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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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ワンダは教室から出ていったマリーの背を見送ると、大きく息を吐き本部棟二階ホールに足を延ばした。

食堂の上にあるホールは催し事をするスペースになっており、普段は人の来ない静かな場所だ。

特に女子生徒のお茶会がある本日は午後から全教科休講のため、本部棟には人の気配が少なく、ワンダがホールに入ると案の定誰もいなかった。

そして、ホールの二階のベランダからは丁度茶会が開かれるテラスが丁度見える位置にある。

ワンダがベランダに出ると、茶会の準備はっきりと見えた。


ワンダは結果の分かりきった茶会を見る為にここにやってきた。


ここまでやった以上は罪悪感から目を逸らすべきではない。

自分がやったことから目を逸らさずにきちんと刻み込むべきと思ったのだ。


しばらくお茶やお菓子の配置している様子を眺める。

使用人もいない簡単なお茶会のはずだが、生徒の中には豪華な準備をしている者もおり、それはワンダも知る有力な貴族の令嬢であることも分かった。

確かにこのお茶会の主催側にまわるのは大変なことだろう。

あらかたの準備ができたところで、始業の鐘が響く。


それを合図にお茶会が始まった。

すぐに新入生たちは思い思いの席についていく。

一番最初に席がうまったのは最も大規模な人数が座れるようになっていたソニアの席だった。

ほぼ開始直後になくなったと言ってもいい。

その後、他の令嬢の席もうまっていき、お茶会が各テーブルで始まっている様子だった。


その中でぽつんとしているのはマリーの席である。

マリーの席だけ誰も座らず、ずっと空席のままだった。

マリーは最初、席に座れなかった生徒に人に声をかけているようとしているようだったが、だんだんとマリーは席に座ったまま動かなくなった。

二階のベランダからは彼女たちの声は聞こえない。

けれども、上から動きを見るとその場にいるよりも状況の把握はしやすいものだった。

各席ではちらちらとマリーのテーブルを見て愉快そうに笑っている者がいる。

きっと、マリーの姿を見ていい気味だと馬鹿にする陰湿なうわさ話が流れているだろうことはありありと分かった。

ワンダは無意識のうちに眉間に皺をよせてしまっていた。


目も当てられない。

嫌悪感がこみ上げる。

ワンダは学生になったこともなければ貴族の娘になったこともない。

けれど、生徒たちの心理状況は何となく分かった。


彼女たちは権力の上下がある貴族の子どもだ。

生れながら明確な優劣がある。

そして、明確であればあるほど役割が定まるため、本来明確な優位者に従い動くことに疑問を抱かない。

言わば、使用人が主人の命令に従うのと同じようなことだ。

しかしながら、この学園では平民出身の子供も入学でき一応は『生徒』という同列の立場に並ばされる。

そうなれば、間違いなくその中での上下関係を決めようとするだろう。


分かりやすい上下の決め方は自分が上に立つのではなく、誰かを下に落とすことだ。

実際に自分が上に立ったわけではないのに下に人がいることで安心する。

現状のマリーはそういった分かりやすい的になる。


おそらくワンダが女子生徒でもマリーのことは遠目から見て、いい気味だとさえ思っただろう。


そういう時、人はいくらでも残酷になれる。

対象者の気持ちになって考えることなんて出来ないし、

もしもそれが出来たとしても自分が正しいと思うことを出来る人間は少ないからだ。


見たくないと思った。

これは間違いなくマリーが引き起こしたことでもあるが、

ワンダはこうなることを分かりながら対策も何も言わなかったのだから今マリーが悲しいのはワンダのせいでもある。


ふと、ワンダは一階のテラスから視線を感じた。

その視線はソニアのものだった。

ソニアはワンダが学園に来ていることを分かりながらずっとワンダを無視していた。

そうするように言ったのはワンダであるし、ソニアもそれがいいと分かっているはずだ。

けれど、ソニアは今、二階にいるワンダをじっと見ている。

そして、ソニアは小さくため息を吐いたように見えた。



ソニアは席から立ちあがる。

落ち着いて対応していたソニアが何をし出すかと唖然とする周囲を他所にソニアは空っぽのマリーの席に客としてついたのだ。

ざわつく周囲を気にする素振りも見せずソニアは何か言う。

マリーはハッとしたように紅茶を入れ、焼いたクッキーをソニアに渡す。

緊張してぎくしゃくした動きだったが、所作自体は客をもてなすマナーをしっかりと守った悪くない出来だった。

それをソニアは優雅な所作で完璧に返し、また何か言う。

すると、マリーは泣き出したようで、驚いた周囲がおろおろと戸惑っている。

ソニアは態度を変えずまた何か言うと、マリーにハンカチを差し出す。

ここで周囲の雰囲気が変わったのが分かる。

無論、ソニアの行動に納得がいかない様子の集団もあるが、灰色の集団はマリーを気遣うような行動に出だした。

マリーは一頻り泣いたが、以前にワンダがクッキーを使って宥めた時よりも遥かに早く泣き止んだ。

その後、お茶会としての一通りの所作が終わるとソニアは何事もなかったかのように席に戻る。

そして、再びベランダにいるワンダの方を一瞬見て、悪戯っぽく舌を出した。



「お嬢さま…。」



思わず呟いていた。

自分が正しいと思うことが出来る人間は少ないけれど間違いなくいる。


ワンダの近くにいるその最たる人物こそがソニアだった。


その後のお茶会はマリーの席にも新入生らしい子たちがつき、マリーも半べそはかいているものの笑っている。

ワンダが想定していた展開はただソニアに負け心が折れたマリーが再起不能になるように突き落とすというものだったが、ソニアはワンダの考えの上を行く行動をとった。


分かりきっていた結果のお茶会は想像もしない展開になったのだ。


これなら、マリーは喜んで身を引いてくれそうな気さえする。


打算的なことを考えている自分をワンダは鼻で笑う。

結局はそれしか考えていない偽善者だというのに、ワンダは自分の偽善的な感情が救われた気がしていた。


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