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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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次の日ワンダは久しぶりに灰色の年季の入ったローブではなく、

アルテに来た時と同じ紺色のスカートに白いシャツ、黒いコートを羽織った。

本来なら御者にかけてしまったスカートと揃いの上着も着たかったが、コートを脱がなければいいだけの話だ。

きっちりとした印象の地味な女は貴族らしい雰囲気のルイス教授と共に立つことで使用人にしか見えなくなるだろう。


上から下まで隙が無いことを確認してワンダは部屋を出てルイス教授のいる近代魔術塔へ向かう。

近代魔術塔の内部に入るのは初めてだったが、あまりの基礎魔術塔との違いにワンダは驚きを隠せなかった。


近代魔術塔って綺麗なのね。


近代魔術塔をワンダは「綺麗」と表現したが「綺麗」と言っても豪華できらびやかであるという訳ではなく、機能的であると言った方が正しい表現かもしれなかった。

基礎魔術塔のような石造りの見るからに古めかしく物語でお姫様が閉じ込められていそうな雰囲気だが、近代魔術塔はどちらかと言えば理路整然としている。

つまり、機能的なものを好むワンダ好みの造りをしていた。


それにこの塔…外観は基礎魔術塔と変わらないのに基礎魔術塔よりも広く感じるわ。


何故かしら?と首を傾げながらワンダは階段に向かおうとするが、すぐに見つかるはずの階段はあるべき場所に見当たらない。


もしかして、階段がないから広いってこと?

みんなが魔術を使えるということを前提としているとすると、なかなかにこの近代魔術塔は不親切な造りよね?

魔術学園なら有り得る話かもしれないが、職員も生徒も全員が飛行の魔術を使えることを設定しているなんて少し有り得ない気がする。

専門特化型の肉体強化の魔術が得意な魔道騎士志望の生徒もいるはずなのに…。


ワンダはたまに見かける筋肉豊かな生徒を思い出しながら、塔の玄関ホールに戻る。

先ほどまでは注意していなかったが、吹き抜けの床に描かれた三、四名位が収まる魔法陣が目に留まった。

そして、あろうことか魔法陣目がけて天井がそれなりの速度で落下してきたのだ。


「え…?」


天井だった物の上には生徒数名が乗っており、どうやら天井及び床が昇降して階を移動しているようだ。

ワンダは暫くの間その昇降する天井及び床を眺めていた。


そういえば、バロイッシュ家の屋敷で働いている時に年老いた母親の為に私財を費やして屋敷に魔術式を組んで昇降できるようにした貴族がいるという噂を聞いたことがある。

おそらくその類の魔道具だろう。

これは私も使えるのだろうか?


丁度、魔法陣で降りてきたらしい女子生徒二人組がワンダの方へ向かって来たため、その生徒たちに声をかけることにした。


「あの、すみません。」


ワンダは何気なく声をかけたが、女子生徒はワンダに声をかけられたことに気が付くと嬉々とした表情で話し出す。


「はい?あれ、サリバン先生の掃除係さんじゃないですか!」

「どうして近代魔術塔に?珍しいですね!?」


どうやらサリバンの授業を受講している生徒だったらしく、これならあの天井及び床の使い方もすぐに聞き出せそうだ。


「ルイス教授に御用がありましてこちらに来ましたの。」

「え…ルイス教授に!?大丈夫ですか?」


意外なところに反応して生徒たちは心配そうにワンダを見る。


「ええ、大丈夫ですが?どうしてですか?」

「私達ルイス教授の研究室に所属しているんですけど、

ルイス教授ってサリバン先生大好きじゃないですか?

サリバン先生に掃除係さんが出来た時、ルイス教授『私がなりたかった!!!ズルい!!』って3日くらい半狂乱だったので…。」

「教授は悪い人じゃないんですけど、サリバン先生の掃除係さんは大変だろうなって。」

「それは、なるほど…

ご心配頂き有難うございます。」


所属辞令のあと、ルイス教授に嫉妬されているような気がしたが本当に嫉妬されていたとは驚きだ。

それに、図書室の一件でもルイス教授はかなりサリバンに入れ込んでいる様子だったがそこまでとは流石に思わなかった。


この後の買い物の付き添いを思い描きワンダは苦笑するしかない。

取りあえず、そのルイス教授に会いに行くためには上に上がる方法を聞き出さなければならいのは確かだとワンダは気を取り直す。


「あの…少しお聞きしたいのですが、あれはどのように使うのでしょうか?」


女子生徒たちの乗ってきた床及び天井をワンダが指差すと不思議そうに顔を見合わせた。


「階を足でタップする以外はサリバン先生の研究室に行く方法と変わらないはずですよ。」


サリバンの研究室には階段を使って行っている。

それに生徒たちも二階までしか使わないはずだから基礎魔術塔に上がる方法は階段くらいのはずだ。


「サリバン教授の研究室と?

あの、私は階段でお部屋に行っているのですが…。」


首を傾げて言うと、女子生徒たちは大げさに目を見開く。


「えっ!?あの魔宝石使ってないんですか?!

