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「…あー…。」
ワンダはコーネリアスから押し付けられた資料と手紙を読みながら机で頭を抱えていた。
資料は国儀が行われた年表、
王族の家系図、
コーネリアスがまとめたであろう神の愛し子の死亡年表、
そして魔法陣が書かれた紙に『ソニアの舞踊』と書かれたメモが貼られたものである。ソニアは国儀をするにあたって聖なる泉の魔術師から舞踊を習っていたためそれに関係するメモではないかと思われるが魔術を学んでいないワンダには今はこれが何を意味するかもさっぱり分からない。
分かることとしては
国儀の年表や家系図、死亡年表を読み取ると国儀が行われた年に神の愛し子は必ず死亡しているってところかな。
それに…
神の愛し子だけじゃなくて、聖者役の王族も二名を除いてその年のうちに死亡している。偶々そうだったという可能性もない訳ではないが、五十年から百年に一度の神儀で毎回神儀を行った者が死ぬというのは可笑しな話だということは理解できる。
そして、ソニアの兄で現バロイッシュ家当主マルスからの書状は
コーネリアスがワンダに頼んだ内容とほぼ同様のことが書かれたものだった。
聖夜祭が危険なものである可能性が高く絶対にソニアを参加させてはならないということ、儀式には強い魔力が必要であることが分かっており、ソニアとメイナードの身代わりにマリーを立てるようにとのことだった。
そして、付け加えるように、ソニアの母セルマの夜会での働きにより、貴族たちの印象はソニアを擁護するものになっていることや、
第二王妃からメイナードからの婚約の破棄はないという書状を貰えたことも書かれていた。
マリーがソニアとメイナードの身代わりで死んで、ソニアはそのままメイナードと結婚するといった内容のシナリオになるということだ。
つまり、私がしていたことは何の意味もないもので、
むしろ私の行動はお嬢さまを危険に晒していたことになる。
頭に不意に浮かぶ無邪気に笑うマリーの姿を掻き消そうとワンダは意味もなく頭を振る。
コーネリアスもマルスも大事な人を選んだだけで、私もそうだ。
天秤にかけなければならないなら、迷うことはない。
マリーには犠牲になってもらうしかない。
ワンダは何度もそう考えつつも、素直に納得できずにいた。
いや、納得できないというよりもすっきりしない。
というよりも『大事なこと』を見落としているというか、そうすればいいのだと何かに導かれてしまっているような気がしてならないのだ。
靄がかかったようなそれでも霞む頭でもう一度国儀が行われた年表を眺める。
数と文字が見える。
なんでこんなにも何にも考えられないのだろう。
命令であろうと、私は私なりに主人であるお嬢さまの為を思い動いてきた。
ちゃんとしっかり自分で考えなければ顔向けはできない。
ワンダはもう一度、数と文字を睨みつけるように読みだした。
前回の国儀は三十年前、
その前は約四十年前、その前は五十年前、その前は六十年前…三百年より前の記録は詳しくは残ってない。
五十年から百年に一度の国儀と言われているのに、前回の三十年前は言い伝えよりも二十年早い。
「むしろ十年ずつ周期が短くなっている?」
なんで気が付かなかったのかと思うけれど、十年ずつ周期が短くなっている。
これが本当に生贄の儀式なら、次の儀式はもっと早く国儀を行わなくてはいけないに決まっている。
今、マリーをソニアの代わりにしても、次が数十年後に必要だということだ。
それにサリバンはマリーを召喚するような魔術はない。そんな方法があるなら魔術ではなく魔法だと言っていた。
それこそ、悪魔にでも頼らない限り魔法なんてそう使えるわけがない。
考えれば考えるほどおかしいのだ。
ワンダはいきなり霞がとれたように疑問が沸きだしてくる。
そもそも、この国儀は一体何をしているというのだろう?
なんでみんな国儀をする方向で話を進めているのだろう?
抱えていた頭を離し、ワンダは顔を上げ机から立ち上がり、布の袋に資料やら手紙やらランタンを詰め込むと廊下を走ってはいけないというのも忘れながら私室を飛び出した。
行先は職員寮の部屋の中でも最も大きな部屋である庶務長のナナバの部屋だ。
木製の扉をノックするとゆっくりと扉が開いて光がもれる。
高齢のナナバは既に寝間着に着替えており、少し眠たそうな顔をしている。
「どうしました?ウェンディさん?」
「申し訳ありません、ナナバ庶務長…図書室にサリバン教授に頼まれたものを忘れてしまいまして、鍵を貸して頂けませんか?」
「これからですか?本部は暗いですが…」
「大丈夫です、すぐに終わりますので。明日の朝一に返しに来ますね。」
「ええ、施錠はしっかりとお願いいたします。」
かなり強引に話をすすめた為内心ワンダは許可をとれるか心臓を高鳴らせていたが、やはり仕事は真面目にやり信用をもたれるべきだと強く確信を持つことになった。
本部の鍵を受け取ると、御礼を言い、深呼吸をしてから廊下を早歩きする。
秋も深まり冬に差し掛かってきたルイーダ地方に比べると温かいがやはり冷える。
ワンダは爪が紫になり、かじかむ手の中にある鍵をゆっくりと回し、図書室の扉を開いた。
閉室した図書室には誰もおらず、
ひんやりとした空気に古い本の乾いたにおいが鼻についた。
内側から鍵をかけ、持ってきたランタンに火を灯すと暗闇に慣れた視界が眩しく感じる。
暗くともこれなら辛うじて本を読むことが出来るだろう。
木の床が歩くたびに軋む中、図書室の奥へ奥へと進んでいく。
禁書棚は一番奥の階段から二階へ上がったところにあり、本来禁書を見る為には学園長の許可証と司書の監視が必要となっている。つまり、普通の職員では読むことが出来ない。
今日と恐らく同じ手は二度と使えないだろう。
つまり、調べるなら今日しかないということだ。
ワンダは禁書棚の本の背表紙を確認する。
生徒たちの噂で禁書に触ると呪いがかかると聞いたことがあり、触ることにも緊張したが、触ったところで特に何も起こらない。
ほっと息を吐くとワンダは本を捲り出した。