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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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ワンダは困惑しきっていた。

恐らく一人でいたなら、表情を崩して頭を抱えていたのではないかと思うほどに。


数十分前はアルテの街の中でも賑やかで庶民的な商店の立ち並ぶ通りにいたというのに、あれよあれよという間に高級魔宝飾店の特別室の深紅色のソファに座らされている。

連れてこられた『星屑魔宝飾店』はアルテの街で最も有名な老舗魔宝飾店である。

つまり、普段のワンダなら後ろに立って静かに控えることはあれども、高級で品のいい店主に宝石の説明をされることはない。


いつもと視点が違うだけ。

ただそれだけのはずなのにとにかく私の居場所ではないから、居心地が悪い。


ベルベットで出来た深紅のクッションの上には三つ宝石が置かれている。

大ぶりのカットを施した青い宝石と

光によって偏光するオパールのような乳白色の宝石、

そしてエメラルドと思わしき宝石の三つはどれも美しいのは間違いない。



「ぜひとも『君の意見』が聞きたい。」

「……っ。」


隣に座るルイスは極めて真剣にそう言った。


これで薄ら笑いを浮かべているのであれば、嫌味に嫌味で返すことも出来るのに

……ああ、もう厄介ね。



ワンダは主人であるソニアの買い物に付き添うのがとても好きだった。

無論、それはどんなの物でも構わない。

けれども衣服や装飾品の買い物の付き添いは特別楽しい仕事であった。


着飾ったお嬢さまが大変美しいからというのも理由の一つだけど、

着るものというのはその人を表現するものだ。

見栄の張り合いなんて実に馬鹿馬鹿しいけどお嬢さまのいる社会の中では重要なことであるのは間違い。

重要なことをお手伝い出来るというのは主人からの信頼の証で、信頼には全力で応えたい。


ソニアに伴われて装飾品を選ぶ手伝いをするときのワンダの気合いは相当なものだった。


正直に言うと、使用人頭のロニーに「そこまでの必要はないですよ」と言われても

主催者のドレスのデザインや来賓客の好みまで調べ上げることを止めなかったくらいには力を入れていた仕事だった。


だからこそ、稀に宝飾店で同業者が主人に対して全てのものに「お似合いになります」や「素敵です」と言っているところを見かけたり、

似合うからといって場違いなドレスを着ているご令嬢の侍女を見かけると、

仕方ないと思いながらもその仕事はナンセンスだと口を出したい気持ちになったものだった。


だからこそ、だからこそ…


「…どれも素晴らしいものですね。」


苦し紛れに私がしてしまった今の発言はナンセンスだ。


ワンダは自身に心の中で項垂れる。


「ええ、どれも大変よいものでございます。

三点とも高い魔力が込められておりますので、如何様にでもお使いいただけるかと思います。」


対面に座り三つの宝石を品のいい笑顔を浮かべながら勧める紳士はこの店のオーナーだ。

店に入った時は若い女性の店員が対応していたが、ルイスを見ると直ぐに裏に回りこのオーナーに対応が代わったのである。


別にそれはいいのよ。

そうなると思っていたし…

ただ、用途の分からないものはどれがいいかと聞かれても最適解が分からない。


ワンダは逃げたい気持ちを抑えながら、三つの宝石の内で所有したことはないが何度も目にしたことだけはあるエメラルドらしき宝石を手に取るとルイスがオーナーから借りたルーペを手渡してくる。

それを受け取り、分からないなりに解を出そうとアルテの街に着いた時からのルイスの行動を振り返ることにした。




予定通りの時刻にワンダとルイスは馬車から学園都市アルテの街の中央広場に降りた。


向かう予定の店はそれこそ『星屑魔宝飾店』などの高級老舗店のはずだった。

中央広場はその高級老舗店の近くにあるため、滞りなければ午前中で買い物は終わってしまうのではないかと考えていた。


しかしながら、そう甘くはいかない。

ルイスは予定していた店に寄る直前に細い裏道をずんずんと歩き出し、ルイスの雰囲気に似合わない怪しい気な店に突如として入っては物珍し気にキョロキョロと眺め、また他の店を見て…と兎に角寄り道が多い。


というよりも、まだ寄り道しかしてないわ。

現在、太陽が真上に昇っている。

朝から馬車に乗り歩き回っていたルイスは徐々に疲れが出てきたのか「喉が渇いた」「お腹が空いた」とのたまうとついに不機嫌そうな様子ではなく、不機嫌になってしまった。

事前にルイス付きの庶務から聞き出していた店に行くことを提案しても「あれは嫌だ、飽きた」と口々に言われてしまう始末である。


「希望を教えて頂かなければご提案し辛いのですが…。」

「別に希望があるわけではないが、いつもと違うものが食べたい。」

「いつもと違うものですか…。」


どうしたものかと、ワンダは周囲を見回す。

現在いる場所はアルテの街でも下町にあたる露店の多いごみごみとしたところだ。


ルイス教授がいつも何を食べているかまでは分からないけど、

伯爵家の坊ちゃん育ち、神童と言われその後近代魔術の天才と称されるルイス・カルアデス教授と考えると露店の物であれば大抵のものが物珍しく感じるのではないだろうか。


同僚の先輩が話していた「お貴族様のお買い物」というより、

まるで「好奇心旺盛で我儘なお姫様が城下町を見に来た」ってところかしら?


