだろ?」

「……契約は結んではいません。」


迷いながらも簡潔に事実を述べると、ルイスは目を見開く。


「…そんな馬鹿な。」


唖然とでも言うようにワンダを見たためワンダは少し早口で思いついたことを話す。


「例えばですが、

知らない間に契約を結んでしてしまっていることってよくあるものなのでしょうか?」


ワンダは『マリー』に成り代わった少女が知らない間に悪魔と契約していたという恐ろしい事例を思い出す。

『マリー』のように知らない間に契約を結んでしまっていたのなら最初からサリバンが『普通じゃない』と認識できたということも納得できる。


「そんな契約、契約とは言えん!!

狡猾な契約もあるがそれでも双方の合意がない限りはそんな契約は破棄だ!!」

「そっ、そうですよね!?」


ほっとするワンダに対してルイスの表情はどんどん深刻さが増していく。


「いや、でも…けれども…なんでだ?」


ルイスはぶつぶつと言いながら立ち上がる。


「全くもって説明がつかん、ウェンディくん、場所を変えるぞ。

さあ、ついてきたまえ。」


ワンダは突然速足で歩きだすルイスを見失わないようにしながら荷物を持つと、そこからは着いて行くことだけで精一杯だった。



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