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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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少しの間、ワンダはほっとしてテラスを見つめていた。

お茶会は和やかに終わり、撤収といった雰囲気だ。

ワンダはそれを見届けると、資質に戻る為にベランダとホールを抜けて階段を下りる。

ワンダの私室は本部棟の隣の職員寮にある。

けれども本部棟から、直接はつながっていないため、木々の生えた小道を抜けていく必要がある。

職員寮まであともう少しと言うところでワンダは木の陰から声をかけられる。


「…ワンダさんっ!」


小さい声だったが、久しぶりに聞いた本名にワンダは足を止めそうになってハッと気が付く。誰だか確認もせずに振り向くわけにはいない。ワンダは人物を確認する方法を考えながら、そのまま歩き続ける。


「ちがった…ウェンディさん!!」


ワンダはその聞き覚えのある声が記憶の中の人物と一致し、ゆっくり振り向く。

よく知る人物が木影に隠れながらワンダのことを伺っている。

栗色の髪に緑色の瞳、優しいたれ目、高身長。

これだけ聞くとソニアの婚約者メイナード殿下の特徴で、実際にメイナードとこの人はよく似ている。

だが、この人の方がメイナードよりも野性味がなく、野暮ったくてよく言えば素朴な雰囲気だ。


「なんで?ここに貴方が?ここに?」

「色々話したいんですが、今は半刻ほどしか時間がないんです!

ちょっとこちらに来てください!」


そう言って、メイナードによく似た人物であるコーネリアスはワンダの腕を引っ張り、小道の奥の林の中に連れ込んだ。

とても焦った様子のコーネリアスはメイナードの双子の弟で第三王子だ。

しかし、コーネリアスには魔力が少ないため王子だが王位継承権範囲外という立場になる。

ソニアはいつもコーネリアスのことを優しすぎるといって笑い、ワンダもそれにどんくさいを追加して同意している。

王位継承争いに関してもその優しく争いを好まない人間性が現れており、コーネリアスはソニアの婚約が決まると誰に言われるでもなく自ら進んで教会で修道士になることを選んだ。

現在はバロイッシュ家の領地の教会で修道士として溶け込み、王子であることを忘れさせる振る舞いをして、ワンダも収穫祭の時や教会のバザーなどでよく顔を合わせている。

まあ、それだけでなく、優しく少し頼りないコーネリアスはソニアが好意を寄せる人物だというのがこの人物をよく知る主たる理由なのだが。


林にワンダを連れ込んだコーネリアスはアルテ魔術学園の制服を着ており、いつも野暮ったくしている髪型もまるでメイナードのように流して整えセットしている。


コーネリアス様もやはり素材はとてもいい。

いつもそうしていればいいのにというくらいだ。


その整った格好とは裏腹にコーネリアスは明らかに焦った様子で、何か話そうと一生懸命になりながらも顔を青くさせたり赤くさせたりしながら、何処から話せばいいのか悩んでいる様子である。

非常に博識な方だが、臨機応変な対応は苦手なのだ。


「その恰好、まるでメイナード殿下のようですね…。」


先ずは現状を知る為にワンダはメイナードの恰好をしていることを指摘することにする。


「うん、アルテの検問を通る為に兄さんに見えるようにしてきたんだ。

だから、兄さんが戻る前に戻らないといけないんだ…どうしても、貴女に伝えなきゃいけないことがあって…!」

「ええ、見れば何となく分かります。

まずは結論を教えて下さい。」

「マリーが聖夜祭に出るようにしてくれ。」

「…?何故ですか?」


ワンダは首を傾げる。


「マリーはこのままじゃ身を引くだろ?

僕、君を探してお茶会を見ちゃって…そう思って。」

「そうですね、お嬢さまが動いたのは想定外でしたが、

マリー様にはメイナード殿下を諦めて、神の愛し子を降りてもらう予定です。

コーネリアス様が何と言っても、婚約破棄だけはさせません。」

「そうだよね、言うと思ったし、君ならやると思った!!

何ならマリーを殺してでも婚約破棄をさせないだろ!?」

「ええ、その通りです。」


初めからそれも考えた上での偽名と死体の偽装工作だ。

そういうとコーネリアスは「そうだよね…」と呟きながらぶつぶつと呟いている。


「でもそれだとダメなんだよ

…兄さんとくっついて貰ってでも、マリーに神の愛し子役をやってもらわないと!!」

「コーネリアス様?

聖夜祭は次代の国王と女王が決定づけられる聖なる儀式だと聞いています。

それこそマリーさんには降りてもらう必要があるでしょう?」

「そうなんだけど、違うんだ!!

聖夜祭の神の愛し子と聖者に選ばれた人の殆どが死んでいるんだ!

何が聖夜祭で起こっているのかまだ僕も分からないけど、聖夜祭は聖なる泉は…聖なるものでもなんでもない。

あれは…生贄の儀式なんだよ!!」


生贄の儀式?