ワンダの両腕にはルイスが行く先々で購入した摩訶不思議な魔道具に満たない品々や何に使うつもりなのか分からない安価な品々がどっさりと重さを誇示している。


はじめは嫌がらせのつもりでやっているのかとも思ったけど、多分これは違うわね。

素で買い物をして素で楽しんで素で疲れて我儘を言っている。

こうなるとプライドの高いルイス付きの庶務たちが嫌がってしまう理由もよく分かる。

研究に必要なものなのかも分からない買い物に付き合わされて、重たい荷物を持たされ振り回されるのはさぞかし嫌だろう。


ふいにワンダの鼻に甘じょっぱい煙の香りが届く。


「何でもいいなら、鳥でも食べますか?」


更に不機嫌になる危険性もあるが、最初から不機嫌と言えば不機嫌であるため今更だろう。


「鶏肉のなんだ?」

「鳥は鳥でも鶏ではなく緑雀です。

流石、アルテですね。

国内外から様々な地域の人達が集まると言われているだけあります。

ほらあそこにありますでしょ?」

「…緑雀の串焼き?」

「ええ、そうです。緑雀の串焼きです。西の一部の地域のものだと聞きます。

骨も多いですが、何故か食べると聖女の加護が得られると書いてありますね。」


恐らく、研究に必要なものの買い出しというのは建前でこれはルイスの下界見物という遊びなのだろう。

なかなか下町がら出て行かないということはそういうことなのだ。

なら、珍しいものを勧めてしまえばいい。


ワンダが露店の中でも変わった店を指差してそう言うと考えるような思い出すような素振りをして、ルイスはつらつらと話し出した。


「約三百年前、緑雀を捕食する種の怪鳥の減少により、数を増やした緑雀が穀物を食い荒らす害獣になった。その駆除を目的として食べ始めたことがきっかけで西では未だに食べる地域がある。

…私の研究室の五番目の本棚、上から三段目、左から九冊目の書物にそう書かれていたな。」

「そうなのですか、知りませんでした。

ルイス教授は…読んだ本をそのまま覚えているのですか?」

「ん?いいや、一字一句、正確にではない。

本は重いからな、持つより覚えた方がよかろう。」


ルイスはそれがまるで当然のことのように明らかに可笑しいことを言ってのけた。


信じられないけど、大体は覚えているってことかしら?

この我儘姫っぷりからは博識な姿は想像がつかなかったが、記憶力はいい様子である。


「では、その怪鳥が減ったのは何故ですか?」

「イギシュラ建国時の戦のせいだろうな。

緑雀は僅かだが風の魔属性を持つ。つまり、緑雀をよく食べる怪鳥は風の魔力を帯びやすいということだ。

古い魔道武器の中には怪鳥の羽根を使って、魔術の効果距離を延ばすものをよく見かける。

兵器を作る為に怪鳥を狩ったと考えて間違いはないだろう。」

「なるほど…。」

「それで?」

「え?」


突然、「それで?」と言われワンダは首を傾げる。

ルイスは察しの悪さに苛立つように口を不満げに突き出した。


「それで?美味いのかね?」


結局、ワンダは笑いを出来うる限り堪えながら、緑雀の串焼きを二本とその隣の出店で購入した飲み物と甘いパンをルイスの元に持っていくことになった。

緑雀は香りの通りの甘辛い味付けで悪くはないが骨が多い。

ルイスは串に刺された緑雀を器用かつ品よく食べ始める。

「不味い」と言い出すのではないかとも思ったが、ルイスは形だけ不機嫌を装いながらも「ほう…」と興味深そうな声を出して満更でもない様子である。


「満足されましたか?」

「ああ、一度燻製にして臭みを消したあと甘辛く焼いてあるのは悪くない判断だ。

まさか素材にすることはあっても食べることはないと思っていた!

怪鳥があれを腹一杯に食べる気持ちは…よく分からんがね。」


嬉々として語る姿は初老の紳士とは思えないほど光り輝いている。

大分柔らかく話してくれるようになったことにワンダは安堵した。


今なら、聞けるかな?


ワンダはごく真面目な表情でルイスに問いかけることにした。



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