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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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「そんな世界があるのですね…。」


少女の話を聞きながら、ワンダは子どものように知らぬ世界に思いをはせた。


国はあっても国王のいない政治

市民一人ひとりに与えられる代表を選ぶ権利


どう統治しているのか少女の話からは想像もつかないが、それが可能なら彼女のいた世界は理想的のように思える。

さらに驚いたのは少女のいた世界は魔術も魔力もないという。


全員が私と同じように魔術が使えないだ状態なんて不便極まりないが、その代わりデンキというもので動く絡繰りが魔術や魔道具のように使われているらしい。


私達の世界ではデンキと言う物の方が奇怪だが、

少女の世界では魔術や魔力の方が奇怪で有り得ないそうだ。


そして、そのデンキの絡繰りで語られる物語こそが『この世界なんです』と少女は言った。


デンキの絡繰りは本のように読み進めるらしいが、所々にある分岐を選ぶことで話が変わり、『マリー』の様々な恋愛模様が楽しめる造りになっているものだそうだ。

この世界が物語になっているなんて不思議だが、少女は絡繰りの原理を詳しく知っている訳ではないようだが見聞きしたように話す。

ワンダは少女の途切れ途切れで要領を得ない話やこの『マリー』ではない少女を自分なりに解釈して、『空想にしては出来過ぎた世界観』だと判断した。


「その…貴女がいた世界でみた物語の世界はそれほどまでこの世界に似ているのですか?」

「はい、多分似てます。

というよりここに来た時は全く一緒だなって思ったんです。

メイナードくんもソニアさんも物語の中にいましたし…

あの、ウェンディさんに初めて会った時、勉強を教えてって言ったじゃないですか?」

「ええ、そうでしたね。」


ワンダはこくりと頷き同意する。


一か月前、マナーを教えて欲しいと『マリー』に言われた時はこちらから接触する手間が省けて好都合だと思いながらも、何故突然そんなことを言われるのかと驚いていた。


「あの時、ウェンディさんに声をかけたのはウェンディさんなら教えてくれるって知っていたから声をかけたんです。」


確かに彼女はあの時『助けてくれるキャラ』だとか『少し未来のことが分かる』などということを言っていたような気がする。

その時は神の愛し子と言われる『マリー』であればそれこそ聖女らしく予知や予言といった能力があっても可笑しくはないと考えていた。


「あっ、でも…本当は、本当の物語ではもう少し後にウェンディさんに会うことになっていました。」

「では、今の状況は物語になかった状況だということですか?」

「はい、だって…本当の『マリー』は…。」

「みんなに好かれる可愛い女の子だから、ですか?」

「はっ、はぃ。」


うっすらとソバカスの見える少女はこくりと頷き、自信なさそうに俯く。

確かにしおらしい彼女は前より天真爛漫さがなくなっており、いい塩梅に可愛いふわふわとした存在ではなくなったようにも感じる。

だが、今の彼女が魅力的ではないとはワンダには言えなかった。

自分の世界の話や『マリー』の物語を楽しそうに話す姿が悪いとは思えなかったのだ。

お茶会の練習中の空き時間で彼女に好感を不本意ながらに持ってしまったのは、可愛い姿ではない。

強いて言うなら、メイナードをかっこいいと早口で話す楽しそうな姿や練習にひたむき取り組む態度であったから今の彼女の方がワンダは好きだと言ってもいいくらいだ。


少女は『霧が晴れたみたいに悪口がよく聞こえるようになった』といったが、

ワンダも今の方が『はっきりと少女が見えている』ような気がする。


「それに、今の私はハッピーエンドに行くイベントを通っていないんです。」

「ハッピーエンドに行くイベント?」

「それを通らなきゃハッピーエンドにならない大事な行事みたいなものを見てないんです。」


ハッピーエンドがどういうものなのかは分からないが、今現在がその『マリー』のハッピーエンドの外れた道を行っているらしい。

少女からしてみればこれまで物語で知っていた未来が分からなくなってしまったということであり、その幸福な結末を迎えられないということは不本意なのだろう。


「因みに、ハッピーエンドはどうなるのでしょうか?