いやいや、コーネリアス様は何を言いたいのだろうか?

コーネリアスは自分の知りえる情報を意味のない手振りを使いながら一生懸命に伝えようとしているが、ワンダには一体何を言っているのか想像すらつかないのだ。

聖夜祭は最大の国儀だ。

神の愛し子と初代国王が王都の聖なる泉を独り占めする悪魔をグリモワールに封じたというお伽話から出来ており、最も魔力の強い乙女と次代の国王が聖なる泉で行う誉れ高く神聖な儀式である。

だからこそ、この儀を行った乙女と王子は結婚し、王子は国を統治するという決まりになっているのである。


「コーネリアス様、時間がないのは分かりますが、バラバラでもいいです。

分かる範囲で丁寧に教えて下さい。」

「ごっ、ごめん…。僕も混乱していて何から話していいか…。

僕とソニアを乗せながら馬で崖を駆け上がる君が落馬で死ぬなんて不思議だろ?それになんかソニアの様子も変だったし…。

何かあったんじゃないかって、城に戻って調べることにしたんだ。

そしたら、ソニアのお兄さんもお母さんも必死に手を回しているし、神の愛し子が現れたって話だし、それに母さんがマリーと城で話していたから、ソニアよりも魔力の強いにマリーに乗り換えたんだと思って問い詰めたんだよ…」


死体の偽装がどんくさいコーネリアスにばれたことは少し甘かったと思うが、

コーネリアスの行動は納得が出来る。

むしろ、コーネリアスが母を説得するというのは出来ればそうであって欲しいと思ってくれたくらいのものだった。

けれど、それで何故生贄の儀式になるというのだろうか?


「そしたら、マリーを召喚したのは自分だと言ったんだ。」

「…そんなことをする必要ないはずでしょう?」


何故なら、第二王妃が第二王子とソニアの結婚が確定した時点で次の王は第二王子メイナードでほぼ決まりのはずだ。

今更、第二王妃が王位継承権の争いの火種を自分で生む必要はない

だからこそ、火種が必要なのは第一王妃だと思っていたのだ。


「うん、僕もそう思っていたから驚いた。

でも、母は言うんだ。『聖夜祭の儀式をすればソニア諸共兄さんも死んでしまうから、もっと魔力の強い別の生贄が必要』だって。」

「そんな話を信じろと言うのですか?」


ワンダは少しばかり声を強くしてしまった。

そんな話あり得ない、有り得ないと思うのに、コーネリアスは静かに頷いた。

何時もの頼りなさも優柔不断もなく真剣そのものの表情をしている。


「…うん、そうだよ。信じて。

僕も信じられなかったから、こんなに時間がかかったんだ。」


ワンダが口を開こうとする前に鐘の音が響く。

コーネリアスは肩を揺らすと、自身の懐中時計を確認し、真剣な表情はいつもの焦った顔に戻った。


「…ごめん、もう戻らないと。

ワンダさん…これ、マルスさんから預かった手紙と僕が調べたもの。」


そう言ってコーネリアスは今のメイナードの恰好に似合わない布の袋を突き出し押し付ける。


「今は意味が分からないかもしれないけど、とりあえずこれを読んで。

ワンダさんなら今頃、マリーを諦めさせる手筈は済んでいるはずだと思ったけど、間に合ってよかったよ。

今なら、マリーを慰めて、励まして、また聖夜祭に向けて頑張ってもらうようにできるだろ?」

「ですが…」

「ワンダさん…伝えるのが遅くなってしまってごめん。

もっと早く分かればワンダさんにも悲しい思いをさせずにすんだのに…

マリーには可哀想だけど、犠牲になってもらう。

今はこれしかソニアの死を回避する方法がないんだ。」


コーネリアスはマリーを犠牲にすると言い切った。

その姿は先程までわたわたとして説明が出来ていなかった人間と同一人物には見えなかったし、気弱でソニアに虫をよけてもらった姿や子供の頃に幽霊の話で泣いていた人とも思えない。


「分かってるとは思うけど、ソニアには言わないでね。

ソニアは絶対に自分の為に誰かが犠牲になるのは止めるからさ。

…よろしくね、ワンダさん。」


コーネリアスの言葉はお願いではなく命令にちかいようなものに感じた。


「承知いたしました。」


ワンダは使用人として綺麗な礼を行い、胸を張ってまるでメイナードのように歩くコーネリアスの後ろ姿を見送った。


話の全貌は見えない。

けれどやらなくてはいけないことは明確だ。

まずは、状況を知らないと…。

ワンダは速足で私室に急ぐ、今はコーネリアスが読んでと言ったものを読むことが先決だ。


妙な焦燥感を感じながら、遠くの方でサリバンの『キミこれ以上マリーには関わらない方がいいよ』と言った声が聞こえたような気がした。


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