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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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それでも日は登るとはよく言ったもので、

結局ワンダは眠ることを諦め、

昨夜あったことの中で報告すべきことを手紙に綴り終わると朝になっていた。

ほつれる髪をきつく縛り直し、身支度を整え、ついでに入浴の準備まですると部屋を出る。

ナナバ庶務長に図書室の鍵を返し、半休を貰うのも何事もなくスムーズな事運びだった。


もっと言えば、入浴場に向かう道中の廊下の奥から昨夜図書室でひと悶着した警備担当の職員が夜勤明けの眠たそうな目を擦りこちらに向かって来た時はどう対応しようかと思案したが、

警備担当の職員はワンダのことを何一つ意識していない様子だった。


本当に何もなかった。

何事もなかったかのようなのだ。


これも魔法かしら?だとすると随分便利なものね。


指一本で魔法を扱う悪魔の姿を思い出すと胸がざわついた気がしたが、

風呂で熱いお湯をかぶることで気付かないふりをした。


湯浴みをして、髪を乾かし、皺ひとつないシャツを着ると背筋がピンと伸びる。

すっかりいつも通り隙が無くなったワンダは今日学園に来ているはずの情報屋のジジを探した。


ジジはワンダの指示で行商に扮して月に一度菓子やら特産物を売りに学園に行っていた。

その目的はお嬢さまに危険なことがないか、そういった噂がないかという把握の為であったが、今はバロイッシュ家とワンダの情報供給としての役割が強くなっている。


きっと中庭ね。


中庭は許可をとった行商が商売をしてもいいことになっている唯一の場所だ。

中庭へ向かうと案の定、ジジは女子生徒に囲まれていた。

如何せん人懐っこく愛想のいい男である。

こうなっていることは承知の上だったが、ワンダは少しの間ジジの周りに人がいなくなるのを待たねばならなかった。

講義始業の鐘が鳴ると女子生徒たちが離散していくのを確認するとワンダはジジの方に向かってゆっくりと歩いていく。


「わぁ、美味しそうですね。」


そう声をかけると、ジジはいたずらっぽく口角を上げた。


「美味しそうじゃなくて美味しんだよ!綺麗なお嬢さん。」

「お上手な行商さんですね!ではお菓子をいくつか見繕って頂けますか。」

「毎度あり!」


お菓子を受け取る手にバロイッシュ家当主マルス宛の手紙を仕込みジジに渡す。

ジジは何事もなく袖口に手紙を入れ込んだ。


「わぁ、美味しそうですね。

また買いたいのですが、次は何時ぐらいに来ます?」

「早くて二週間後ってところだな!」

「二週間後ですか、わかりました。美味しいお菓子を待っていますね。」


見知った懐かしい顔にもっと色々話したい気になるが、そういうわけにはいかない。

小さく会釈してジジと別れると他の行商に声をかけサンドイッチなども購入した。

自室に戻って、食事をとろうと思ったが、たまたま通りかかった中庭の丁度裏手にある温室の扉が開いているのが目についた。

温室には講義で使用する様々な植物が植えてあると聞くが足を踏み入れたことはまだなかった。

そっと覗くと人気はなく、

ワンダは時間的な余裕や物珍しさもあったことから温室の中に足を踏み入れることにした。

大規模な魔術が施されているのか室内はまるで、初夏のような空間が広がっている。

見たこともない植物と花々は艶やかで冬の足音が聞こえる外の世界とはまるで別の世界だ。

外から見ると小さな温室のように見えたが、中に入るとどういった仕掛けか魔術か広い造りになっているのも驚きだった。

気持ちの良さそうな木製ベンチが植物の陰から顔を覗かせている。


ここで食事をとったら気持ちがいいだろうな。


そう思ったワンダはベンチの方に足を向けると、ベンチには既に人影があった。


柔らかい茶色の髪には可愛らしい髪飾りが付いている。

華奢な肩もフリルのついたドレスシャツも最近よく見かけるものだったが講義の時間に一人こんな場所にいるのは可笑しい人物だった。


「マリーさん?」


ワンダが後ろから声をかけると、マリーらしき人影はびくりと肩を揺らす。

この反応から、ワンダはこの人影はマリー本人であることを悟り、横から回り込んでマリーの隣に座ることにした。

午後の講義のあと、マリーには聖夜祭の聖女になってもらうべく話をしなければならないと思っていたが、昨日ソニアが事を収めた様子から講義を自主休講するほど落ち込んでいるとは思っていなかった。


あの後、何かあったのだろうか?


マリーはベンチに体育座りをして顔を隠している。

初めて会った時、マリーは大きな目からポロポロと涙を零し、涙を堪えるような真似はしなかった。

けれども今は声を押しとどめて嗚咽のような声も聞こえてくる。

泣いているのを堪えようと必死なのであろうことはありありと分かり、仕方ないなと聞こえないように小さな息を吐く。


「マリーさん、涙を止める方法をお教えいたしましょうか?」


ワンダが凛とした声で言うとマリーは声に反応してぴくりと止まる。


「涙はですね、止めようと思うから止まらなくなるのです。

止めようとしても止められない自分が情けなくなったり、弱いなと思ったりもしますでしょ?

ですからね、時と場合は考えなければなりませんが、悲しい時は沢山泣くのがいいです。

涙を武器にすることは如何なものかとも思いますが、泣くこと自体は悪いことなんかじゃありません。

今は私しかいませんから、泣いても大丈夫です。」


そう言うと、マリーは堰を切ったように声を出して泣き始めた。



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