聖夜祭のことも描かれていますか?」


少女向けの恋愛小説であればメイナードと『マリー』が恋仲になるというのが真っ当な道筋なのだろうが、ワンダの一番の目的はソニアの死亡の阻止である。

その為、ソニアが聖夜祭の聖女役をやることに加えてメイナードとソニアの婚約破棄は避けなければならない。


それに未来が分かるはずのこの子は聖夜祭を怖がっていない。

もしかして、聖夜祭が生贄の儀式ということ自体勘違いなのかしら?


聖夜祭が贄の儀式なのだとしたらもっと聖夜祭に拒否反応を示してもいいはずなのに少女は当初自分こそが神の愛し子だと名乗り出ており、聖夜祭の儀式に対して怖がっているような節はないのだ。


「聖夜祭ですか?もちろん、描かれています!

ていうか、聖夜祭が物語のクライマックスシーンなんです!」


少女は熱が入ったようにキラキラとして、楽しそうな表情を浮かべる。


「聖夜祭では王国の転覆を企む悪者が聖なる泉の心部を奪いにやって来て、それを『マリー』とメイナードくんが止めるんです!」


熱が入ったまま語る少女とは対照的にワンダは少女の話に呆れてしまっていた。


王国の転覆を企む悪者?

何よ、その頭の悪そうな奴。

そんなことを起こしそうな馬鹿集団なんていたかしら?


現在イギシュラ王国の情勢は安定しており、腐敗していないとは言えないが大きな飢饉や戦火がある地域などもない。

貴族制度も他国との状勢も安定している中で国家転覆なんて馬鹿げたことを目論む集団または人間にワンダは驚きを通り越してしまったのだ。


「聖夜祭は残念ながら中止になるのですが、

二人は王様に認められてメイナードくんは国王になることが決まるんです。」


既にメイナードが国王になることはソニアとの婚約でほぼ確定事項だが、貴族社会に疎い天真爛漫な『マリー』がそのように言われたら、事実として受け取るだろうことは想像に容易い。

しかし、国が長年準備しているはずの大規模な催しである聖夜祭が中止になるのは意外な話だった。


「そうですか…、

それではその物語では来年の聖夜祭は中止になるということですね?」

「いいえ、違います。

その日は中止になって、『マリー』とメイナードくんの結婚式の日に行われることになるんです。」

「それで?」

「えっ?」


少女は目を丸く見開いて不思議そうに続きを促すワンダを見つめる。


「それで、どうなるのですか?」

「えっと…それで物語はお終いです。」

「そう、ですか。」


聖夜祭の後は分からず、

見かけ上はお姫様が王子様と結婚してめでたしめでたし…というわけか。

嫌な予感が全身を駆け回るのを抑えながら聞かねばいけないことをワンダは問う。


「ソニアさんはその物語の中でどのようになっていますか?」

「ソニアさんですか?

ダンスパーティーの時にメイナードくんが婚約を破棄すると言って以降は話に出てこないので…。」

「……そう…ですか…。」


ワンダの心臓は先程から明らかにどくどくと嫌な音を立て続けている。

考えなくても『マリー』のハッピーエンド物語が最悪な状況だ。

まず、一番避けなければならないメイナードとソニアの婚約が破棄されることが起こっているということはお嬢さまが死んでいるかもしれない。

そして、儀式は行われずに物語は終わりを迎えているようだが『マリー』は聖夜祭の儀式からは逃れられないだろう。


サリバンは『アタシはキミが何を選び、誰を助けるのか興味がある。』と言ったけど、少女の話すハッピーエンドの物語の上で私が何を選んだのかは分からない。


でも、お嬢さまを助けられていないということは確かだ。


「ウェンディさん?顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。」


少女が心配そうな顔で覗き込んでいる。


やりようはある。

絶対にある。


ワンダは口角を無理矢理上げ、平気なふりを務め、真直ぐに少女の瞳を見つめる。


「貴女は…これからどうしたいですか?」


「え?」


「貴女は『マリー』になれなかったと言っていたじゃない?

それに本当は『マリー』じゃないって、

でも、ずっと『マリー』になりたかったとも言っていたじゃない?

貴女は貴女の望む通りかは分からないけどこの世界に『マリー』は貴女だけよ。

これから貴女は物語の『マリー』になれるように頑張るの?

…貴女はこれからどうしたいの?」


もしも少女が幸福な結末を目指すとすれば、ワンダはそれだけは阻止しなければならない。

卑怯な問いだと思いながらワンダは意を決し問うた。



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