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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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あの噂を始めてワンダが知ったのは約半年前、ソニアが第二学年の秋期を終え、春期の学園に戻ってから一ヶ月経った頃だろうか。

情報屋のジジから奇妙な噂を耳にした。


いかにも気やすく人懐っこそうな男が屋敷の裏口からひょっこり顔を出した。


「おー、ワンダ!お疲れさん。今、親父いるか?」

「ジジさん、ロニーさんは旦那様とお出かけですよ。」

「こいつは都合がいい!

ちょっと面白い商品があるがあるんだけどよ。」

「面白い商品なら是非見せて下さい。」


ワンダにとっては非常によく見知った顔の情報屋ジジは使用人頭の老紳士ロニーの次男坊だ。

裏口から屋敷に入れ使用人用の休憩室で使用人用の茶を出す。

人懐っこい笑顔で紅茶を受け取り啜るジジはソニアの通うイギシュラ王国立アルテ魔術学園でルイーダ地方の特産品の荷下ろしをしながら情報を集めさせている。


我が国であるイギシュラ王国は魔術と魔力を歴史や文化的に重んじる王国であり、アルテは魔術学園都市と言われる最重要教育機関であり都市全体が学園を中心とする変わった作りになっている。

また、貴族として認められる為にはこの魔術学園を卒業することが不可欠であると言ってもいい。

そういう訳で国内の王族や貴族の子息だけでなく国外の重鎮の子息なども通っており、都市全体には古く精巧な結界のかかった防御壁があり、厳重な警備がなされている。

故に、政治の縮図でありながら、アルテ魔術学園には『従者を連れての在学は原則禁止』ということになっている。

守らない学生も高位であるほど多くいる上に政敵がいる場合は安全確保のため黙認もされているのだがソニアは「貴族たるもの、手本でなければなりません。私は規則を遵守します。」と言って聞かなかった。

それならばと監視されるようで居心地は悪かろうが、ジジのように身元の明らかな情報屋を忍ばせることについてはソニアも容認している話だ。


「早速仕事の話で悪いが、リントン子爵の娘が編入した話を知っているか?

あーっと、第二学年だからお嬢さまと同じ学年ってことになるな。」

「リントン子爵には子どもはいないはずですけど…。」


リントン子爵はかなりやり手の子爵だ。

しかし、なかなか綺麗な顔の紳士らしく浮名はあれど、子どもがいるという話は聞いたことがない。


「いや、それがこっそり養女をとっていたらしくてな。

それに、お抱えの魔術師の中に優秀な奴がいるらしく、お抱え魔術師が出した成果の報酬としてその娘の編入を国王権限で許したらしい。」

「はぁ?そんな話…始めて聞きました。」

「いや、そりゃそうだろ。

アンタ以外もそんな反応だったよ。というか、学園自体がざわついてる。

でも、多分時期にその話は広がるさ。」

「リントン子爵はその養女と結婚するつもりなの?」


結婚しても可笑しくない歳の差ではあるし、

教養を身につけて結婚するならなんとまあ、なかなかいい趣味をしている。


「それは知らんが、多分違うな。

手に婚約指輪みたいなものは見えなかったし、

その子は色々な人に声をかけてる様子だったからよ。

まあ変わり者だけど可愛いお嬢さんだったよ。」

「変わり者ですか…それはどういった意味でしょうか?」

「子爵のお嬢さんって感じじゃないな。

見た目は可愛いんだけど大胆というかなんというか…思ったことをそのまま口に出すタイプだ。

要するに、とても王妃として生きていけるようには見えなかった。

お嬢の敵じゃないと思うんだがなぁ…。」


そう言いながら、勝手に戸棚の中の菓子を取り出して食べ始める。

生真面目な使用人頭のロニーと反抗期を拗らせたジジとは折り合いが悪く、ロニーは妻子が出来てからも安定しない仕事を続けるジジにロニーは怒り心頭で口を出したくてたまらない様子だった。

このままでは第四次親子戦争をしかねない二人の様子を見かねたワンダがお節介だと分かりながらも情報屋(鳩)として雇うことにしたのがジジの情報屋としての始まりだ。

ワンダとしてはソニアが学園を卒業してからも情報屋(鳩)として続けてもらいたいと考えているほどジジはこの仕事に向いている。


要領がよく、人を良く見ているジジの歯切れが悪いということは『敵になり得る』ということだ。


「…なるほど、そうですか。リントン子爵のご令嬢のお名前は?」

「マリーちゃんって言うんだってさ。」

「あのねぇ、ジジさん。

流石にその呼び方は止めるべきですよ。」


ワンダは堅苦しい方ではあるが、行商人風情が貴族のご令嬢を町娘のように呼ぶのは様々な誤解を招く。


「マリーちゃんがそう呼んで欲しいってさ、仕方ないだろ?」


ジジは悪巧みをするように、口角を片方吊り上げてにやりと笑う。

成程、彼女の出自に関しては徹底的に調べる必要がありそうだ。


「なるほど、いい情報を有難うございます。

それで、優秀なお抱え魔術師について何か分かりますか?」

「ふふっ、よくぞ聞いてくれました!!

始めはその優秀なお抱え魔術師ってのが誰なのか全然分からなかったんだけどよぉ~

実は学園の先生らしいんだよ。

ちょうどマリーちゃんと話してたら知り合いになってな。

それで分かったんだ!えーっと、基礎魔力ってのを色々してるらしい。

名前はサジ・サリバンって言ったかな?」

「サリバン先生ですか…。」


凄く珍しい名前でもないが、とても多い名前という訳ではない。

しかしながら、張り巡らした情報網では聞いたことのない名前であるのは確かだ。


「そいつ自身はなんか影が薄い普通の人だ。

学園内で噂があるとすりゃあ、サリバン先生の魔術室は滅茶苦茶汚いらしい。

汚すぎて掃除係が辞めていくってさ!」


掃除係が仕事を放棄する部屋なんてどういうことだろうか。

綺麗好きのワンダにとってはぞっとする話だ。


「…分かりました、どれもいい商品ばかりで助かりました。

サリバン先生についてはこちらでも調べてみます。

リントン子爵のご令嬢に関してはジジさんが気になっているということは何かあるのでしょう?

引き続き情報を集めて下さい。」


元より用意していた封書に入れた給金に少々色を乗せ渡す。


「おっ、いいのか?」

「ええ、次もよろしくお願いします。」

「勿論だ!未来の王妃の使用人頭殿!!」


調子がいいんだから。

こんなに人のことはわかるのに、

こういうところがロニー使用人頭を刺激しているということが分かっていない。


ワンダはそんなジジに苦笑したが、それこそジジらしい気がして悪くないとも思った。


その後も、ジジからリントン子爵令嬢の話を定期的に聞いた。

リントン子爵令嬢は世間ずれしていて貴族社会に無知。

しかし、素直で一生懸命な可愛い人でもあるらしく庇護欲を掻き立てられるところがあり、男性のご友人は多いが、女性のご友人はいないらしい。


ジジは「女は心が狭いな」と言ったが、

それはそうでしょうねと鼻で笑ってやった。


懸念と言えばソニアの婚約者で第二王子のメイナード殿下がそのご令嬢と仲良くしているらしいが、これまでも同じような話が多々あった気の多い婚約者をソニアが気にするとは考えにくい。


では何故?

お嬢さまはこんなにも顔色を悪くされているのだろうか。

とても、なんだかとても嫌な予感がした。


ワンダは髪を結いながら、ソニアに話を聞くことにした。



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