くすんだ青い石板の魔道具なんですけど!?見覚えないですか?」


辞令を受けた後、サリバンに近道だと青い石板の上をジャンプして窓から研究室に入る動作を見せられ、階段から登ろうと心に決めたことを思い出す。


そういえば、使えると言われていたような気がする。


「青い石板?あの青い石のやつですか?」

「青い石って…あれ浮遊魔宝石ですよ?」

「えっ…あれが?」


ワンダは驚いてくすんだ青色の石板を思い出す。

サリバンはあれを普通に窓の下の地面に置いたままにしていたし、今も雨風に晒されたままになってるはずだ。


「風の魔力を持つ希少価値が高くて高価な宝石なんです!!」

「浮遊魔宝石は加工や魔術式の組み方も難しいので、

サリバン先生…新学期が始まる少し前までルイス教授の所に通って作っていたんですよ!?

なんで使ってあげないんですか?可哀想…」


どんどんと女子生徒たちの目がワンダを非難しつつ、サリバンに同情し擁護する視線に変わっていく。

まるで尽くす男を足蹴にしている悪い女にでもなった気分にワンダはいたたまれなくなる。

魔石よりも魔宝石と呼ばれるものの方が高価であることはワンダも理解している。


今の生徒たちの話からするときっと、あれは一生かかっても買うことが出来ないものであることは間違いない。でも本当に知らなかったのだ。

昔から使えない魔術を遠ざけていたし、ワンダが扱えるような魔道具は効果な為触ることすら出来なかった。

だからこそ冷静に考えれば高価なものだと気づきそうなものだったが、

その時はそれよりも魔術が使えないことを馬鹿にされているように感じてどちらかというと反抗的な気持ちでいっぱいだった。


「いや、でも…

私のためだけではないのではないでしょうか?

ほら!他の方も使うかも…」

「サリバン先生の掃除係さん以外に誰がサリバン先生の部屋にはいるんですか?」

「どう考えてもサリバン先生が掃除係さんのために準備したものでしょう?」

「うっ…。」


そう言われると相手が悪魔であれ良心が痛む。


「とにかく、サリバン先生が帰ってきたら使ってあげて下さい。」

「サリバン先生が可哀想ですよ~。」


「いや、むしろ!!絶対に使うな!!!

物の価値や人の心遣いを分からん女が使っていいようなものではない!!

けしからん!!!!全く!!!本当に!!!けしからん!!人の気持ちがないのか?」


突然現れた怒気を含む男の声に女子生徒もワンダも驚いて声のする方を向く。

整えられた髪と髭、皺ひとつないドレスシャツに蝶ネクタイ、質がいいと一目で分かる深い茶色のチョッキとジャケット、黒いローブ。

黒いローブがなければ魔術師というより家柄の良い神経質な紳士が明らかな怒りを込めてワンダを見据えながらカツカツという革靴の音を響かせて近づいてくる。


「わっ、ルイス教授…。」

「げっ。」


女子生徒たちは気まずそうにすごすごとワンダの後ろに隠れ小さくなっていく。


「そのようなものだったとは知らなかったもので…。」


ルイスは眉間に皺をよせ、見下したような、小汚いものを見るような目でワンダを見るとふんと鼻を鳴らす。


「無知とは愚であり罪だな。」

「ええ、その通りですね。

知ることができ、幸いです。」


ワンダがにっこりと笑うと隠そうともしない不機嫌をさらにルイスは露呈させていく。

耐えきれなくなったのか後ろの女子生徒たちはそそくさと会釈しながらさっていったが、ワンダは何事もないように平生で挨拶をする。


「ルイス教授、本日付き添わせて頂きます。

改めて自己紹介をさせて下さい、ウェンディ・コナーと申します。

先日はありがとうございました。」


もちろん、ルイスはワンダの挨拶に返すことなどはせず、近代魔術塔を足早に立ち去ろうとする。

ワンダは始まりからこの調子だと先が思いやられると思いながらもルイスの動きにきっちりと着いて行く。

そのままルイスは学園の正面門まで行くと、一度立ち止まる。

恐らく、乗り込む馬車がどれか分からないのだろう。

ソニアが舞踏会に出たくなさから外に出たものの帰るための馬車が分からず彷徨っていた可愛らしい事件を思い出し、このルイスという男も身の回りの世話を周囲にされてきた人間なのだなということを改めて確認した。


「ルイス教授、手続きをして参りますのでこちらで少々お待ちくださいね。」


そう言って声をかけると外出の為の一筆を提出して、馬車を回し乗り込みの手伝いを順序よく行っていく。

馬車が走り出してから、ルイスは少し拗ねながらも怒りが収まってきたのかぽつりと呟いた。


「……何で使わんのだ?」


避難を含んでいるが、心底不思議でたまらないから聞いてしまいましたと言わんばかりの呟きだ。

ワンダは取り繕うのも馬鹿馬鹿しくなり素直に言う。


「窓から飛び移るのはどうしても勇気がなかったのと、

魔術が使えなくても使えると高らかに言われたのが少し腹立たしかったからです。」

「あれには落下しないよう魔術式も組まれている。

魔術に関してはあの人に他意は恐らくはないだろう。」

「それも知りませんでしたから。」


素直に言うとルイスは大げさなほどの溜息をはく。

その様子があまりにも虚しそうなであった為、ワンダは先程のルイスの言葉を引用しつつ、思ったことをそのまま口に出していた。


「無知は罪、知は空虚とはよく言ったものですね。」

「信じられん…驚くほど可愛くない女だな。」

「あら、そう言ってよく褒めて頂きますわ。」


「…だろうな。」



ルイスは不機嫌そうに足を組みながらも小さく笑う、そして馬車から外を眺めるのに集中したようだった。

ワンダはそんなルイスを見て、

不機嫌にされているにも関わらず何故だか悪い気持ちになっていないことに気が付いたのだった。


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